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手の掛かる生徒……壊れる先生……

手の掛かる生徒……壊れる先生……
教育現場「冬」の時代

昨年12月、文部科学省から気になる調査結果が相次いで発表された。1つ目は、発達障害の可能性が有る子供が小中学校の通常学級に8・8%居るという推計。もう1つは、心の病で休んだ教員が2021年度に初めて1万人を超えたという調査結果だ。教育現場で今、何が起きているのだろうか。

 発達障害の可能性が有る子供に関する調査は、文科省が昨年12月13日に発表した。「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」が正式名称で、普通学級に通う子供の中で、担任の教師が「知的発達に遅れは無いものの、学習面や行動面で著しい困難を示す」と判断した数を報告するものだ。医療機関で発達障害と診断された数ではなく、調査対象は普通学級の為、支援学級も含めると更に増える可能性も有る。

 小中学校の通常学級に発達障害の可能性の有る子供が8・8%居るという数字は、1クラス35人学級だと3人居る計算だ。12年に行われた前回調査では6・5%と推定されており、2・3ポイント増えた事になる。

 「そんなに居るのかと世間に衝撃的な受け止められ方をされましたが、そんなものだろうなというのが現場の実感です」と語るのは、首都圏の公立小学校の教員だ。今回の調査結果について、文科省は「発達障害に対する教員の理解が進み、これまで見逃されて来た子供達に目が向く様になったのではないか」と分析する。又、テレビゲームをする時間が増えて文字に触れる機会が減った事、インターネットやスマートフォンが身近になり、他人と会話する機会が減った事等、子供達の方にも問題が有ると指摘する。

 だが、今回の調査の目的は、こうした「発達障害の可能性が有る」子供が増えた・減ったを調べる事だけでなく、そうした子供達への支援が十分かどうかを明らかにする事である。通常学級で学ぶ発達障害の有る子供達は、週に1〜2回個別で通級指導を受ける等の支援が受けられる。しかし調査の結果、発達障害の疑いが持たれた子供の7割以上は、こうした適切な支援が必要だと判断されていなかった。

育休や病欠による欠員補充が追い付かず

 「発達障害」と一言で言っても、その内容や程度は様々だ。大きな分類で言えば、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)、注意欠如・多動性障害(ADHD)の3種類が有るが、複数に跨がっている子供もおり、学校生活や社会生活への影響も人それぞれだ。前出の小学校教員は、「こうした子供の対応は、担任1人で行うのではなく複数の教員でチームを作って行う事が大切だ。しかし、現場では手が足りておらず、1人が抱え込んでしまう例も多い」と打ち明ける。

 教員が抱え込んでしまう理由の1つである人手不足は深刻だ。「少子化が進んで教員は余ると考えられていた時代も有ったが、産休・育休や病気休暇を取る教員が想定以上に多く、その穴を埋められていない。本来は担当では無い教員が授業を教える等の場当たり的な対策によって、教員の負担はますます大きくなっている」(都内の公立小関係者)。公立学校には定数が有るので、育休や病欠で欠員が出ても直ぐに補充は出来ないのだという。

 その結果として起きている事が、文科省がやはり昨年12月に発表した人事行政状況調査に現れている。同調査は都道府県や政令指定市の教育委員会を対象に、公立小中高校と特別支援学級の教職員の人事状況について調べたもの。この結果を見ると、21年度に精神疾患による病気休暇を1カ月以上取った人は、1万944人(前年度比1448人増)と、初めて1万人を超えた。この内、心の病で休職した教職員は過半数の5897人で、これも過去最多だった。

 「1万944人を年代別に見ると20代が2794人で、年代別の教職員在籍者に占める割合は1・87%と、全年代の中で最も高かった。次いで30代が高く、心の病を抱える若い教職員が増えていると言えます」(文科省担当記者)。文科省によると、第2次ベビーブームに対応する為大量に採用されていた世代の教員が定年により大量に退職する中、中堅の教員は採用数を抑えられていた為若手の指導がしっかり出来る程足りていないという。その結果、「十分な指導を受けられないのに、若手に仕事が集中してしまうという悪循環が起き、心の病も増えてしまう」(関東地方の教員)というのだ。

子供の問題行動にはチームで臨む事が必要

人手不足により教職員の心が壊れ、更に現場の余裕が無くなって行く。こうした現状にも拘らず、発達障害が疑われる、所謂「手が掛かる」子供は増えていて、そうした児童や生徒への対応もしなくてはならない。

 「少子化により、今の子供達は親に大切に育てられている。逆に言うと、子供同士のコミュニケーションが苦手な子が増えている。その上、ハラスメント意識やプライバシー意識の高まりによって、教育現場では分断が進んでいるんです」と指摘するのは、関東地方の元教員だ。この元教員が教師に成り立ての頃は「ご近所」がしっかり機能しており、貧しい家庭の子供、兄弟が多い家庭、1人親、といった情報が学校だけでなく地域で共有出来ていた。しかし今や教師も友達も、どこに住んでいるかといった情報さえ「個人情報」の為、共有されなくなってしまった。

 「困っている子供が居ても、教師が個人的に手を差し伸べる事が難しい時代。受け持った子供達の事は平等に扱わなければならず、依怙贔屓と思われない様にしないといけない。職員室に1人を呼び出すだけでも、今は凄く慎重になると聞いています」(同)

 「分断」が進むのは、子供たち同士、子供と教師の間だけでは無い。「昔は運命共同体に近い結束が有った」という教師同士の関係性も薄まり、保護者と教師の間の信頼も薄まっているらしい。

 「若い教員の心が壊れる例として聞くのは、学級崩壊が引き金になるケース。引き金を引くのは1人か2人の子供。授業を掻き回す子供に上手く対処出来ない為学級崩壊を引き起こし、他の子供の親からしっかり授業を進めて欲しいとクレームが入ってしまう。真面目で経験が浅い教師ほど、何とかしようと必死になって疲弊してしまうんです」(同)。発達障害の子供への対応と同じく、子供の問題行動については学校側が「チーム」で臨まないといけないのだが、そうした対応が取れない事が若い教師の心を壊す。

 文科省の調査では、コロナ禍でコミュニケーション不足が加速している事も、教員の心の病が増えた要因に挙げられた。「最近でも、給食時の〝黙食〟を続けるかどうかが話題になったが、子供達に対してもコロナ対応の為、細心の注意を払わなければならない事が増え、コロナ前から大きかった教師の負担は更に増す事になった」と都内の小学校教諭はため息をつく。

 文科省の同じ調査では、21年度に心の病で休職した教員5897人の内、22年4月時点で復帰したのは41・9%(2473人)に留まり、2割近くは退職した事が明らかになった。「経験の浅い若手教員を孤立させない為の取り組みを進める事で、教員が担当する児童、生徒の問題も共有出来る」と都内のベテラン教員はアドバイスする。教員が働き易い学校は、子供達にとっても通い易い筈だ。

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