対応マニュアルの更なる充実を
厚生労働省が早期発見・早期対応を目的に作成している医薬品の「重篤副作用疾患別対応マニュアル」に、今年2月、「ベンゾジアゼピン受容体作動薬の治療薬依存」が追加された。日本の医療界が軽視し続けたベンゾ系睡眠薬・抗不安薬の処方薬依存が、やっと「重篤副作用」として扱われることになったのだ。
筆者がベンゾ系薬剤による処方薬依存の問題に注目し、当時勤務していた読売新聞で関連記事を書き始めてから10年が経つ。ベンゾの依存性は欧米では1970年代から問題視され、日本でもその成分は麻薬及び向精神薬取締法の規制対象となっていた。にもかかわらず、「通常の用量なら長く飲んでも大丈夫」「昔の睡眠薬のような強い依存性はない」などと言い切る精神科医の多さに筆者は驚き、実態を報告し始めたのだ。当時は、日本睡眠学会のお偉方までもが、同様のコメントを内閣府のWebサイトに載せるなど滅茶苦茶だった。この頃の様子は、2013年に出版した『精神医療ダークサイド』(講談社現代新書)で詳しく伝えている。
とはいえ、向精神薬を専門に扱う彼らが、常用量でも長期使用で身体依存などが生じかねないベンゾのリスクを知らなかったはずはない。「患者に不安を与えないため」との思いがあったとしても、「依存性はない」などの明らかなウソは許し難い。
筆者は以前、国立病院機構の単科病院に勤める精神科医がまとめたベンゾの報告書に「有用性・医療経営への影響 常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる」とあるのを写真付きでスクープした。このような考えで長期処方を続けていたのならば、自己の利益のために故意に病気にさせる犯罪者と呼ばざるを得ない。
ベンゾの離脱症状や耐性に苦しむ患者は全国にあふれていた。主治医に相談しても「思い込み」「精神症状のひとつ」などと相手にされず、海外の減薬マニュアルを参考に独自に減断薬を試みる患者もいた。それはハイリスクな行為なので勧められないが、そうせざるを得なかったのだ。こうした状況に対して、「おかしな奴らがありもしない被害を訴え、精神医療を混乱させている」などと吐き捨てる精神科医もいた。だが、そんな連中が今や「ベンゾの長期処方はいけない」などと講釈を垂れている。変わり身の早さだけは一流なのだ。もちろん、処方薬依存にされた被害者の減薬を助ける精神科医は少なからずいた。ベンゾの依存性を深刻に受け止め、研究結果を発信する精神科医も増えていった。筆者が構成員として参加した厚生労働省の「依存症者に対する医療及びその回復支援に関する検討会」(12年度)では、処方薬依存の問題も重視するよう求め、報告書に一文が盛り込まれた。
そして、処方薬依存の自助グループが増え、厚労省などに対策を求める声が強まった。同時期、ベンゾを含む向精神薬の処方剤数が診療報酬上の制限を受けるようになり、多剤処方や漫然処方は減少傾向に転じた。だが、患者ひとりひとりの診察に時間をかけると経営が揺らぐ今の仕組みのままでは、精神科の薬物偏重は変わらないだろう。
ベンゾの漫然処方や長期処方に待ったをかけるマニュアルの完成は画期的だ。しかし、引用文献などを入れても計36ページの内容は薄い。副作用や離脱症状、減薬法の説明はおざなりで、本連載第4回で取り上げた眼への深刻な影響も無視されている。当事者や支援者たちが連携し、厚労省に早期に修正要望を出すための議論が始まっている。
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