データの標準化がネック国民的な議論もこれから
デジタル化された診療情報を活用する為にデータ収集・蓄積の基盤システムを構築するプロジェクト「臨中ネット」が2018年にスタートして4年が過ぎた。
このプロジェクトは、厚生労働省、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の主導により進められているが、現在、AMED事業終了後の展開を見据え、これ迄開発して来たシステムの維持やプロジェクトの進め方等について具体的な方針を策定する時期を迎えている。
しかし、こうした臨中ネットの「出口戦略」については、電子カルテからのデータの抽出方法や医療情報の2次利用のルール等課題は多い。医療分野でも世界的にデジタル化が進む中、診療情報のデジタル活用が進まなければ、治療法や医薬品等の研究、開発で日本は世界から大きく後れを取り兼ねない。「医療DX」が叫ばれる中、議論は何処まで進んでいるのか。
RWEの活用を目指し14の医療機関が連携
臨中ネットの正式名称は「Real World Evidence(RWE)創出のための取組み」であり、AMEDの医療技術実用化総合促進事業として行われている。臨床研究中核病院に指定されている東京大学や名古屋大学、大阪大学等の各付属病院、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院等の14病院がネットワークを形成している為、臨中ネットと呼ばれている。又、RWEとは、電子カルテやデジタル医療機器等から得られる様々な情報(RWD:Real World Data)を基にした臨床エビデンスの事で、医療に関する所謂ビッグデータを活用すれば、これ迄の臨床研究では解明出来なかった事も明らかになるのではないかと期待されている。
これ迄RWDを用いたデータ駆動型の臨床研究基盤は、疾病別や目的別、情報項目毎に整備されて来た。具体的な事業を挙げると、疾病別では臨床学会による「包括的慢性腎臓病データベース(J-CKD-DB)」や、糖尿病学会等による「診療録直結型全国糖尿病データベース事業(J-DREAMS)」、目的別であればAMEDによる「ICTを用いた画像AI診断データベース統合事業」等が有る。薬剤副作用を科学的に抽出する「医療情報データベース(MID-NET)」も、研究者がデータを利用出来る。しかし、これらの限定的なデータベースでは当然、医療全体に関わる情報を網羅する事は出来ず、中には登録メンバーでなければ利用出来ない物や、有償利用となっている物も有る。
この為、臨中ネットのシステムでは、幅広い研究に対応出来る様に多種多様な高品質なデータを収集、蓄積し、研究者が自由に利用可能な仕組みが求められている。更に現在は、14病院のネットワークとして運用されているが、将来的には日本全体の研究活動に寄与出来る様、参加する医療機関を増やし規模を拡大して行く必要も有る。それには診療データの収集・活用方法だけでなく、システムをどの様に運営し、資金を調達するのかも重要な検討課題だ。
臨中ネットの枠を超えた広範な議論が必要に
臨中ネットの今後を考えるには、AMEDや臨床研究中核病院だけでなく、国や医療関連団体、学術団体の参画も必要だという意見も有る。この問題に積極的に関わっているのが日本医療情報学会で、22年11月17日から札幌で開催された学術大会では「臨中ネットの出口戦略と本邦のRWD利活用の発展への貢献」と題したワークショップを開いた。
同学会は、医療情報に関心を持つ研究者や実務担当者の学術交流の場として設立され、医師や看護師、薬剤師ら医療従事者の他、事務担当者、病歴担当者、コンピューター技術者らが参加している。ワークショップには九州大学病院メディカル・インフォメーションセンターの中島直樹教授が「“臨中ネット”の出口戦略」と題して、今後のシステム整備の方向性や課題を提示。国立病院機構の楠岡英雄理事長は「臨中ネットの将来像とそれへの期待」と題してRWE利用の重要性や将来像を語った。
こうした将来への期待の一方で、「医薬品開発等へのリアルワールドデータ利活用への期待」と題して、RWEを活用した臨床試験の効率化について述べた厚生労働省医政局の野村由美子治験推進室長は、現在のデータ収集・蓄積の方法では十分な活用が図れないと課題を指摘した。
野村室長によると、電子カルテの仕様の他、検査や医薬品に振り分けられるコードが病院毎に異なっている為、現状では病院の診療データをそのまま取り込む事が出来ない。又、医師は必ずしもデータ統合を意識して電子カルテへの記載を行っている訳ではなく、必要な情報が記載されていない事も少なくない。紙に書かれた情報を電子カルテに転記する場合の記載ミスも有る。
更に、患者の死亡や、がん等特定の病気に関するデータは別に管理される事が多く、個人情報保護の観点からデータを紐付けしたり引用したりし難いという制約も生じている。多くの医師はこうした課題を当然の様に認識しているが、医薬品開発側は知らない事が多く、今後のRWEの利活用に支障を来す可能性が有るという。野村室長は又、課題解決の為には国や医療関係者、医薬品メーカー等が共同で標準コードの作成や電子カルテ記載の標準化、データ処理の規格化を進める必要が有ると指摘。その上で、データを2次利用する為のインフラ整備には多額の費用や人員が必要な事を医薬品メーカーも理解し協力しなければならず、更に個人データの活用では国民の理解や法整備も必要だとした。
2次利用促進に向けデータの標準化求める声
発表後の質疑応答では、製薬会社等からデータの標準化や正確性の担保に関する質問が出された。
その中で、製薬会社の担当者は「疾患によって重要な情報は異なるが、そうした必要な情報を疾患毎に特定するという議論を臨中ネットの中で行っているのか」と質問。更に「今後、電子カルテへの記載は、データ化の為に設けられた項目に入力して行く事になるのか、それとも医師が自由に記載したものを、AI等で解析してデータを抽出する方向で考えているのか」と臨中ネットでの議論の進捗状況について尋ねた。
これに対し、中島教授は「フリーテキストの記載から項目を抽出する試みも行われている。記載内容からAI等が足りない情報を類推して抽出するという取り組みも進め、一定の進歩が有るが、精度や効率化に課題が有り、疾患に合わせて必要なデータ項目を事前に決めて置くべきだという議論も有る」等と説明。その上で「この議論を医療情報学会で進めて行くのか、或いはもっと広く、医学会連合等の場で始めるべきなのかという話が出ている」と述べ、医学界全体を巻き込んだ議論の必要性も検討すべきだとの考えを示した。
又、「データの2次利用を進めるには、国や学会、ベンダーも参画して、出来る限り標準化や統一化を進めていかなければならないのではないか」と指摘する担当者も居た。これに対し楠岡理事長は、「RWDと個人の健康・医療に関する情報、医療機関間の情報連携で用いられるデータは、出所は一緒だが目的は異なる。それを統合的に進めるには多額の投資が必要で、市民への説明も必要になるだろう」と述べ、スピーディーに議論が進まない事への理解を求めた。
臨中ネットに参加する大学や病院、医療情報学会では「COVID-19パンデミックの様な有事にも緊急対応出来る様、研究者に開かれ、フレキシブルに活用出来、データ品質の高い基盤になる事が期待されている」と臨中ネットの意義を強調するが、その実現には技術的な課題も多い。同時に、医療情報の2次利用には個人情報保護の観点から懸念の声も上がる可能性もある。
今後、技術的な課題の解決と国民的な理解を得る事が、臨中ネットの出口戦略の大きな課題となりそうだ。
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