2022年10月1日の育児・介護休業法改正に伴い、産後パパ育休(出生時育児休業)が始まった。子の出生後8週間以内に4週間迄取得可能な父親の為の育児休業(以下、育休)制度である。従来の育休とは別に取得可能であり、これ自体を分割して2回迄取得する事が可能だ。又、労使協定を締結しておけば、労働者が合意した範囲で就労する事も出来る(従来育休期間中は原則就労不可)。事業主は本人又は配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、育児休業制度や育児休業給付等に関する周知と休業の取得意向の確認を個別に行わなければならず、その際育休を取得させない様な論調で話を持ち掛ける事は許されない。
育児・介護休業法等の法制度
ここに来て、厚生労働省は男性の育休取得推進に本腰を入れて熱心な様に見える。現時点で、男性の育休取得状況には一般的にどの様な問題が有るのだろうか。先ず、男性の育休取得率は僅か14.0%であり(厚生労働省「雇用均等基本調査」21年)、取得した場合でも5割が2週間未満である。2週間未満の育休では、育児に主体的に関わる事は難しいだろう。又、育休等を取得しようとした男性の26.2%が上司に嫌がらせをされる等のパタハラ(パタニティ・ハラスメント:男性が育児時短や育休を請求したり取得したりする事で不利益な扱いや嫌がらせを受ける行為・言動を指す)に遭っていたと報告されている(厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」20年)。男性の育休はまだまだ一般的ではない。産後パパ育休の導入によって、今後男性の育休取得が進むのか、注目したい。
女性の労働時間は長い
内閣府男女共同参画局作成の「男女共同参画白書 令和2年版」によると、日本は家事や育児・介護等、ケア労働等を含む無償労働の男女比(女性/男性)が5.5倍と極めて大きい。女性の1日当たりの無償労働が224分なのに対し、男性は41分なのである。OECD(経済協力開発機構)が20年に纏めた生活時間の国際比較(15〜64歳の男女を対象)によると、無償労働の男女比5.5倍というのは対象国の中で最大なのだ。
有償労働時間を見てみると、トップ3は日本男性(452分)、韓国男性(419分)、カナダ男性(341分)であった。有償労働時間のOECD平均は、女性218分、男性317分。日本女性(272分)もOECD平均よりずっと長いが、日本男性は有償労働時間が世界一長く、これ以上無償労働を増やす余地が無い。つまり男性の有償労働時間を削減しなければ、家庭内の男女共同参画が進まないのだ。又、女性の無償労働負担が減らなければ、女性が有償労働の為に家庭外で働く事は困難なままである。日本女性の1日当たりの有償・無償労働時間の合計は496分、男性は493分で、実は女性の方がトータルの労働時間は長い。
さて、医師に於いても性差は同様に存在し、多くの女性医師が主たる家事・育児の担い手となっている。女性医師の場合、配偶者が居ると労働時間が短くなり、男性医師の場合には労働時間が長くなる傾向にある。又、15歳未満の子供が居る事で女性医師の労働時間の短縮は週6時間にもなった。女性医師が男性医師と結婚する比率は7割以上であるが、男性医師が女性医師と結婚する比率は16%に過ぎない。家庭状況と就業形態との関連を見ると、未婚の女性医師は未婚の男性医師と変わらない常勤率だが、既婚の女性医師は、子供が居ても居なくても、非常勤率が高くなる。そして既婚女性医師が非常勤医師になった場合、労働時間が週20時間も短縮していた。男性医師の家庭では家事・育児の多くを妻に負担してもらえるが、女性医師の場合は難しく、労働時間を短縮せざるを得ない。家庭内の業務の分担は夫婦の自由とはいえ、性別で偏り過ぎるのも問題である。
