SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

進む子供達の視力低下……教育のICT化が影響?

進む子供達の視力低下……教育のICT化が影響?
GIGAスクール構想を進めつつ子供の視力を守れるのか

小学6年生の2割、中学3年生の3割が、裸眼視力0・3未満——。そんな衝撃的な調査結果を、文部科学省が公表した。急速に進む社会のICT化は生活を便利にする一方で、人間の視力を奪っている。成人と異なり、成長期の子供の視力低下はその後の一生に関わる大きな問題だ。進む教育現場のICT化にも、「待った」が掛かるかも知れない。

 文科省は6月23日、全国の約8600人の小中学生を対象に初めて実施した「近視実態調査」の結果を公表した。文科省担当記者は「子供達のK視力が低下しているとの指摘は、以前から統計で示されてはいた。今回の調査は子供達の視力とデジタル機器の関係を調べる為のもので、今後更に詳しい分析が公表される予定だ」と解説する。

 その「以前から示されていた統計」というのが、文科省の学校保健統計調査だ。学校における幼児、児童、生徒の発育や健康状態を調べる為、1900年度から毎年実施されている。身長や体重等の発育状態に加え、アトピーや虫歯、喘息等の疾患の割合も調べるもので、最新の20年度の調査では、小学1年生の約4人に1人、小学6年生の約半数が「視力1・0未満」だった。

 「1・0未満」と言っても幅が有るが、一般的に教室の一番後ろから黒板の字を見るには視力0・7以上、一番前の席からでも0・3以上が必要とされており、「1・0未満」の子供は、一番後ろに座ると裸眼では黒板の字が見にくいという事になる。これでは学習にも著しい影響を及ぼすだろう。

 「今回の文科省の調査では、視力を測る視力検査だけで無く、目の表面に有る角膜から目の奥の視神経に繋がる網膜迄の眼球の奥行き、いわゆる『眼軸』の長さを専門機器で調べた。近くを見続けると眼軸は伸びたまま縮まなくなって近視になるとされる。体が小さい子供の眼軸は当然、大人よりも短い筈だが、調査では男女共、小学6年生で大人の平均値とほぼ同じ長さになっていた」(同記者)。専門家は「成長するのに従い更に眼軸が伸びる恐れが有る」と、低年齢での近視の進行に警鐘を鳴らす。

止まらない近視人口の増加。幼児の近視も

 もっとも、子供達の視力低下は今に始まった事ではない。視力の統計を取り始めた1979年度の調査では、視力が1・0未満の子供は小学生で17・91%、中学生で35・19%、高校生で53・02%だった。それが、2020年度にはそれぞれ、34・57%、57・47%、67・64%と増加しており、特に小学生で約2倍に増えている。40年に亘って視力低下が進んでおり、特に低年齢層でその傾向が顕著である事が分かる。都内の眼科医によると、「幼稚園に通う年齢の幼児に、近視の傾向が見られる事も珍しくない」という。眼科を受診する子供の姿は、今や日常の風景らしい。

 ただ、近視人口の増加は日本国内だけの問題では無い。世界的には特にアジアでその傾向が顕著で、台湾や韓国では近視の子供が全体の8割に上っているとされる。オーストラリアの研究機関は16年に発表した推計によると、50年には世界の人口の半数に当たる48億人が近視になる結果に。近視人口が14億人だった00年から50年で3倍以上に増えると予測している。

 その理由として挙げられるのが、パソコンやタブレット機器、スマートフォン等のデジタル機器の影響だ。近視になる原因には遺伝的な要因と環境要因の2種類有るが、社会のデジタル化が進み、この環境要因が強くなっているというのだ。人類が、狩猟等でより遠くを見る必要が有った暮らしから、手元に近いものを多く見る暮らしに移り変わっている証左とも言える。

 前出の文科省の実態調査を担当した東京医科歯科大の大野京子教授(眼科)は「子供達が外で遊ぶ屋外活動が減った一方で、スマホ等の小さな画面を近距離で見る時間が増えた事が影響している」と分析する。総務省の「青少年のインターネット利用環境実態調査」によると、21年の小学生のスマホ所有率は53・4%と過半数に上る。新型コロナの影響で、子供達の屋外での活動は更に減っており、これが視力に影響を及ぼさないか、大野教授らは今後も研究を続ける計画だ。

デジタル教科書等メリットが多い反面……

 だが、そうなると気になるのが、文科省が進める「GIGAスクール構想」の行く末である。同構想は、希望する全国全ての小・中・高校等に校内LANを整備し、児童、生徒に1人1台のパソコン端末を持たせるというもの。19年に当時の萩生田光一文科相の下で始められた、いわば「学校現場のICT化」だ。

 文科省によると、日本の学校の授業でのデジタル機器の使用時間は、OECD加盟国で最下位だという。又、学校現場でのデジタル機器の使用状況は自治体によっても大きな差が有り、国としては全国一律の施策を進める事で、都道府県格差を埋める狙いも有る。そして文科省がこの構想の中で、「直ぐに出来るICT活用」の一例として挙げているのが、「デジタル教科書」「デジタル教材」である。

 「デジタル教科書は、紙の教科書をそのままデジタルで見られる様にしたもので、20年度からの新学習指導要領に伴い、授業で利用出来る様になった。パソコンやタブレット端末等で見られる為、登下校時に紙の教科書を持ち運ぶ必要も無くなり、荷物を軽量化出来る」と文科省関係者。一方で、授業で長時間、画面を見続ける事で、視力に悪影響を与える事も懸念されている。

 「現代の子供達は、遊び方も昔とは変わって来た。外で遊ぶ事が減り、家の中でゲーム等をして遊ぶのが一般的になりつつある」と中学生と小学生の子供2人を育てる都内の主婦は話す。こうした現状に、医療界は過去にも警鐘を鳴らして来た。

子供の視力低下に、小児科医会の対応は?

「日本小児科医会は13年、『スマホに子守りをさせないで』というキャッチコピーで、保護者が子供にスマホを使わせないよう呼び掛ける啓発活動を始めた。この時の会見では、子育て中の女性記者から反対の悲鳴が上がり、発表者の小児科医達がたじたじになったのを覚えている」(医療担当記者)

 この時の呼び掛けは、子供の視力低下には触れておらず、親も子もスマホを使うのは控え、子供と直接コミュニケーションを取る時間を大切にしようという内容だった。共働きが当たり前、ワンオペ育児など過酷な育児環境が注目される中、この呼び掛けは猛反発を受け、それに懲りたのか、同医会の呼び掛けはその後、子供のスマホ利用による視力低下に注意を呼び掛ける内容に変わって来ている。

 ある教育関係者は「デジタル化の流れは今更変わらないし、家庭環境に拘わらず一律でデジタル機器を使わせる事で、全ての子供達に早いうちから機器に慣れてもらう事は教育としても有効だ」と話す。むしろ学校というルールが厳格な現場でデジタル機器を使う事で、「例えば30分に一度はタブレット等の画面から目を離し、20秒以上は遠くを見る等の視力低下を防ぐルールを習慣化させる事が出来る」とGIGAスクール構想に賛成する。電子機器が子供の視力に与える悪影響を考慮しながら、学校現場のICT化を進める文科省は、難しい舵取りを求められている。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top