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第165回 政界サーチ 岸田政権、「黄金の3年間」とその課題

第165回 政界サーチ 岸田政権、「黄金の3年間」とその課題

安倍晋三・元首相が遊説先で凶弾に倒れるというショッキングな事件を伴った参院選は与党圧勝で幕を閉じ、岸田文雄・首相は政権基盤を固めた。衆参両院とも任期満了まで時間が有り、「選挙を気にせず自由に振る舞える黄金の3年間」を手中に収めたとされる。岸田首相は「新しい資本主義」の実現に向けた正念場を迎える。

 新型コロナウイルス、ロシアのウクライナ侵攻、円安と続いた社会不安は参院選では与党有利の流れを呼び込んだ。自民党内には「国防政策が支持された」と溜飲を下げる向きも有るが、内情はそうでもない。国民の支持は自民党の政策が優れているからではなく、「有事」に政治を不安定化させたくないと多くの国民が判断したからだ。

 例えば、国民の関心が最も高かった物価高だが、遠因は安倍元首相が始めた「アベノミクス」に在る。世界から遅れて金融緩和に踏み切った経済政策の一大転換には当初から、「米欧が金融引き締めに移行すれば、日本だけが取り残される。円安は避けられない。しっかりした出口戦略が無ければ円の暴落、経済危機を招く」との問題点が明快に指摘されていた。

 ウクライナ侵攻に伴うエネルギーや穀物の高騰は不可抗力にしても、米欧が金利引き上げに動き、日本が取り残されるシナリオは当初から織り込み済みだった。これから、本格化すると見られる激しい物価高騰は政府が自ら招いた危機となる。かと言って、米欧に追随して性急に金融引き締めに動けば、不況に拍車が掛かり、景気後退は避けられない。与党内には日銀の黒田東彦・総裁を「悪者」に仕立てる動きも有るが、そもそも金融緩和を主導したのは自民党であり、天に唾する様なものだ。「新しい資本主義」の実現には、景気後退を回避しながら、過度の円安を是正する困難な問題が立ちはだかっている。

 「物価が1割も上がっている米国と日本では事情がまるで違う。アベノミクスの原罪との指摘は当たらない。参院選で国民は政府方針に一定の理解を示してくれた。不況を回避しながら、過度の円安も防ぐ努力をするしかない」

 自民党幹部はひとしきり建前を語ってから「実は……」と切り出した。

 「参院選の焦点は間違いなく物価高だった。『物価高は政府の責任』というレッテルを貼られたらやばいと、内心ハラハラしていた。野党は選挙下手だよな。『消費税を下げる』とか政策を言ってんだから。俺が野党なら、『与党のせいだ!』の1点張りだけどな。岸田首相は目先を逸らして国際舞台で華々しくやってくれた。G7としての存在感を示す事で、国民に少なからず安心感を与えられたんじゃないか。ただ、金融引き締めのタイミング、出口戦略は本当に重要だ。大きな政策変更になるから。長年続いたアベノミクスからの転換は、正に岸田体制確立の象徴だから」

安倍元首相の死がもたらすもの

 その安倍元首相が7月8日、奈良市での街頭演説の最中、元海上自衛官の男に銃撃されて亡くなった。67歳の若さだった。前代未聞の事件に日本中が衝撃を受けたが、その死はショッキングなテロ行為であると共に自民党内のパワーバランス、更には政権の有り様にも影響を与えると見られている。

 時を戻す。参院選公示前日の6月21日、日本記者クラブ主催で開かれた各党党首討論会である。

 事前の世論調査で参院選に好感触を得ていた岸田首相は何を聞かれても、のらりくらりと交わし、終始余裕を見せていた。表情が変わったのは記者クラブの最終質問で、ベテラン記者が自民党内に首相経験者が3人もいる状況への対応ぶりを問いただした場面だった。

 「安倍さんの場合、いろいろな形で注文が有って大変じゃないかと思うんですが。どう対応しているのですか、ぜひ本音で伺いたい」。安全保障から憲法改正、更には金融政策迄、持論を展開する安倍元首相の動向を踏まえた質問だった。

