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スポーツ界で騙される人続出? 

スポーツ界で騙される人続出? 
エセ医学と揶揄される遅延性食物アレルギーとは

「マスコミは勝手に実在しないアレルギーを煽らないで欲しい」

 関東地方の病院に勤務する小児科医が年明け早々憤ったのは、米大リーグのアスレチックスに移籍した藤浪晋太郎投手の動静を伝えたスポーツ紙に対してだ。

 「1月14日のスポニチです。藤浪投手が阪神に所属していた昨シーズン、不振から脱却した原因 の1つとして、遅延型フードアレルギーの食事療法に取り組んだと伝えたのです」(全国紙の医療担当記者)

 記事は、この療法をテニスプレイヤーのノバク・ジョコビッチ氏も受けていた事、阪神球団の公認スポーツ栄養士の吉谷佳代さんの助言で検査を行った事等に続き、藤浪投手が行った「対策」についても詳しく伝えた。検査の結果、卵と牛乳に異常を示す高い数値が出た藤浪投手は、反応が出た食物を避ける緩やかな除去食を始めたという。その結果、寝付きが良くなり、睡眠の質が良くなった、お腹を下し難くなったといった〝効果〟が出たらしい。

 「更に記事では、同じ阪神の才木浩人投手も検査を受けて除去食に取り組んだ事、東京五輪に向けて検査を受けた運動選手が多く居た事も伝えています。スポーツ界に、この検査がかなり広く浸透している事が窺われます 」(同)

アレルギーの専門家は根拠無しと否定

 ところが、である。冒頭の小児科医はこの記事を真っ向否定するのである。「遅延型フードアレルギーなんて検査出来ませんよ。アレルギーの専門家なら否定するエセ医学です。検査には何の根拠も無い」

 どういう事なのか。

 試しにインターネットで「遅延型フードアレルギー」や「遅延性食物アレルギー」を検索すると、多くのクリニックや医師のサイトがヒットする。とても全部に目を通す事は出来ないが、幾つかのサイトを拾ってみると、次の様な記述が代表的な様だ。

 「遅延型フードアレルギーの症状は肌荒れ、倦怠感、肩こり、頭痛、イライラ等、何となく体の調子が悪い」「摂取後、数時間から数日後に症状が出現する」「IgGという抗体に起因すると考えられる」「少量の血液で検査が出来る」

 この検査を一手に担うのが、米国の検査会社の日本法人「アンブロシア」である。同社のホームページを見ると、指先からの少量の血液で検査出来るという遅延型フードアレルギーの検査キットが、3万〜5万円台で何種類も販売されている。 同検査を取り扱うクリニックには〝卸価格〟が有るのか、医師の説明込みでもう少し安めの価格が設定されている事が多い。もっとも、その後の栄養指導や診療代は別に掛かる様で、自由診療である事からもそれなりの料金であるのは間違いない。

 前出の小児科医は「スポーツ選手や芸能人等、健康や美容に気を遣う必要があり、その為の投資を惜しまない人が格好のカモになり、結果として広告塔になってしまっている」と警鐘を鳴らす。

 この検査には本当に意味が無いのか。アレルギー専門医が解説する。「アナフィラキシーを引き起こす事もある、いわゆる食物アレルギーの血液検査で調べるのはIgE抗体。ある食物に対してIgE抗体の値が高く出れば、その食物にアレルギーを持っていると判断される。 しかし、遅延性食物アレルギーの検査とされるものは、IgG抗体を調べる。この抗体は対象の食物を摂取していれば上がると考えられ、アレルギーの有無と関係ない」普段から食べていれば上がる抗体なのだから、その事自体がその人がその食物を食べられる事を示している。それどころか、IgG抗体が高く出た食物を食べない除去食を続けると、 逆にその食物にアレルギーを起こすようになる例もあるという。不調の原因を遅延性アレルギーと考え、重大な疾患を見逃す恐れもある。意味が無いどころか、有害な結果をもたらす検査なのだ。

 日本アレルギー学会は米国や欧州の同学会と足並みをそろえる形で2015年2月、注意喚起と題する見解を公表。IgG抗体は食物アレルギーの無い健常な人にも存在する抗体であり、IgG抗体検査結果を根拠として原因食品を診断し食物除去を指導すると、原因ではない食品まで除去となり、多品目に及べば健康被害を招く恐れもあると指摘している。 10年近く前の見解だが、「その後も世界中で様々なアレルギーの研究が行われて来たが、学会の見解を覆す新たな遅延性食物アレルギーのエビデンスは出ていない」(アレルギー専門医)のが現状だ。

 にも拘らず、「アンブロシア」のサイトには、同社の検査を紹介した雑誌やテレビ番組等のメディアがずらりと並ぶ。この問題に詳しい内科医によると、中でも民放のテレビ番組では、芸能人が遅延性食物アレルギー検査を受けて意外な〝食物アレルギー〟にびっくりする、というパターンで繰り返し取り上げられて来たという。

 その中の1つ、「アンブロシア」のサイトでも取り上げられている19年9月に放送された 『世界まる見え!テレビ特捜部』(日本テレビ) では、タレントの松村邦洋さんが同検査を受け、「牛乳、卵白、カゼイン、オート麦、エンドウ豆、醸造用イースト、ピスタチオ、トウモロコシ、製パン用イースト、大麦、白米等12種類の食べ物にアレルギーがある事が判明した」という内容が紹介された。前出のアレルギー専門医は「もし検査結果を信じてこれらの食べ物を除去する食事をしたら、手間が掛かるだけでなく必要な栄養素が摂れなくなってしまう。原因不明の不調を治そうとした結果、明らかな健康被害に繋がる」と眉を顰める。

何故テレビ局は取り上げ続けるのか

しかし、こうした番組は無くならない。今年1月17日には、同じ日本テレビが「現代人の食と健康」をテーマにした情報バラエティー番組『カズレーザーと学ぶ。』の中で、「隠れアレルギー」を取り上げた。番組では「栄養療法専門医」の溝口徹医師が、遅延型の食物アレルギーを紹介。 科学的根拠に基づく医療情報をウェブで発信する皮膚科専門医の「やさひふ」氏はこれを「有害なデマ番組」と批判し、番組の公式ツイッターにも批判の声が多く寄せられたが、日テレ側に番組内容を訂正する様な動きは特に無い。

 全国紙の放送担当記者は「バラエティー番組に、科学リテラシーを求める事が間違っている。民放のバラエティー番組は、過去にも様々なエセ医学を紹介して来た」と語る。「悪質な番組は、放送倫理・番組向上機構(BPO)で議論される事もあるが、個人の人権を侵害した等の申し立てに比べ、『医学的根拠が無い』という抗議はなかなか通り難い印象だ。BPOの委員は医学の専門家でも、ジャッジを下す裁判官でもないので」(同記者)

 その上で、記者はこう続ける。「スポニチの記事を書いたのは、おそらく阪神担当のスポーツ記者。日テレの番組も、報道局ではなく制作局やその下の制作会社が作ったものだろう。新聞社にもテレビ局にも科学専門の記者は居るが、エセ医学に基づく記事や番組は、そうした記者が関わらない場所で生まれる」

 メディアに期待出来ないのであれば、視聴者の側が「メディアリテラシー」を上げるしかない訳だが、前出の記者はこうも指摘するのだ。

 「エセ医学を根拠に、自由診療で稼ぐ医師や専門家の存在も問題ではないですか」

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