岸田文雄・首相の政権運営の歯車が狂い始めている。
世界平和統一家庭連合(旧統一教会) 絡みで国民に広がった不信感を払おうと、内閣改造・自民党役員人事に打って出たそばから、要職者の〝旧統一教会汚染〟が相次いで発覚し、自らの支持団体でも関連が明らかになるという不名誉を伴って、内閣支持率が急降下。鋭意決断した安倍晋三・元首相の国葬も国民の評価を得られず、自身の新型コロナウイルス感染、庶民を直撃する物価高と、良い材料が見当たらない。救いは当面、国政選挙が無い事だが、与党内では来春の統一地方選で↘大敗すれば「岸田降ろしが現実味を帯びる」との不穏な見方も出始めている。
「何をやっても攻撃材料にされる。大半の問題は首相の責任では無く、不可抗力なのに……。首相をスケープゴートにして、欲求不満を解消しようとしているとしか思えない。不毛だ」。岸田首相の側近は苛立ちを隠さない。
伸し掛かる長期政権の負の遺産
確かに国民の不人気を買っている問題の多くは、非業の死を遂げた安倍元首相が遠因となっている。旧統一教会汚染、吉田茂元首相以来の国葬、円安に伴う物価高騰……。新型コロナウイルスやロ↘シアのウクライナ侵攻に伴う諸問題以外は、安倍長期政権と無関係とは言えないからだ。
但し、岸田首相は安倍政権の部外者では無い。内閣や党の要職者だったからだ。そもそも、岸田首相は最大派閥である安倍派の数の力を利用して政権を握ったのだから、「負の遺産」も継承するのは至極当然なのだ。
勿論、側近もその辺の事情はよく分かっている。苛立ちは、打開策が見当たらない現状への不安の表れ、或いは判断ミスを重ねた自らへの責めと取って良いだろう。
自民党中堅はこう分析している。
「安倍さんと、岸田さんは政治思想の根本が↖異なる。自民党内の両端に位置していると言って良い。当選同期のよしみも有り、最大派閥を上手く取り込む事は出来たが、安倍さんという〝押し蓋〟が無くなった事で、封印された筈の、表に出てはいけない有象無象が表出してしまった。岸田さんは右派色の強い最大派閥に配慮しながら対処しようとしたが情勢を見誤った」。安倍元首相の国葬がその典型だと言う。
安倍元首相が参院選の演説中に暗殺された事件で、当初、国民の多くはその死を悼み、長期政権の功績を称えた。列島中が弔意モードだったと言っていい。安倍元首相に批判的な意見は一時、陰を潜めた。安倍元首相に近い右派グループの中から「国葬構想」が持ち上がったのはこのタイミングだった。
国葬は1967年の吉田茂・元首相以来で、ニュースバリューが有った。安倍元首相の信奉者らは前例に無い弔いをする事で、後世に伝えたいと画策した。一方で、国葬にはハードルも有った。全額を国費で負担し、国を挙げて実施する事は「弔意の強制に繋がり兼ねない」との懸念が有ったからだ。「弔意の強制」は憲法で護られた思想の自由を侵す可能性も指摘されている。歴代首相の葬儀はこうした懸念を払拭する為に、国民葬や内閣葬等の形式で行われて来たという経緯も有った。
岸田官邸でも官僚らは国葬の実施に消極的だったし、岸田首相も当初は迷いが有ったという。それが急展開し、岸田首相は7月14日に早々と国葬実施を表明する。内政・外交双方の思惑が有ったからだというが、当時から、自民党幹部らの間で「性急過ぎる」と指摘されていた。自民党中堅議員が語る。
「主を失った最大派閥・安倍派からの求心力を得るには、国葬こそが最適だったし、友人だった安倍元首相への真心も示したかったんだと思う」
政局上の思惑と友情が背景に有るというのだ。もう1つは、かなりプラグマティック(実利的)である。
「外交上の利点が有った。米欧諸国のみならず、日本を名指しで批判したロシアのプーチン大統領、中国政府からも弔意が寄せられ、安倍元首相の名声が世界中に轟いていた。来年の主要7カ国首脳会議(広島サミット) に繋がる国際交渉の場として、弔問外交は魅力的に映った。全額を国費で賄う国葬で無ければ、外交の檜舞台にはならない。ロシアのウクライナ侵攻問題も含め、世界の諸課題を日本で議論する土壌を醸成したかった」
当時、旧統一教会を巡るメディアの追及はそれ程激しくなく、自民党内の汚染状況も詳らかにはされていなかった。参院選勝利の直後であり、「先手」こそが妙手と見えた様だ。
岸田首相は外交好きの内政下手?
少し異なる見立ても有る。岸田首相をよく知る自民党幹部の話を紹介しよう。
「岸田さんは早稲田大出身。今はすっかり体制派だが、岸田さんらの時代は在野、左派色の学風だった。岸田さんは実は旧統一教会問題をよく知っている。周囲には『あの組織は大嫌いだ』と語っていたからね。根深い問題である事を察知し、火の粉が広がる前に国葬の段取りをしようと決めたんだと思うよ。だから、今般の混乱もある程度予想はしていた筈だ」
自民党内の旧統一教会汚染の根深さを知っていたからこそ、早目に手を打ったという事らしい。自民党幹部の話を続ける。
「岸田さんが大事にしているのは来年の広島サミットなんだ。長い外相経験から、島国・日本の行く末を左右するのは外交政策だと確信している。エネルギー問題も物価高も解決の糸口は外交に有るからね。ロシアのウクライナ侵攻で変わった世界情勢にどう対処するか。そこに焦点が向いていると思うよ」
何だか外務官僚の机上の空論の感じがしないでは無いが、資源の無い国の実情は言い当てているのだろう。ただ、岸田官邸の目線は足下が疎かに見える。国葬に半分の国民が賛同していない理由には「国会に了承を得ていない」という民主的手続き論、「旧統一教会の広告塔を国民皆で悼むのは馬鹿げている」との安倍嫌悪論等も有るが、一番多いのは「この物価高の折に総額16億6000万円もの巨費を使う必要は無い」というコスト論だという認識が不足しているのだ。
人柄の良さからか、岸田首相に対するメディアの直接攻撃は少ないが、周辺はきな臭い報道も目立って来た。先ずは、東京五輪汚職事件だ。岸田首相は早々と名前が登場した森喜朗・元首相と、内閣支持率下落の一因となった内閣改造・党役員人事の際に会食し、アドバイスを受けている。汚職事件の行方は定かでは無いが、政界ルートに波及すれば、とばっちりもあり得る。
気になるのは、岸田首相が外国人留学生の受け入れ拡大方針を示した後にSNS上で流布した情報だ。かいつまんで言うと、岸田首相の弟がインドネシアからの国内就労を支援する会社を経営しており、血族への利益誘導だという内容だ。背景には、国内の学生が物価高で苦しんでいるのを放置して、外国人にばかりサービスしているというやっかみがある様だ。
自民党内では旧統一教会との関係の調査報告を巡り、「自己申告では正直者が馬鹿を見るだけだ」と若手議員からブーイングが上がっている。事態は今のところ深刻ではない。しかし、今後、「岸田首相は外面ばかりで、国民を大切にしない」という世評が立ち始める様だと、先々が覚束無くなる。
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