新型コロナ対策での課題を今度こそ将来に生かせるか
新型コロナウイルス感染者の発生が国内で確認された2020年1月から間も無く3年になる。この間、政府の緊急事態宣言や飲食店への休業自粛要請等、過去に例の無い感染予防対策が取られる一方、繰り返される感染拡大の度に医療機関は発熱者の対応や重症患者らの治療に追われた。医療業界は医師や看護師だけでなく、薬剤師や介護士、病院事務員に至る迄、医療に関わる全員が総力を挙げて対応に当たったと言っても過言ではないだろう。
未だ変異株による感染拡大も懸念されるが、ワクチンの接種体制も整い、患者への対応方法も整理され、確立しつつある中、政府や医療界では新型コロナウイルスへの対応を振り返り、今後も予想される未知なる感染症対策に生かして行こうという動きが始まっている。既に政府は日本版CDC創設の方針を打ち出す等、具体的な検討も始まっているが、一方で医療現場からも経験を踏まえた様々な意見が出されつつあり、対応が後手に回った政府に対する厳しい意見も多い。
政府は日本版CDCや危機管理統括庁創設へ
政府は、今回の新型コロナウイルス感染症対策の反省や経験を将来の感染症危機に生かす為、「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」を設け、予防措置や医療の提供態勢等に関する課題を整理。その結果を踏まえて、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部は、法整備を含めた対応強化の方策について検討を進め、22年9月には「新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に備えるための対応の具体策」をまとめた。
それによると、首相の指揮・命令を徹底する為、内閣官房に「内閣感染症危機管理統括庁」(仮称)を設置し、平時と有事を問わず感染症対策の司令塔とする他、厚生労働省にも感染症対策に対応する「感染症対策部」を設置する。更に国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合して、所謂「日本版CDC」を創設する事も決めた。CDCとは、米国の「Centers for Disease Control and Prevention(疾病予防管理センター)」の事で、感染症や慢性疾患の予防・管理等を担っている。日本版CDCは感染症に関する科学的知見の拠点になり、緊急時には検体採取や高度で専門的な入院治療を提供。平時には自治体や医療現場に専門家チームを派遣し、緊急時体制の構築を支援する。今後、法整備等を進め、25年以降の設置を目指すという。
医療現場からは「10年前から何も変わっていない」との声
政府の検討とは別に、医療現場でも課題の整理や対策の検討等の動きが出始め、国や自治体への提言等も行われている。
22年9月10日には、NPO法人地域医療・介護研究会JAPAN主催の第8回LMC研究集会が開かれ、「コロナ社会での医歯薬看介〜人生100年、ウィズコロナ時代の社会〜」と題して、医師や薬剤師、看護師に加え、国会議員らがコロナウイルス対応への課題等について議論した。
同研究会は医療・介護の従事者や学識経験者、企業、国会議員らが参加し地域に根差した医療・介護を実現しようと活動している団体で、代表を全国自治体病院協議会の邉見公雄・名誉会長が務めている。研究集会では、日本医学会の門田守人・会長や日本薬剤師会の山本信夫・会長らによる基調講演やシンポジウムが行われたが、新型コロナへの政府の対応に厳しい意見が相次いだ。
門田会長は、過去のスペイン風邪や新型インフルエンザといったパンデミックを振り返りながら、これ迄の政府の感染症対策等に言及。約10年前の新型インフルエンザによるパンデミックの後に厚生労働省が開いた総括会議の報告書では「危機管理対策は、発生後対応すれば良いものではなく、発生前の段階から準備をしておかなければならない」とした上で、「今回こそ、発生前の段階からの体制強化の実現を強く要望する」と記載されており、既に危機管理の必要性が認識されていたと指摘した。一方、日本医学会も09年から日本版CDCを実現する為の委員会を作って政府に提言を行って来たが、「医療体制は何も変わらなかった」として、問題意識を持ちながら未知の感染症への対策を怠って来た政府を批判した。
更に、その直後に起きた東日本大震災や福島第二原発の事故等を挙げ、「太刀打ち出来ない事が起きると、全て想定外で済まされてしまいがちになる。これが我が国の在り方だ。そういう事ではいけない」と医療関係に留まらず、危機対応の姿勢に根本的な問題が有るのではないかとも述べた。
政府の危機対応については、今回のコロナ禍対応の中でも、自宅療養中の患者の外出制限の日数等、科学的な根拠に基づく事無く方針が変更された例も見られるとして、「科学的に物事を処理するという姿勢が失われつつあるのではないか」と懸念を示した。
開発・製造を含めた医薬品の供給体制強化を
次に講演した山本会長は薬剤師の立場から、医薬品の確保やワクチン接種会場での準備など新型コロナ対策での薬剤師の貢献について報告したが、こちらも政府への不満を滲ませる内容になった。
ワクチン接種の実施に当たっては、接種会場で薬剤師がワクチンの調剤を担当し、医師や看護師らの負担を軽減する為、問診票や予診票の確認や副反応についての事前説明、接種後の状態観察等を担った地域も在ったとし、「自画自賛になるが、1日100万回という政府の目標が達成出来たのは、薬剤師の頑張りも要因の1つ」と振り返った。特に新型コロナのワクチンは衝撃に弱いという特徴がある為、少量のワクチンを希釈する調剤作業には神経を使ったという。
この他、接種回数を増やす為、「薬剤師による接種が出来ないか」との議論が持ち上がった際には、政府や自治体からの要請に備えて薬剤師会が各地区で研修会を開き、シミュレーター等を使って注射の手技の練習を行っていた事も明らかにした。
こうした経験を踏まえ、門田会長と同様、「10年前の新型インフルエンザで検討された対策が、未だに実施されていない」と危機管理体制の構築の遅れを指摘。「平時から国や地方の行政機関と医療機関、薬局、製薬企業等が緊密に連携する体制の構築が欠かせない。ワクチンや治療薬を迅速に国内で開発、製造出来る様にする為の国の支援も欠かせない」と訴えた。
山本会長の発言については、邉見代表も「今回のコロナ禍では、病院の医師や看護師ばかりが学生を含めてクローズアップされたが、薬剤師はなかなか日の目を浴びて来なかった」とし、看護職への処遇改善の中で薬剤師を除外した政府の考えを批判した。
これは国の看護職員等処遇改善事業を指しており、国は22年2月、医療機関に勤務する看護職員の賃金を4000円程引き上げる為、医療機関に補助金を支出した。この際、補助金は医療機関の判断で、他の医療従事者の賃金改善にも充当出来るとされたが、薬剤師だけは除外された。邉見代表は「ワクチンを管理する為に薬剤師は冷凍庫の点検、管理やワクチンの受け渡しで、非常に頑張った。更に言えば、事務職員も施設の改善や患者や面会者らへの通知等で病院の運営を支えた。病院全体でチーム医療として取り組んでいたのに、どうして看護師だけを対象とした事業となったのか」と訴えた。これも、泥縄的な政府の対応が生んだ医療現場の軋轢だと言えるだろう。
今回の新型コロナ禍では感染拡大への対応が追い付かず、対策が後手に回っていると批判を受け続けた政府だが、今後、検証が進むに連れ、同様の不満や批判、要望等が医療現場から更に噴出する可能性が有る。政府は今こそ医療現場の声に耳を傾け、課題を先送りにして来たこれ迄の姿勢を改めて、将来起こり得る未知の感染症への具体的な対策の構築に本腰を入れるべきだろう。
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