金融市場の安定と保険契約者保護の為には必要な措置
今年3月に改正された保険業法の内容は生命保険契約者保護機構に対する政府補助の措置の期限延長を再度行うというものである。
生命保険契約者保護機構とは、生命保険会社の保険契約者の為の相互援助制度として、万一、生命保険会社が破綻した場合には、破綻保険会社の保険契約の移転等における資金援助、補償対象保険金の支払に係る資金援助等を行う機関である。生命保険会社の各社が既に販売して来た保険商品の支払負担のリスクを考えると巨額の補償財源が必要となる。保険業法では生命保険会社に対して責任準備金という保険会社が保険金を確実に支払う為に支払う予定の保険金や給付金から将来保険会社が受け取る予定の保険料を差し引いた額を負債勘定として計上しないといけないという規定がある。しかし、バブル景気の崩壊など著しい経済状況の変化が起きたり、東日本大震災のような災害が起きたりしてしまうと保険会社の中には事業の継続が出来ない状況に陥る事も有り得る。
そこで、1998年に生命保険契約者保護機構(以下、保護機構)という生命保険会社の互助会のような機関が作られた。但し、財源を各生命保険会社だけで負担すると生命保険会社の財務状況が著しく悪化してしまう。そこで政府が応分の借入保証と保護機構の補償財源を超える場合の負担を行うという時限措置を保険業法に規定し、必要に応じて延長して来た。その間、生命保険会社も毎年330億円(合計)の積み増しを行って来ている。
今回の改正案である5年間の政府補助を約す規定の延長は金融市場の安定と信用の維持の為にも必要な措置だと考える。もし保険会社が経営破綻した場合でもその保険会社の責任準備金の90%までは保護機構と政府が保証してくれるという事が国民の保険業に対する信頼に繋がっていると考えられるからだ。
政府は保護機構の借入保証と資金補助を行うだけではない。金融庁が各生命保険会社の責任準備金の積み立て状況と支払い余力について監督を行っている。よって、政府は各生命保険会社を監督しつつ、企業の破綻リスクの約半分を負っている状態だ。
国内生命保険会社の破綻が外資参入の足掛かり
さて、保護機構の運営状況を見てみる。創設後、最初に適用されたのが99年に破綻した東邦生命である。約6500億円の債務超過に陥っていたが営業権をGEエジソン生命に約2400億円で譲渡、保護機構からの援助として約3813億円が投入された。東邦生命破綻直後の2000年には保護機構の積立金残高は380億円に過ぎなかった事から残りの3000億円以上は金融機関からの借入で補われた。その後、生命保険会社の破綻が相次いだ。東邦生命が破綻した際に生命保険契約者保護機構の資金枠は約1800億円しか残されていなかったので、00年から繰り返し保険業法の改正が行われるようになり、政府の国庫補助枠として4000億円の枠が設定された。06年には4600億円に増額し現在に至る。
東邦生命以外にも保護機構の資金援助として日産生命に2000億円、第百生命に1450億円、大正生命に267億円、大和生命に277億円が拠出されている。破綻保険会社の多くは会社更生法の適用を受けているが、千代田生命、協栄生命、東京生命の各社はいずれも保護機構には拠出を求めなかった。東京生命は規模が小さかった事から受け皿になったT&Dファイナンシャル生命が援助金を必要としなかったが、千代田生命の債務超過は5950億円、協栄生命は6895億円となっており巨額だ。営業権も千代田生命が3200億円、協栄生命が3640億円という巨額である。千代田生命の受け皿になったのはAIGスター生命であり、後にジブラルタ生命に吸収合併された。協栄生命の受け皿となったのもジブラルタ生命である。ジブラルタ生命は総資産約200兆円の米国のプルデンシャル・ファイナンシャルグループの一社だ。高い支払い能力を誇示する為に保護機構の援助を必要としない更生計画を作成し、管財人と東京地裁からの受け皿会社の選定を優位に進めたのだろう。その後、大和生命の破綻時にはプルデンシャル・ファイナンシャルに社名変更し、ジブラルタ生命が受け皿になり、277億円の保護機構からの援助金を受け取っている。
特筆すべきは大正生命の受け皿となった大和生命と東京生命の受皿会社となったT&Dファイナンシャル生命以外は全て外資系の生命保険会社であるという事だ。会社更生法を申請した東京生命の更生計画に保護機構からの援助を受け取らない事にした為に外資系保険会社ではなくT&Dグループが受皿会社として選定された。戦後、破綻した8社の生命保険会社の内、6社の外資系保険会社が受け皿として承継している。6社の内、5社が保護機構から援助金を受け取っており、その合計は約7807億円に上る。その一部が日本の生命保険会社の積立金、残りの殆どが日本政府の保証付借入(公的資金)によって支払われている。
以上の事から懸念事項が2つある。1つは、補償財源は事前積立と規定されているが、借入金の返済や利払いに使われており、現実的には事後的な拠出になってしまっている事である。法規定で事前積立を義務付けている事は制度が創設された当初から形骸化していると言っても過言ではない状態だ。各保険会社は責任準備金を毎年計上しており、それに加えて保護機構の積立金を捻出する事は過大な負担になっているのかも知れない。
もう1つは経営破綻した生命保険会社の殆どが外資系企業に買われている事だ。日本の生命保険会社の破綻は外資系保険会社の日本進出の足掛かりとなっている。破綻した生命保険会社を保険業法による手続きで処理したのは、日産生命、東邦生命、第百生命、大正生命の4社で約7530億円もの公的資金が投入されている。4社のうち3社で外資系保険会社が受け皿会社となった。破綻した生命保険会社の残り4社は会社更生法の適用を受けて債務をカットする形で再生計画を立てている。つまり、公的資金の投入は大和生命の277億円だけだが、債務の中から4社合計で約6745億円を全額免除とする再生計画となっている。一般更生債権は全額カット、優先債権についても8%から38%をカットされている。この事は、バブル崩壊とその後の超低金利政策を受け、日本の生命保険会社が逆ザヤ状態に陥って厳しい経営環境にある中で、外資系保険会社が公的資金や会社更生法を利用し、有利な条件で日本の生命保険市場に参入する事を可能にしたのだ。結果として、外資系保険会社の為の生命保険契約者保護機構になってしまっている。一見、本末転倒のような印象を受けるが、多くの保険契約者は日本国民である事から無駄な制度とは言い切れない。
今後の課題として、金融庁は厳しく監督し改善を進める必要があると共に、現在の契約者の保護の範囲である責任準備金の90%まで補償されるという規定がそのままで良いのかという検討も必要であろう。保険会社の国際グループ化も進んでいるが、支払保証制度は各国で統一されていない。グローバル化が進む保険業において契約者保護の観点から各国との連携も図って行く必要がある。
医療裁判は減少、医賠責保険料は減額傾向
別件だが、医師賠償責任保険について割高だという意見が多いようだ。有責事故を減らす努力をしても賠償金が不足するのであれば、公費を投入する為の社会的合意を形成する為の呼び掛けも必要であろう。医賠責の保険料は一般的には医師会会費に含まれている。昨今、医療裁判は減少気味のようで医賠責の保険料は1万4000〜4万3000円程度引き下げられている。高額な賠償が発生しないのは日本には懲罰的損害賠償制度が存在しないからだ。
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