ロシアのウクライナ侵攻に伴う混乱が世界を覆い、安倍晋三・元首相の暗殺を契機に噴き出した世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題が自民党を窮地に追い込んだ2022年も師走を迎えた。新型コロナウイルスは小康状態にあるものの、岸田文雄・首相の政権運営は「内憂外患」に振り回され、内閣支持率は上昇の機会を掴めないままだ。「小さなスキャンダル1つで政権が崩壊しそう」(自民党中堅)という状況で、瀬戸際の舵取りが続きそうだ。
「岸田首相は旧統一教会ともスキャンダルとも無縁だ。クリーンな人なのに自民党の汚物を一↘身に受ける損な役回りになっている。宮沢喜一・元首相の時もそんな感じだった。宏池会の宿命なのかと思ってしまうよ」
岸田首相支持派の自民党中堅は岸田政権の現状を30年前の宮沢喜一内閣に重ね合わせた。
宮沢元首相(在任期間1991年11月5日〜93年8月9日)は大蔵(現財務)省出身のエリートで、政界随一の秀才として知られた。地盤は広島県で、岸田首相は縁戚に当たる。93年8月の非自民連立政権の樹立で、自民党1党支配時代に幕を引く「損な役割」を担った。
宮沢元首相は当時の最大派閥・竹下派の下支えで政権を運営した。竹下派は竹下登・元首相、↘金丸信・元自民党副総裁のツートップの下に小沢一郎・会長代行(現立憲民主党)ら7奉行が控え、100人超の規模を誇った。他派閥からは「竹下派に非ずんば人に非ず」と恐れられ、畏怖と嫌悪の存在だった。当時の一兵卒の1人が二階俊博・元幹事長と言えば、そのスケールが分かるだろう。
ところが、相次ぐ政治スキャンダルと選挙制度改革を巡る激しい闘争の末、派閥が分裂し、小沢会長代行らが非自民連立政権の樹立へと動いたのだ。後に「失われた20年」と称される政界再編の始まりだった。宮沢元首相は期待された経済政策を実行に移す間もなく、退陣を余儀無くされた。
基礎条件は大分異なるが、岸田元首相が置か↖れた現況も下支えしている最大派閥・安倍派が問題の発生源という点では同じだ。安倍元首相の死去から、国葬実施を巡る混乱が生じ、旧統一教会と自民党の癒着構造が明らかになった。岸田首相は自民党総裁として、その責めを負わされているのだ。
安倍派は、亡くなった安倍元首相は元より、細田博之・衆院議長、下村博文・元文部科学相ら幹部が軒並み旧統一教会と関わっていた事が暴かれ、苦境に陥っている。安倍元首相の後継の派閥会長すら決められず、自民党内で「空中分解説」迄飛び交う有様だ。
安倍派の〝水中分解〟と政局
自民党幹部の1人は昔話を持ち出して、安倍派の内情を表現する。
「中曽根康弘・元首相の後の首相候補の1人だった安倍元首相の父晋太郎さん(元外相)が亡くなり、当時の清和会(安倍派)が分裂状態になった折、金丸さんが『馬糞の川流れ』と評したが、あれを思い出す」
馬糞は文字通り、馬の糞の事だ。ポロポロとこぼれ落ちる様から、低次元でまとまりが無い事に例えられる。その馬糞が水の上を流れるのだから、四分五裂した上で、最後には無くなる。珍妙だが物事の本質をズバッと突く「金丸語録」の1つだ。金丸風に言えば、安倍派は現在、「水中分解」の危機に有るという事だろう。
安倍派の幹部らも危機を察している。後継会長選びは棚上げし、安倍元首相が生前に目指していた「憲法改正」等をテーマにする勉強会を始めた。派内がバラバラになるのを食い止めようと必死なのだ。
岸田首相にとって安倍元首相の死から始まった諸問題は降って沸いた災難だった。失墜した国民の信頼を回復する特効薬は、内閣や党の要職にある安倍派を一掃する事だが、それは副作用の大きい劇薬で、とても踏み込めなかった。最大派閥を崩壊に追い込むような人事刷新に踏み切れば、政権基盤は少なからず揺らぐ。それは、党内の勢力争いを活発化させ、〝ポスト岸田〟を狙う非主流派に倒閣の機会を与える事になるからだ。