24年4月から開始予定の「医師の働き方改革」では、「勤務医の時間外労働の年間上限は原則960時間とする」「連続勤務時間制限(28時間)、勤務間インターバル9時間の確保、長時間勤務医師の面接指導」等、医師の働き方の適正化に向けた取り組みが実行される予定である。医師の過重労働が少しでも改善されるのであれば、大変望ましい。しかし、年間960時間の時間外労働の上限は月80時間の時間外労働に相当し、過労死レベルである。どの程度医師の労働時間が短縮されるのか実効性が疑わしいが、多少なりとも効果はあるのだろうか。又、全体の労働時間が短縮しさえすれば、有償労働と無償労働のジェンダー・ギャップは解消されるのであろうか。
実は、ケア責任が偏ったまま全体の労働時間を短くしても、男性の家庭でのケア分担の増加に繋がるとは限らない事が分かっている。総務省の社会生活基本調査(16年)を用いて、未就学の子供が居る夫婦世帯の夫の就労及び育児の都道府県別平均時間を解析した結果によると、男性の就労時間と育児時間には有意な相関が見られず、就労時間が短くても育児時間の延長には結び付かなかったと言う。一方、20〜40代の女性の趣味・娯楽・教養の為の平均時間は、男性に比べて一貫して短い。平日の差は小さいが、多くの人にとって休日となる日曜日にはその差が顕著となる。例えば、日曜日の趣味・娯楽・教養の為の平均時間は、30代であれば男性95分に対し、女性28分である。女性は休日にも自由な時間が少なく、家事や育児を主として担っている様子が窺える。ケア業務の大部分を女性が担っているという不均衡を改善する必要がある。
マタハラだけでなくパタハラにも注意
育児休業の話に戻ろう。育休中に自己研鑽に時間を使う人がいる。勿論その全てが悪い訳ではない。1日中育児をするのも気が滅入るであろう。それでも、気分転換や、仕事から離れて取り残される不安を解消する程度が良いのではないか。自己研鑽に時間を費やし過ぎて、家事や育児という本来の育児休業の趣旨から離れてしまわないよう、注意が必要である。ケア業務責任の大部分を女性が担う風潮を改めない限り、男性の育休が本来の趣旨から離れてしまう可能性があるのではないだろうか。
とは言え、殆どの男性は自分の手で育児をする目的で育休を取得する筈だ。そんな時、男性の育休取得に際してハラスメントが起こり得る。例えば、育休取得について上司に相談したら「男の癖に育児休業を取るなんて有り得ない」と言われる、育休取得を周囲に伝えたら、同僚から「迷惑だ。自分なら取得しない。貴方もそうすべき」と言われる、等である。マタハラ(マタニティ・ハラスメント:女性が妊娠や出産をする際に、その事を理由に職場で肉体的・精神的な嫌がらせを受ける事)の事例は過去に枚挙に暇がないが、男性の育休取得の過渡期にはパタハラも問題になり得る。
男性の育休取得は労働者の権利であり、育休の周知と本人の意向確認は事業主の義務となった。事業主には、上司や同僚からのハラスメントを防止する措置を講じる事が義務付けられているのである。事業主、上司等も、「ケア業務は女性がするものだ」というジェンダー・バイアスから脱却する必要がある。
育休を取得しようとする男性労働者にとっても、その事業主や上司・同僚等にとっても、育休取得は発想を転換する為の1つの機会かも知れない。しかし、育児は育休期間が終了してからも続く。女性の無償労働時間が男性の5.5倍であるという現実は、家事・育児等の負担が男性より遥かに大きい事の表れである。男性が長時間有償労働する事が可能なのは女性の無償労働に支えられているからであり、この格差を是正する事が、ジェンダー平等と公平な労働環境の為の第一歩となる筈だ。
参考文献
中村真由美『女性医師の労働時間の実態とその決定要因 —非常勤勤務と家族構成の影響について』社會科學研究(2012)
平山亮『女性の就労および人権問題としてのケア責任の再分配—男性の「関わらなさ」から考える—』精神科治療学(2022)
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