安倍長期政権に倣いたい岸田首相の夢想
昨秋の衆院選、今夏の参院選と連勝し、さあこれからというタイミングで岸田文雄政権が失速した。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題と安倍晋三・元首相の国葬で対応を誤り、報道各社の世論調査で内閣支持率が急落して不支持率と逆転する事態に陥った。
安倍政権時代の「もり・かけ・桜」等の不祥事のように、時が経てば多くの人は忘れてくれる、いずれ内閣支持率も底を打つだろうと高を括っているのかも知れない。しかし、岸田政権と安倍政権では、その支持構造は微妙に異なる。
毎日新聞と共同で世論調査を実施して来た社会調査研究センター社長の松本正生・埼玉大学名誉教授の論文によると、8年近い長期政権を誇った第2次安倍政権の内閣支持率は概ね若い世代で高く、年代が上がるにつれて低くなる「若高─老低」構造だったという。これに対し、急落する前の岸田内閣支持率は逆の「若低─老高」構造。同じ自民党と公明党の連立政権だというのに、年代別の支持構造に差が生じるのは何故か。
松本名誉教授は「若低─老高」構造こそ、嘗ての自民党長期政権時代の典型的パターンだと指摘する。ここからは筆者の分析になるが、日本社会の分断が進んだ安倍政権から菅義偉政権を経て岸田政権へと移行する過程で、国民の統合による社会の安定を志向する本来の保守政治を岸田首相に期待するムードが生まれ、政治や社会の現状を肯定的に評価する中高年層に支えられた保守本流政権の安定構造になって表れたのではないか。
国葬強行で高齢層も「岸田離れ」
安倍政権と言えば、不祥事等が批判される度に内閣支持率が下がり、3割程度で底を打っては盛り返した。その「3割」を安倍政権の岩盤支持層と考えるなら、その支持基盤は「若高─老低」構造に支えられていたと見る事が出来る。
松本名誉教授の論考に戻ろう。毎日新聞と社会調査研究センターが9月の国葬前に行った世論調査で国葬に賛成と答えた人は27%に止まり、その年代構成は「若高─老低」になっていたという。この事からは、国葬賛成層と安倍政権の岩盤支持層が重なる事が推量される。同じ調査で岸田内閣の支持率は29%に下落し、その支持構造は急落前の「若低─老高」から、どの年代でも満遍無く低い「若低─老低」へと変化した。
以下は再び筆者の分析である。自民党保守派の代表的存在だった安倍元首相の不慮の死を、岸田首相は保守層の支持を固める機会と捉えた。しかし、社会の分断を深めた安倍元首相の国葬を強行した事は、社会の分断を癒やす保守本流政治への回帰を岸田首相に期待した高齢層を遠ざける結果を生んだ。しかも、岸田内閣の支持構造が国葬賛成層の「若高─老低」と重ならなかった事は、岸田首相が安倍政権の岩盤支持層から若年層を取り込む事にも失敗した事を意味する。
昨年10月に岸田首相が就任してから1年が経過し、永田町で岸田氏を揶揄するのに使われて来た「何がやりたいのか分からない」との評価は国民の間にも定着した感が有る。それでも衆院選、参院選で連勝出来た背景には、安定した保守政治への期待が有ったというのが筆者の見立てだ。岸田首相には、次の参院選迄の3年間を、衆院解散・総選挙を行わず、じっくりと腰を据えて政策課題に取り組む「黄金の3年間」としてもらいたい。それこそが、2度の国政選挙の勝利で手にした政治資産を生かし、政権に期待してくれた国民に利益を還元する保守本流政治の王道である筈だ。
政策課題は山積している。先ずは、急激な円安という形で露呈したアベノミクスの破綻にどう対処するか。世界的なインフレはロシアのウクライナ侵攻による資源価格の高騰に端を発しているが、円の価値を下げる事で日本経済の縮小・衰退を糊塗して来たアベノミクスの矛盾が一気に噴き出した。安倍政権が歯止めを掛けられなかった少子化・人口減少も日本の衰退を象徴する。
これらの「負の遺産」に正面から向き合い、「脱安倍」路線を明確に打ち出し、国民負担の痛みを伴う政策の実行に国民全体の協力を求める事が令和の日本国首相に課された歴史的使命ではないか。だが、岸田首相はその覚悟を示すどころか、岩盤保守層の支持固めに走って墓穴を掘り、せっかくの政治資産を食い潰そうとしている。
第2次安倍政権下の日本では社会の分断と有権者の選挙離れが並行して進んだ。有権者の半分しか投票しないのだから、3割とされる岩盤保守層の投票で政権与党が過半数を確保出来る計算になる。安倍総裁率いる自民党は8年弱の間に6回の国政選挙を戦い、連戦連勝を誇った。低投票率と岩盤保守層によってもたらされた憲政史上最長政権だったが、選挙に明け暮れた代償として、国民の為の政策課題は先送りされ続けた。
菅前首相が「脱安倍」政局の発火点に
思い起こされるのが2017年秋の衆院選だ。森友学園・加計学園問題で内閣支持率が落ち込む中、当時の安倍首相は北朝鮮の核・ミサイル開発や日本の少子化等の国難を突破する為だと訴えて唐突に衆院解散・総選挙に打って出て勝利した。有権者の信任を得た事をもって不祥事の禊とし、政権運営をリセットするのが狙いだったのは明らかで、それを「国難突破解散」と銘打ってごまかしたに過ぎない。
奇しくも今、岸田内閣の支持率は急落し、北朝鮮はミサイル発射等の挑発をエスカレートさせている。支持率が低迷したまま来春の統一地方選挙に突っ込んで政権与党が敗れる事になれば、自民党内で「岸田降ろし」の動きが本格化し兼ねない。そうなる前に、安倍元首相に倣って「国難突破解散」に打って出てはどうか——。そんな観測気球が岸田首相の周辺から上がり始めた。
選挙に勝って得た権力を次の選挙で勝つ事に注ぎ込む連戦連勝の好循環を実現した安倍政権は、岸田首相にとってはお手本。国民・国家の為にやりたい政策があって首相の座に上り詰めた訳ではなく、「安倍元首相に倣いたい」だけなのではないか。だから岩盤保守層を取り込もうと国葬を強行した。そう考えれば合点が行く。
従って、岸田政権に「脱安倍」政策を期待するのは夢の又夢。日本が平成以降の「失われた30年」から抜け出すにはまだしばらく時間が掛かるだろう等と悲観していたら、菅前首相が選択的夫婦別姓制度の実現に意欲を示した。
菅前首相は8月下旬、通信制高校のネットイベントに出演し、選択的夫婦別姓制度について「これ以上先送りしないで、政治の責任で議論し方向性を作って行く時期だ」と述べた。選択的夫婦別姓制度は、少子化対策にも繋がるジェンダー平等施策として政府や国会で30年に亘って議論されながら実現に至っていない。伝統的な家庭観を重視する自民党保守派の抵抗があった為だ。
保守派の支柱だった安倍元首相が亡くなり、自民党保守派と歩調を合わせて選択的夫婦別姓制度を敵視して来た旧統一教会も批判を浴びている。昨秋、安倍元首相に見限られ、岸田首相に追い落とされる形で退陣した菅前首相にしてみれば復権の好機。「脱安倍」「脱旧統一教会」の旗頭になって政局の主導権を握ろうという思惑も有るだろう。安倍元首相に倣いたいだけの岸田首相に菅前首相が突き付けた強烈なアンチテーゼが、自民党の改革論議に火を着ける展開を期待したい。
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