対処に困った岸田首相は与党に働き掛け、旧統一教会の被害者救済新法等で批判の矛先をかわそうと努めているが、国民の信頼は一向に回復しない。旧統一教会との接点が次から次へと暴かれ、辞任に追い込まれた山際大志郎前経済再生担当相が自民党のコロナ対策本部長に抜擢された珍奇な人事もあって、国民の目には「悪質な宗教団体と関わった議員を誰1人として辞めさせられない、無能な指導者」としか映らないからだ。
岸田首相の信頼度低下はきな臭い匂いと共に閣内にも広がりつつある。宗教法人法に基づく「質問権行使」を巡る、岸田首相と河野太郎・消費者担当相の主導権争いもその一例だ。質問権とは、宗教法人法に規定されている「報告徴収・質問権」の事で、宗教法人に法令違反等が疑われる場合、文部科学省や都道府県の職員が運営実態等について報告を求めたり、質問したり出来る権利の事だ。 憲法で定められた「信教の自由」への配慮から、これ迄行使された事は無いが、消費者庁の有識者検討会の議論で浮上した。
首相官邸は有識者検討会の発表を先取りし、岸田首相が関係閣僚に「質問権行使」を指示し、テレビ中継の有る衆院予算委員会で国民に向け、ダイレクトに説明するシナリオを描いた。政府のあらゆる委員会、検討会は首相の下で開催されており、その果実は首相の為に使われるという旧来からの決まりに沿ったものだった。
ところが、これを察知した河野消費者担当相は「手柄の横取り」の阻止に動いた。岸田首相が宗教法人を所管する永岡桂子・文部科学相に「質問権行使」を指示する前に、検討会の提言を明らかにしてしまったのだ。
岸田首相の指示は10月17日午前8時20分、消費者庁の発表は同8時5分。わずか、15分の違いだが、河野消費者担当相の任命権者は岸田首相であり、子分が親分の「上前をはねた」意味合いは小さくない。自民党内には「河野が岸田潰しの狼煙を上げた」との政局観測が飛び交った。両者の間で調整に追われた官僚達は「国民の為にやっているのに、終盤は次期首相ポストを巡る岸田首相と河野消費者担当相のさや当てばかり」とうんざり顔で、閣内不和を晒す結果になった。
二階元幹事長の沈黙は力なり
党内の不穏を感じた岸田首相は実力者との会談を重ねながら、政権基盤の修復に乗り出している。注目を集めたのは、10月末の二階元幹事長との会食だ。二階派の林幹雄・会長代行、岸田派の根本匠・事務総長、元宿仁・党本部事務総長が同席し、東京都内の中華料理店で行われた。根本事務総長は「中国、韓国の外交に至る迄極めて幅広い話をした。(二階元幹事長は)しっかり支えるので、首相は思い切ってやってくれという事だった」と語っている。
中国の習近平・国家主席による異例の3期目がスタートし、台湾情勢の一層の緊迫化が懸念される中、親中派のドン、二階元幹事長と杯を重ねたのは内外へのアピールを兼ねての事だろう。岸田政権発足で外野席に追いやられた非主流派に気配りする事で、河野消費者担当相や茂木敏充・幹事長ら〝ポスト岸田候補〟を牽制し、ニュースを通じて中国にも秋波を送る事が出来るからだ。当の二階元幹事長は周囲に「黙って待てばいい」と語り、今のところ動く気配は無い。自民党長老は総裁選で敵対した両者の関係をこう例えた。
「嘗ての宮沢首相と金丸元副総裁。ちょっとスケールは違うけど、2人の関係がどう動くかで、岸田政権の色合いが変わりそうな気配は有るな」
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