 岸田首相は「党内に色々な議論が有り、私も意見を承っております。しかし、最後には結論を出さなければならない。結論が出たら一致結束して纏まって行くのが良き伝統。最後、決めて行かなければならないのが総裁の立場」と当たり障り無く答えたが、その場の雰囲気が首相の心中を浮き彫りにしていた。

 岸田首相に近い中堅議員が語る。

 「あれ、僕も見ました。参院選勝利後の政局の本質を突かれた感じですね。その1つ前の質問でも、モリカケ問題が取り上げられ、『岸田さんは聞く力は有るが、行動力は無い。首相になっても何も変わらない』とキツくやられた。岸田さんは口には出さないが、一番気にしている事なんですね。でも、春先からちゃんと手は打って来てますよ」

党内人的資源の活用がカギ?

その皮切りはエイプリルフールの4月1日だという。岸田首相はこの日の夜、東京・丸の内の日本料理店で二階俊博・元幹事長と会食した。呼び掛けたのは岸田首相側だったという。ここ数年、岸田首相と二階元幹事長は敵対して来た。安倍元首相の退任に伴う2年前の総裁選では、二階元幹事長が菅義偉・前首相の擁立を主導し、岸田首相は〝浪人生活〟を余儀無くされた。

 岸田首相は臥薪嘗胆の1年を過ごし、昨年の総裁選で5年間幹事長に留まる二階元幹事長を念頭に党役員の任期制限を主張。これで、党内の流れを摑んで雪辱を果たし、二階元幹事長は非主流派に転落する憂き目となった。

 衆院選の候補擁立を巡っても両者は度々衝突を繰り返したが、岸田首相側が関係修復に動いたのだ。参院選前の挙党態勢の演出だったというのが一般的な解説だが、中堅議員は違うと言う。

 「参院選を名目に安倍さんも麻生さんも、菅さんや二階さんと会合を持つ等、党内活動を活発化させていた。当然、『ポスト岸田』が念頭に在る。主流も非主流も1枚めくれば、それぞれの思惑は異なる。二階さんとの会合はこうした党内の動きを牽制する為だったと思う」

 安倍元首相が亡くなり、首相経験者は麻生太郎・副総理兼財務相、菅前首相の2人になったが、その存在は存外重たい。政権の内幕を熟知しているからだ。タカ派で岸田首相とは政治路線が異なる安倍元首相の存在は際立っていたが、共に首相在任期間が短かった麻生副総理、菅前首相は心の中に不完全燃焼感が有り、「キングメーカーへの野望」が人一倍強いとされる。菅前首相が発足を参院選後に先送りした超党派の勉強会がその典型だろう。岸田1強体制が固まれば、世代交代の歯車も一気に回る。首相経験者が「過去の遺物」にされないよう影響力を保つには、政策、政局の両面で政権に関与して行くしかないのだから、手を緩める筈もない。

 自民党長老が語る。

 「岸田首相は安倍元首相と当選同期の間柄。政治路線は異なるが外交分野等で、安倍さんから教えを請う場面も沢山有ったろう。麻生さんや菅さんとは、安倍さんのように気さくに話せる間柄ではない。目付け役が1人減り、仕事がし易くなったという反面、党内のパワーバランスの変化がもたらす新たな不安要因も抱える事になったと思うよ。岸田首相は党内実力者への目配りをしっかりし、党内の人的資源を上手く活用する術を磨かないといけない」

 東京・永田町では「岸田首相が描いているのは3年後の衆参同日選挙で、それ迄大きな国政選挙は無い。不祥事が起これば別だが、基本は政策実現の3年間になる」との見方が広がっている。

 参院選公約集の表紙に書かれた「決断と実行。」が文字通り問われることになる。焦点の「国防力強化」や「新しい資本主義」の実現に加え、党内の人的資源のコントロールも課題となる。

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