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未来の会

宴会芸は過去のもの?

宴会芸は過去のもの?
余興が「パワハラ」は他人事ではない

新型コロナウイルス感染症の蔓延で、「忘年会」や「歓送迎会」といった職場の宴会に縁遠くなった医療従事者も多いだろう。「クラスターでも発生しようものなら取り返しの付かない事になる。禁止はされていないが、4人迄にしようと人数と回数を限ってこぢんまりと実施している」(都内の勤務医)といった声は多く聞かれる。元来、「医療業界は忘年会等を派手にやる業種」(医療関係者)として知られる。だが、コロナ禍が明けたらこうした「宴会文化」も変化しそうだ。

 「コロナ禍で多くの企業が宴会を取りやめる中、最近ニュースになった宴会と言えば、青森県八戸市の住宅建設会社『ハシモトホーム』でしょう」と語るのは、全国紙の社会部記者だ。

 ハシモトホームでは2018年、40代の男性社員が自殺。青森労働基準監督署は20年12月、上司のパワーハラスメント(パワハラ)や長時間労働で男性社員が重度のうつ病を発症し、自殺の原因となったとして労災を認定した。ところが、会社側は責任を認めず、やむなく遺族側が今年、裁判所に提訴した事から、この問題が広く世間に知られる事となった。「労災を認定された理由には長時間労働もあったのですが、パワハラの証拠として出された社員の遺品があまりにインパクトの強いものだった為、世間に衝撃を与えたのです」(同記者)。

 その証拠品は、18年1月に行われたという同社の新年会で社員に渡された1枚の表彰状だ。「新年会では、営業成績の上位者を表彰するのが恒例になっていました。男性社員は前年の営業成績が3位だった為、表彰を受けたのですが……」

 記者が言い淀むのも無理はない。表彰された男性社員が受け取ったのは、「賞状」をもじって「症状」と書かれた表彰状だったのだ。その驚きの内容を紹介する。

忘年会の余興、宴会芸に見直しの機運高まる

 「症状 第三位 ××殿 貴方は、今まで大した成績を残さず、あーあって感じでしたが、ここ細菌は、前職の事務職で大成功した職歴を生かし、現在でも変わらず事務的営業を貫き悪気は無いがお客様にも機械的な対応にも関わらず、見事おったまげーの三位です。陰で努力し、あまり頑張ってない様に見えてやはり頑張ってない様ですが、機械的営業スタイルを今年も貫き、永野みたいな一発屋にならない様に日々努力して下さい」

 「ここ細菌」「あーあって感じ」「機械的営業スタイル」「おったまげーの三位」「頑張ってない」……。ひたすら相手を中傷する言葉のオンパレードである(尚、文中にある「永野」はお笑いタレント。一発屋とは酷い言い草である)。社員はこの「症状」を受け取った翌月、重度のうつ状態となり、自宅駐車場の乗用車内で自殺した。「この『症状』の文面を考えたのは、男性社員の上司である課長です。新年会と同時期、社員にはこの課長から、『おまえバカか?』等侮辱する内容の携帯電話のメッセージが複数回送られていました。社員は、パワハラや社内いじめに遭ったと感じたでしょう」(同)。

 男性社員の遺族は会社側に謝罪を求めたが、会社は当初、法的責任は無いと応じなかった。その為、遺族側は今年6月、同社と橋本吉徳社長に約8000万円の損害賠償を求めて提訴。その後、会社側は一転、責任を認めて謝罪し、裁判は和解が成立した。

 「この一件が怖いのは、会社側に当初、パワハラの認識が無かった事。勿論、同社のパワハラに対する認識が甘かったのは間違い無いが、この余興が男性を狙って行われたのではなく、約10年前から行われてきた恒例行事だった事も、認識を誤った原因と考えられます」と語るのは企業のパワハラ問題に詳しい弁護士だ。会社側の説明によると、男性に「症状」を渡した新年会の余興は10年ほど前から毎年行われて来たもので、件の18年の新年会でも、男性の他に、1位、2位の社員にも似たような文面の表彰状が渡されていた。その場には、社員だけでなく、取引先の業者も居たという。

 弁護士は「これは想像でしかないが」と前置きした上で、「アルコールが入った状態で、毎年の恒例行事として表彰状が読み上げられていたとしたら、その場に居た社員達も大盛り上がりした可能性が有る。結果的に、それが男性を追い詰めてしまったのかも知れない」と語る。普通に読めば明らかに常軌を逸した内容だが、余興として、しかも似たような内容が他の人にも毎年読み上げられていたのだとしたら、社員達の感覚も麻痺していた可能性は有る。

 ハシモトホームは明らかに度が過ぎているが、集団での飲み会で歯止めが利かなくなる例は、どこでも起こり得る。企業のコンプライアンスが重視される時代、多くの会社で慣例として行われて来た宴会芸に、見直しの機運が高まっている。都内の大手企業の営業職の男性は「うちの会社では今年から、忘年会の余興が廃止になりました。取引先も招いて大掛かりにやって来た伝統行事ですが、無理やり参加させられたとパワハラを訴えられたら面倒ですから」と明かす。今の所、そうした訴えを受けた事は無いというが、先んじて廃止したという。

「新型コロナが無駄な飲み会なくした」とも

医療業界はどうか。都内の医療機関に務める看護師は「うちの忘年会では毎年、院長自らが凝った宴会芸を披露していて、私達看護職も、その年に流行ったダンスや歌を練習して備えて来ました。宴会芸をやりたくなかったり飲み会に参加したくない職員は、欠席したりその日を当番にしたりしていたので、無理やり芸を披露させられたと感じている職員はいないと思いますが……」と表情を曇らせる。別の医療機関の職員は「忘年会では、その年に入職した若手が芸を披露するのが慣例。自分もやったし、1年だけなので深く考えて来なかったが、自分の子供を見ていても、最近の若者は職場の宴会芸を嫌がりそうだ」と話す。

 尤も、多くの企業や団体はここ2〜3年、新型コロナの影響で忘年会や新年会を自粛して来た。小規模で開催したところも有るが、「大人数でバカ騒ぎするよりもチーム等の気心が知れた小さな単位でサクッと済ませる方が気が楽だと気付いてしまった」(都内の金融業社員)との声も上がる。

 働き方に詳しい研究者は「新型コロナは日本企業の働き方を変えた。リモートや在宅ワークが浸透し、集まる事が目的になっていた無駄な会議や飲み会が無くなった。コロナ禍が終わっても、この流れは止まらないだろう」と分析する。この研究者は対面での会議や飲み会はいずれ復活するだろうが、オンラインの会議やリモートワークも残り、ハイブリッドになると予測する。医療職の場合は全てリモートでの勤務は難しいが、それでも「全員で集まる」文化が消えつつあるのは間違い無い。

 ハシモトホームはホームページで、「『症状』の授与は、新年会に参加する青森支店従業員や業者の間では、(略)悪ふざけや余興の類いのものとして認識されており、取り立てて気にするほどのものでは無かった」と遺族に説明していたと明らかにし、再発防止を誓った。外部から指摘されて大事になるより、先んじて余興など中止してしまった方がいい。そう判断する企業は今後、増えるだろう。世知辛い世の中になったものだ。そう思ったあなたはパワハラ予備軍かも。ご注意を!

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