少子高齢化が進む日本の課題として、増大する社会保障費への対応の必要性が指摘され、財政健全化が議論される様になって久しいが、依然として解決の糸口は見えない。社会保障費の財源として消費税率も引き上げられたが、10%では足りないとも言われる。更に新型コロナの感染拡大によって医療費の支出が増え、医療の役割が改めて議論される等、社会保障費の議論はますます複雑になった感もある。国は医療費を始めとする社会保障費の在り方についてどう考え、財政健全化の中でどう対応しようとしているのか。医療費の適正化を巡る議論のポイントや国の問題意識等について、財務省主計局主計官の一松旬氏に講演して頂いた。
原田 義昭氏「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):この会は、日本の将来を見据えながら、医療、看護の問題を民間と国会議員と徹底的に議論しようと続けています。勉強会を通じて、厚生労働省や財務省にも意見を述べたいと思います。
三ッ林 裕巳氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(元内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師):今後、地域医療や医師偏在の問題をどう解決するのか、医師の働き方改革を進める事で地域医療は崩壊しないのかといった課題を真剣に議論し、更に医療を充実していく必要が有ります。
東 国幹氏「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(自民党衆議院議員):コロナ禍を経験し、国民皆保険制度の重要性を国民も実感していますが、医療資源の充実は地方にとって大きな問題です。診療報酬を含め医療や福祉の更なる充実策について議論が必要です。
尾尻 佳津典「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):日本のコロナ対策は医療行政の質の高さが要因だとして海外メディアは厚労省を高く評価しています。今後増え続けている日本の医療費がどうなるのか、勉強したいと思います。
講演採録
財務省の財政政策から見る、医療費の適正化
■給付と負担のバランスが不可欠
2022(令和4)年度予算では社会保障関係の予算が36.3兆円で、一般会計歳出総額107.6兆円の3分の1以上を占めています。36.3兆円の内訳を見ると、医療費については12.2兆円。公共事業費6.1兆円の2倍の規模です。
歳出の増加でも社会保障関係が際立っています。1990(平成2)年度の当初予算と2022年度の予算を比較すると、歳出全体で41.4兆円増えています。この内、新型コロナ対策の5兆円を除くと、一般会計歳出の増加額は、社会保障費の増加分24.7兆円、国債費の増加分10.1兆円でほぼ説明出来ます。
社会保障の給付費を見ても、1990年度と比べて2019(令和元)年度は2.6倍に膨れ上がっています。21(令和3)年度当初予算では給付費は129.6兆円。財源については、6割の保険料収入と4割の公費負担で賄っており、国や地方自治体が負担している公費負担は51.3兆円に達します。国庫負担金35.7兆円は税負担だけでは足りず、国債の発行で補っている状態です。
つまり、国民から見れば年金や介護、医療の給付を受けているものの、それに見合う負担をしていない。その分の負担は、国債を発行する事によって将来の世代に先送りされています。私たち財務省は、この給付と負担のギャップが財政を悪化させている最大の要因だと考えています。日本の社会保障費の対GDP比は、世界各国と比べると中位グループですが、国民負担率は低い。「中福祉低負担」と言うべき状況にあり、この給付と負担のギャップは、このまま高齢化が進んで行くと、ますます広がって行くでしょう。この乖離を縮小し、将来世代への負担の先送りを止めようというのが、社会保障制度改革の原点です。
給付と負担の乖離を是正する手段は、国民負担の引き上げと給付の伸びの抑制です。消費税率は19年10月に10%に引き上げられたばかりで、その他の税目も含めて負担増を求める切り口が当面無いとすれば、給付の伸びの抑制しか選択肢は有りません。
今回の講演では当初、テーマとして「医療費の削減策」が提示されました。しかし、私共財政当局が取り組んでいるのは、増加の一途を辿る社会保障関係費や医療費の伸びを少しでも抑制する事であって、医療費を減少傾向に持って行く事や、医薬品市場の縮小ではありません。そこで本日は、表題を「医療費の適正化」に改めさせて頂きました。
■歪みも生じたコロナ対策の財政支出
20年以降は新型コロナ対策でも、医療提供体制等の強化の為に16兆円程度の多額の支出をして来ました。医療機関及び医療従事者の支援は半分の8兆円程です。
ところが、こうした財政支出によって歪みも生じました。一部の国公立病院では、それまでの決算とは大きく異なる大幅な黒字が計上され、流動資産の積み増しが見られます。これらの病院の成り立ちや本来的な役割を踏まえると、現在の病床確保料のやり方で補助金を出す事はワイズスペンディング(賢明な支出)とは言えません。これについて財務省では、前年や前々年と同水準など合理的な水準で診療報酬を支払う形で減収分を補填すれば良いのではないかと主張していますが、まだ実現していません。診療報酬の仕組みとして類例は有り、実施すべきです。
ワクチン確保にも多額の費用を使っています。累計8億8200万回分のワクチンを2.4兆円で確保しました。総人口と接種回数を考えると、必要数を大幅に上回る数量となっており、単純に割り算すると1回当たり2700円強となります。ワクチンは確保だけでなく、接種にも費用が掛かります。時間帯や1週間の接種回数等による加算分を加味すると、1回当たりは3700円程度になります。これ以外にも集団接種会場設置の為の市町村の費用も全額国負担となっています。現在は、新型コロナの蔓延防止の為の緊急性が有る事を前提に、国として地方自治体を全面的に支援していますが、今後、蔓延防止の必要性やワクチン接種の位置付け等が変わる事によって、支援の在り方も見直しは避けられません。
本日(4月27日)、厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会が開かれ、新型コロナワクチンの4回目接種は重症化予防と位置付けられ、60歳以上の人と18歳以上60歳未満で基礎疾患が有る人を接種対象とする事が決まりました。こうしたワクチン接種の位置付けの変更も踏まえながら財政支援の在り方を見直して行く事になります。
■医療費適正化は緒についたばかり
日本の保健医療支出はOECDの中で、GDP比で5番目に高く、政府支出に占める公的医療費の割合は2番目に高い状況にあります。
医療費については、高齢者を中心に入院・外来の受診日数が減少しており高齢化による医療費への影響が低下している様にも見えますが、1日当たりの医療費はどの年齢階級でも増加していて、その様な医療費の現状を踏まえて、現在の社会保障関係費の国費に於ける規律が設けられています。但し、規律の対象は国費のみとなっており、医療給付費全体の規律も必要と考えます。その時に1つの考え方となるのは経済成長率との整合性です。嘗てチャレンジしましたが、生活習慣病対策等で医療費の適正化効果を積み上げる案が採用されました。こうして組み立てられた医療費適正化計画の在り方がエビデンスを欠いた事は明らかで、15年来の医療費適正化の蹉跌と呼んで立て直しを求めています。
我が国の医療保険制度には「国民皆保険」「フリーアクセス」「自由開業医制」「出来高払い」といった特徴が有ります。これを患者側から見ると「誰でもどんな医療機関、医療技術にアクセス出来る」というメリットがある一方で「負担が低くコスト抑制のインセンティブが生じにくい」というデメリットが生じます。又、医療側から見れば「患者や医療行為が増える程収入が増加する」「患者と医療機関側との情報の非対称性が存在する」という傾向が生じ、医療供給側の増加に応じて医療費が増大し易い構造になっていると言えます。こうした構造を改革して行く為には、効率的で質の高い医療提供体制の整備と診療報酬や薬価等、公定価格の適正化、自律的なガバナンスの発揮、強化が必要です。
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