マイナンバーカードが保険証になる「マイナ保険証」が普及しない。厚生労働省は2022年度の診療報酬改定でマイナ保険証に対応した医療機関の診療報酬を上乗せしたものの、自己負担増となる患者の反発を招き、逆効果になっている。診療報酬で政策誘導をして来た同省の従来の手法にも、限界が来ている。
医療費の自己負担が増えると知り、東京都内の男性会社員(25)はマイナ保険証の申し込みを止めたという。この男性は「大してメリットも無いですしね」とサバサバした表情で語った。
マイナ保険証は昨年10月に本格運用がスタートした。患者は医療機関が設置する機器にカードをかざし、受付をする。医師はオンラインで過去の診療データを閲覧出来、患者は自分で説明せずとも正確な情報に基づく診察を受けられる。医療費の自己負担を限度額で済ませるのに必要な事前手続きも不要になる。
普及に向け、厚労省は医療機関に顔認証付きカードリーダーを無償提供する他、システム改修への補助金も用意した。マイナ保険証を申し込めば7500円相当のポイントを付与する等、政府全体で後押しして来た。しかし、施行時に、カードと健保組合のデータの不一致等のトラブルが多く、開始時期もずれた。
22年度の診療報酬改定で厚労省は、初診時70円、再診時40円、薬局の調剤時30円の報酬を医療機関が受け取れるようにした。医療行為をする側にインセンティブを与える事で普及を目指す、同省の伝統的政策誘導の手法だ。ただ、診療報酬の加算は患者の自己負担増にも直結する。厚労省の意向を知ったデジタル庁はストップを掛けようとした。しかし、厚労省は医療機関の増収を重視する手法に拘り、同庁を押し切った。
結果、今年4月10日時点でマイナ保険証の手続きをしたのは全人口の約6%、820万人。利用出来る医療機関も全体の16%程度に留まっている。要因の1つと見られるのが患者の自己負担増だ。3割負担の人なら、初診時に21円、再診時に12円負担が増す。
診療報酬の増減による政策誘導は、嘗てはそれなりに効果を上げて来た。患者の自己負担割合が低かった頃は診療報酬で医師の収入を増やしても患者の負担はそれほど増えず、患者側からの異論が出なかった為だ。それが自己負担3割となった今は、医療機関の収入増が患者の負担増に跳ね返る。マイナ保険証の様に診療報酬を加算すると、「患者に良かれ」と思った事でも国の意図とは違う方向に振れる様になった。最近では、自己負担増の批判にさらされ直ぐ撤回された「妊婦加算」が記憶に新しい。大病院への外来集中を防ぐ目的で開業医の報酬を増やしたら、患者にとって窓口負担が少ない大病院の外来が増えた事も有った。今回の診療報酬改定で厚労省はやはり普及が進まないオンライン診療の初診料も引き上げたが、こちらも効果は見通せない。
「良いサービスを受けられるのだから自己負担も増えてしかるべき」。最近の厚労省の見解は、嘗ての言い振りとは変わっている。それでも同省幹部は「診療報酬アップと同時に患者の負担も増す仕組みとなった以上、効果は相殺されてしまう」と漏らし、診療報酬による政策誘導が難しくなった事を認めている。
LEAVE A REPLY