地域枠支援会の発足
2022年11月27日、「地域枠医学生・医師を支援する会」(地域枠生支援の会)が、医師・弁護士・学生の有志12名で発足した。代表は、茨城県つくば市所在の坂根Mクリニック院長の坂根みち子医師である。
地域枠から離脱しようとする医学生・研修医に対して、パワハラ・アカハラによって引き留めようとする教授等の実例が、多く相談として舞い込んでいるらしい。今時のことなので、実名と実例を挙げて訴え出れば、その教授らは直ちに失職するであろうというほど、それらのハラスメントは凄まじいようである。ただ、今後医療界で半生を過ごす若者にとっては、なかなか正面を切った人権主張には踏み切れない例が多い。
そこで、それら多数の実例の集積を基礎とし、会(集団)として厚生労働省・日本専門医機構・都道府県・大学・大学教授・指導医らに運用の改善を求めて行こうと考えた末、会の結成に至ったところであった。坂根代表の言葉を引用すれば、「自治体や大学などへの相談を働きかけても、学生・研修医本人が怯えてしまい、自分の人生を諦めて生きていくという感じになっている」「うまく行っている人達はいい。困った人の相談に乗る。アドバイスを行う。さらに、自治体、大学、そして厚生労働省にフィードバックして改善を働きかけていきたい」といったところである。
もう少し詳しく述べると、「自治体や大学に相談するなど、いろいろアドバイスしてきた。けれども、問題がパワハラ系になってしまうと、全くダメ。彼らの胸先三寸でパワハラに遭ったままになっている。『そんなひどい目に遭っているなら、なぜ裁判をやらないのか』と思われるかもしれないが、裁判なんてとてもできないぐらい怯えている。もう僕は、私はいいと。『自分の人生を諦めて生きていきます』。そういう感じになってしまっている」とのことであった(以上、坂根代表の発言は、2022年11月27日付けm3.com『医療維新』より引用)。
不同意離脱は法的責任か道義的責任か
大学受験の際に「地域枠」を選択しようとすると、入学・卒業して医師資格を得たらおおむね9年間、当該大学の所在する都道府県内で従事すること、そして、奨学金を借りることもセットになっているが、9年間そこで従事したら返済が免除されることを、受験時に説明される。無事に合格したら、通常は、地域で従事するとの誓約書(又は同意書)に署名させられ、奨学金の契約も締結させられることになろう。
ただ、後になって地域枠から離脱したいとなった際に問題となるのは、多くは、後者の奨学金の返済ではなく、前者の従事要件・離脱要件の法的拘束力の点である。つまり、後者の奨学金契約では、9年間働いた場合に返済義務が消滅することについては定めがあるが、9年間働く義務を課す定めはここには存在していない。返済義務の有無のみが焦点なのであり、就労義務はもともと定められていないからである。
前者の就労義務については、入学後の誓約書(又は同意書)が無ければもちろんのこと、そのような誓約書等があったとしても、将来の就労義務の法的拘束力は、甚だ疑問だということになろう。つまり、学生や研修医に法的義務を課すことには疑問符がついているので、よく「道義的責任がある」と言われるようである。ここで注意しておきたいことは、往々にして「道義的責任がある」と言われていることは、「法的責任が無い」と言うことと同義だと言ってよいことである。
そうすると、そもそも法的拘束力の薄い従事要件をもって、「道義的責任」だけを根拠に地域枠に縛り付けることができるのであろうか。また、厳密に文言が明示されていてもそうだとしたら、仮に「誓約書」(又は同意書)が無い場合は、さらに一層、道義的責任も薄いであろうし、法的責任は全く無いと言ってもよいのではなかろうか。十分に検討すべき大問題であろう。
離脱要件の無効力そして不遡及
現在、離脱要件が整備されつつはあるが、離脱要件としては余りにも厳し過ぎるため、「例文解釈」(余りにも不合理な内容の文言の効力を、1つの例文に過ぎないとして否認する解釈)として扱わざるを得ず、むしろ全くの無効力と考えるべきように思われる。
本来の法的効力を生じせしめるためには、まず、事由の限定列挙だけでなく、「その他離脱することを認める正当な事由」という一般条項を最後に挿入しなければならない。
次に、そもそも列挙された事由が、医学生や研修医の側の事情だけに過ぎないので、逆側の事由、つまり、都道府県や大学や研修施設の側の事由も挿入しなければならないであろう。たとえば、研修体制が不備な場合や、パワハラやアカハラが生じた場合などが、その典型である。
このように、現行の離脱要件は無効力との考えも成り立つように見えるし、さらには、そもそも地域枠での入学時に離脱要件が明示さえされていなかった学生や元学生(研修医)には、それら離脱要件による縛りは過去にその効力を遡及させることはできないであろう。つまり、現行の離脱要件は存在しないものとして扱わなければならない。そうすると、何らの離脱要件の明示的な定めは無いものとした上で、一般的な条理によって、離脱の法的有効性を検討せざるを得ないところと思われる。
そうしてみると、通常、「不同意離脱」と言われる学生や研修医に対して、そのまま「不同意離脱」としての扱いをするのは不当とも考えられよう。
日本専門医機構の不同意離脱の取り扱い
現在、実際上、最も大きな問題を惹き起こしているのは、「専門医の認定」をめぐる日本専門医機構の取り扱いである。日本専門医機構のホームページ上、「専門研修制度における地域枠医師の取扱いと専門医の認定について」の項目では、「2022年度の専門研修プログラムへ応募ならびに登録された地域枠の専攻医が、都道府県との同意がなく従事要件から離脱していることが確認された場合」 「当機構から当該医師に対して、不同意離脱であることが確認された旨の連絡をする」 「都道府県と同意されないまま、当該医師が地域枠として課せられた従事要件を履行せず専門研修を修了した場合、原則、専門医機構は当該医師を専門医として不認定とする」と明示された。
つまり、都道府県が「不同意離脱」だとしたら、そのまま「専門医として不認定」となるというのである。
しかしながら、法的責任ならぬ道義的責任だけで、どうして「専門医」となる権利を剝奪できるのであろうか。疑問無しとは到底言い得ない。特に、日本専門医機構は、一般社団法人ではあるけれども、医師法上に特別の根拠・規制がある公的な存在である。そして、現実にも、医師のほとんどがその「専門医の認定」を受けようとしているほど必須のものとなっていると言えよう。これらのことから考えると、単に「道義的責任」があると言うだけで「専門医の認定」という権利を剥奪するのは、医師の人権ないし権利への侵害と言い得るように考えられる。
根本的な見直しの議論は追ってすべきこととは思うが、まず目先は、今まさに困っている若き医師を救済すべく、運用面での改善を直ちに行うべきであろう(実際のところ、前記のホームページをよく読むと、「原則として…不認定とする」と明示されているのであるから、「不認定」の例外が考えられそうでもある。そうすると、日本専門医機構は、たとえ都道府県が「不同意離脱」に固執したとしても、機構独自の合理的な基準に基づいて、独自に認定すればよいとも思う)。
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