「安倍的保守」とカルト教団の歪な政策連携
安倍晋三・元首相の殺害事件を切っ掛けとして露わになった旧統一教会(世界平和統一家庭連合)と政治の癒着。政権与党の自民党に所属する多くの国会議員、地方議員らが反社会的なカルト教団から選挙支援を受け、見返りにその政治的権威で教団の反社会性を糊塗する役回りを演じる、持ちつ持たれつの関係を築いて来た。霊感商法や高額献金によって家庭や人生を破壊された被害者達に詫びる事なく安倍氏は他界した訳だが、問題はそこに止まらない。第2次安倍政権以降10年間の日本の政策にこの癒着が悪影響を及ぼし↘ていた疑いが濃厚になっている。
歪められた少子化・人口減少対策
2012年に旧民主党から政権を奪還した第2次安倍政権は、アベノミクスによる日本経済の再生に取り組んだ。それが功を奏したかどうかは議論の分かれるところだが、政権奪還から10年が経った今も、円安不況と少子化・人口減少に象徴される日本の衰退に歯止めは掛からない。そして、この間の少子化対策の停滞に、安倍政権と旧統一教会の癒着が暗い影を落としている。
「社会全体で子育てする国にします」。これは09年衆院選で政権交代を果たした旧民主党がマニフェストで国民に宣言した政権公約だ。旧民主党政権は、家庭の所得に拘わらず、子供1人当たり一律に「子ども手当」を支給し、公立高校の授業料を無償化する子育て支援策を推し進めた。その背景にあったのが「子供は社会全体で育てる」という理念だ。核家族化が進んだ日本の現状を直視するなら、家庭が負って来た子育ての負担を軽減し、働き盛りの男女が仕事と子育てを両立出来る社会を実現する事が少子化対策と経済活性化に資するという当然の結論に辿り着く。
しかし、自民、公明両党はこれをバラマキと批判した。第2次安倍政権は所得制限の有る児童手当に戻し、高校無償化にも所得制限を設けた。その背景にあったのは、保守層の重視する伝統的な「子供は家庭で育てる」という理念だ。
それは旧統一教会の主張と重なる。安倍元首相に代表される自民党保守派は旧民主党政権の崩壊を伝統保守の復権に繋げようとし、旧統一教会はそれを後押しした。家庭を重視する保守イデオロギーの根底には、天皇を頂点とする封建的家父長制へのノスタルジーが横たわる。2世代、3世代の同居を前提とした大家族時代の価値観にしがみ付く伝統保守のイデオロギーと、教祖を頂点とする宗教的家族主義の信仰が結び付いた先が「子供は家庭で育てる」社会なのだとしたら、それを押し付けられる若い世代は救われない。
「子供は社会全体で育てる」社会を目指す旧民主党の主張が偏っていたとは思わない。若い世代が働き易く、子供を産み、育て易いジェンダー平等の社会・経済構造に転換して行く事は時代の要請だ。それを敵視する特殊なイデオロギーや信仰によって、少子化対策という日本の国策が歪められて来た疑いは拭えない。
それは直接的な子育て支援策の停滞に止まらない。安倍元首相ら保守派は、伝統的な家庭観を壊すとして選択的夫婦別姓制度の導入にも反対して来た。「若い世代が働き易く、子供を産み、育て易いジェンダー平等の社会」を目指すなら、結婚や出産によって特に女性が強いられて来た負担を出来る限り解消して行くべきだと思うのだが、それより守られるべき家庭観とは何なのか。
姓の選択に不当な制約を強いるのは人権問題だ。若い世代1人1人の人権を守り、生活を保障し、将来を支援する事が少子化対策に繋がると考える立場と、「安倍的保守」が旧統一教会と共有する価値観とは相容れない。安倍元首相は、旧統一教会の関連団体「天宙平和連合」(UPF)が昨年、韓国で開いた集会に寄せたビデオメッセージで「UPFの平和ビジョンにおいて家庭の価値を強調する点を高く評価致します」と述べていた。
子宮頸がんワクチンに反対する特殊な価値観
連立与党の公明党は何をして来たのだろうか。旧民主党政権の子ども手当には自民党とタッグを組んで猛反対したが、選択的夫婦別姓については推進の立場だった筈。政権奪還後の10年を含め、かれこれ20年も政権を握りながら、選択的夫婦別姓制度の1つも実現出来ていない現状は、「若い世代が働き易く、子供を産み、育て易いジェンダー平等の社会」の実現より、自公連立による権力の維持を優先して来たと言われても仕方あるまい。結果として日本の衰退に歯止めを掛けられなかった政治の不作為の積み重ねが平成以降の「失われた30年」であり、そのツケが将来世代にのし掛かる。
もう1つ、自民党保守派の一部と旧統一教会の癒着が政策をねじ曲げた事例として、その可能性が指摘されるのが子宮頸がんワクチンの問題だ。日本国内で毎年約1万人の女性が罹り、約3000人が命を落とす子宮頸がん。その予防策として、小学6年〜高校1年の女子を対象にワクチンの定期無料接種が始まったのは、第2次安倍政権の発足間も無い13年4月。だが、運動機能障害等の副反応を訴える声が上がり、直後の6月、政府による接種勧奨の中止が決まった。
副反応の被害対応や実情把握に一定の期間を要した事は理解出来る。だが、副反応のリスクを予防のメリットが上回るという国際的な知見が日本でも受け入れられ、接種勧奨が今年4月に再開される迄9年もの歳月が掛かったのは不可解だ。この間、旧統一教会と関係の深い「世界日報」が子宮頸がんワクチン反対のキャンペーンを張り、旧統一教会との関係が指摘される自民党保守派の一部議員らが同様の主張を行って来た事が日本政府の政策判断に影響してはいないか。
子宮頸がんの原因ウイルスは性行為によって感染する。これを伝統的な家庭観なるものから見ると「子宮頸がんが広がる原因は性の乱れに在り、ワクチン接種は性の乱れを助長する」と言う理屈になるようだ。特殊なイデオロギーと信仰に基づく価値観を守る為に、ワクチン接種を受ければ助かる命が失われても構わないと言っているのに等しい。この主張が政府による接種勧奨再開の遅れに繋がったのだとすれば、自民党と旧統一教会の癒着が国民の生命と健康を侵害して来た事になる。政府・自民党は今こそ真相を明らかにし、旧統一教会との悪しき関係を断ち切るべきだ。
しかし、岸田文雄・首相は8月の人事で杉田水脈・衆院議員(比例中国ブロック)を総務政務官に起用した。自民党保守派の中でも安倍元首相のお気に入りとして異彩を放って来た人物だ。過去には、少子化対策として保育所の増設を求める動きを批判し「子供を家庭から引き離し、保育所等の施設で洗脳教育する」「コミンテルン(共産主義政党の国際組織)が日本の一番コアな部分である『家族』を崩壊させようと仕掛けて来た」等の特殊な主張を展開した事でも知られる。
安倍元首相を支持して来た岩盤保守層を味方に付けておきたいのだろう。各種世論調査で反対が賛成を上回っていた安倍元首相の国葬も強行した。表面的に旧統一教会との関係を断ったとしても、特殊な価値観によって歪められた政策が無かったかを検証し、問題点を根本から正さなければ、政権として反省した事にはならない。残念ながら岸田首相にその覚悟は窺えない。
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