ブラックボックスに風穴が開いた
大学病院、総合病院、専門病院などが、自院の診療実績を一般向けに公開するようになって久しい。現代の医療は標準化されてきたとはいえ、病院や医師の実力には差があるので、こうした情報は医療者のみならず、患者にとっても欠かせない。今では、自治体や各病院のWebサイト、新聞や雑誌の特集など様々な方法で、診療実績に関する情報を入手できる。
この種の情報が社会に浸透するきっかけをつくったのが、読売新聞医療部が2004年から定期的に続ける朝刊企画「病院の実力」だ。筆者も当初から13年間この企画に関わり、様々な疾患についての独自アンケート調査を行って、各病院の診療実績を明らかにした。そして国は、07年に医療法を改正。「住民・患者による医療機関の適切な選択の支援」を目的に、医療情報ネットを中心とした医療機能情報提供制度を導入した。
ところが、精神科の診療実績は今も闇に包まれている。医療を名乗る以上、うつ病などの代表的疾患の寛解率くらいは出して欲しいものだが、うつ病が治ったことを示すバイオマーカーすらないので、客観的な成績を示せないのだ。
更に、「隠す」文化が今も根強い精神科は、総じて情報公開に消極的という問題もある。筆者は、精神病床を持つ医療機関を対象とした「病院の実力」アンケート調査を3回行ったが、回答率は10%台と惨憺たるものだった。疾患別の患者数や抗精神病薬の単剤化率など、基本的な数字を尋ねただけなのに、この結果だった。特に、民間の単科病院からはほとんど回答を得られなかった。
しかし、「良い精神科はどこか知りたい」という思いは全ての患者、家族に共通する。そこで、筆者が顧問を務めるKP神奈川精神医療人権センターでは、厚生労働省が全国の精神科医療機関を対象に毎年行う630調査(精神保健福祉資料作成のための調査)の21年度データを、自治体への情報公開請求で入手。県内全病院(71病院)のデータを一覧にして、KPのWebサイトと冊子で公開することにした。この情報公開請求は、昨春の本連載(21年4月号)で触れたように、県や政令市が当初、「公開拒否」回答や「のり弁」コピーを突き返してきた。理由は「日本精神科病院協会が出すなと言っているから」という呆れたものだった。
そこで筆者は、同協会会長の山崎學さんに面会して意向を確認。すると、最新の630調査の公開を阻んだ事実はなく、情報公開は全く問題ない、とのことだった。結局、県や政令市の担当者が同協会への忖度を勝手に募らせ、誤った認識で公開を拒んでいたのだ。
同協会の意向を伝えると、県は「全面開示」へと舵を切った。そして今年8月、KPはフルカラー90ページの独自制作本『どこに行けばいいの?!〜精神科病院選びの参考になるデータ本(神奈川県編)2021年度』を発売。各病院の医療保護入院数、隔離数、身体拘束数、20年以上の入院患者数などの一覧表や、ピアメンバーらが撮影した全病院の外観写真などが注目を集め、初版が1カ月も経たずに完売する人気となった。
630調査のデータは治療の優劣を表すものではないが、ブラックボックスに風穴が開いたことは間違いない。データを次々と明らかにすることで、「精神科も診療実績で選ぶ」という当たり前の認識が社会に浸透することを願っている。
LEAVE A REPLY