SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

不妊治療の規律に関する法整備に一定の目途

不妊治療の規律に関する法整備に一定の目途
生殖補助医療を考える超党派議員連盟による法案が明らかに

生殖補助医療の規律に関する立法が今国会で議論される。生殖補助医療とは所謂不妊治療の事である。生殖補助医療法は2020年12月に既に成立している。既存の生殖補助医療法は第三者から精子や卵子の提供を受けて体外受精等の生殖補助医療で生まれた子についての親子関係を定めている。誕生と共に親子関係を確定させる規定であり、卵子の提供を受けた場合は出産した女性が母親になり、精子提供に同意した夫は生まれた子の父親になる。

 これ迄、日本には生殖補助医療に関する法律は存在しなかった。03年以降、厚生労働省と法務省の審議会に於いて法整備の意向で進めていたが実現に至らなかった。その間にも精子提供による不妊治療は行われており、延べ1万人以上が誕生したとされている。国は医療の進歩に対応する事なくその判断を学会任せにして来た。20年12月に生殖補助医療法が成立し漸くその1歩を踏み出す事が出来た。法律で精子や卵子の提供が可能になったのだ。併せて、不妊治療に対する補助金制度を廃し、大部分の不妊治療が保険適用となった。

 一方、肝心の提供する為のルールが規定されていない。生殖補助医療法における生殖医療の在り方や医療機関の問題、生まれて来た子供の知る権利等の重要な論点が置き去りになっていた。生殖補助医療法には2年を目途に残された課題を検討する事が明記されていた事からこの機会に前述の課題の解決を図る必要に迫られている。

 それを受けて超党派の議連である「生殖補助医療の在り方を考える議員連盟」が骨子案の検討を進めている。具体的には特定生殖補助医療の制限の範囲を、①夫以外の男性から提供された精子を用いて妻に対して行う人工授精、 ② 夫以外の男性から提供された精子と妻の卵子による体外受精とこれにより生じた胚を用いて妻に対して行う体外受精胚移植、 ③ 夫の精子と妻以外の女性から提供された卵子による体外受精とこれにより生じた胚を用いて妻に対して行う体外受精胚移植、として代理出産や事実婚、同性カップルは対象としていない。精子、卵子を提供する斡旋機関は厚労相の許可制とし、斡旋に対して通常必要である費用以外の利益の授受を禁止している。精子や卵子を提供する医療機関も人工授精や体外受精を実施する医療機関も公的に許可を得た斡旋機関を利用しなければならない。これらの斡旋機関に関する規定に違反した場合の罰則も規定される予定だ。又、斡旋機関は精子や卵子の提供者の同意書を得ると同時に提供者の氏名、住所、生年月日等の個人情報を指定された独立行政法人に提出する事が義務付けられる。同意書とそれらの個人情報は100年間保存する事とされ、特定生殖補助医療により出生した子で成人に達した者から求めが有れば、その精子や卵子の提供者にその意向を伝達して回答を要請し、提供者から回答が有ればその内容を子に伝える事としている。併せて、特定生殖補助医療の提供を受けた夫婦はこれにより出生した子にその事実を知る事が出来るように適切な配慮をする事が規定される予定だ。

倫理的問題が解決に至る事は容易ではない

 20年12月に成立した特定生殖補助医療法第3条の基本理念には「生殖補助医療により生まれる子については、心身ともに健やかに生まれ……」とあり、れいわ新選組の舩後靖彦議員は強く反発している。この条文が命に優劣を付けて選別する優生思想を引き起こしかねない懸念が有ると言うのだ。神経筋疾患ネットワーク全国自立生活センター協議会は、「私たちは、本法案の『基本理念』第3条4項『生殖補助医療により生まれる子については、心身ともに健やかに生まれ、かつ、育つことができるよう必要な配慮がなされるものとする』との文言に、言葉にできない恐怖と戦慄を覚えました。これは明らかな優生思想であり、障害者の存在を真っ向から否定する障害者差別であると強く抗議し、直ちにこの条文の削除を求めます」という声明を発表して特定生殖補助医療法を人権侵害法であると抗議している。又、法曹界では生まれた子が自分の出自を知る権利等人権保障に欠けているとして生殖補助医療法の制定時から反対していた。今回の法案が立法されれば精子や卵子の提供者の同意を得れば子は自身の出自を知る事が出来る様になる。これら倫理的な問題は多様な意見が存在し解決に至る事は容易ではない。

 生殖補助医療のパイオニアであり1万件以上の実施例を持つ慶応大学病院は、精子や卵子の提供者に、自身の個人情報を出生者に提供する事を問うた結果、個人情報の開示を受け入れたドナーはほぼ皆無であった事を明らかにしている。よって、今回の立法案においてドナーに対して出生者が望めば個人情報を無条件で開示する事を規定すると、日本の生殖補助医療は凡そ壊滅するであろうと予想出来る。人類の生命倫理によって論じられる守るべき権利や守られるべき権利は、コインの裏表の様にオールオアナッシングでは結論は得られないという事であろう。不妊症は、カップルの1〜2割に見られ、晩婚化に伴い、不妊に直面する夫婦は増加している。これは子を望む夫婦にとって深刻な問題であり、人工授精や体外受精を望んで海外で治療を受ける日本人が増えている事から生殖医療に関する法整備は必要だ。その上でどの様に社会的な合意形成を図って行くかの議論を深める事が望まれる。

諸外国における生殖補助医療制度

アメリカは1992年に精子、卵子、胚の提供を認める法が成立している。州によっては代理懐胎も認められ、出生者に対する供給者の情報公開は供給者の同意が有る場合のみである。

 イギリスは代理懐胎について85年に立法されており、90年に胚の提供を認める法が制定されている。法律婚、事実婚の男女カップルのみならず同性婚にも適用される。提供者の情報開示に関しては出生者が16歳以上の場合は提供者の個人が特定出来ない情報を、出生者が18歳以上の場合は相互同意が有った場合のみ個人を特定する情報を開示する事になっている。

 ドイツでは89年に代理懐胎を禁止する法律が制定されている。その後、2007年に精子、余剰胚が有る場合のみ胚の提供を可能とする法律が成立した。卵子の提供は禁止され、精子は無償提供を原則と規定されている。法律婚、事実婚の男女カップルに(一部の州では女性カップルにも)適用される。16歳以上の出生者には精子提供者の情報が開示される。

 フランスでは04年に生命倫理法が制定され、精子、卵子、余剰胚が有る場合の胚の提供が可能になっている。代理懐胎契約は認められない。提供者と出生者が共に匿名である事が原則の為、出生者に対する情報提供はされない。

 以上の様に諸外国の法内容を見ると、日本の当該法は各国の丁度折衷案の様な内容である事が分かる。アメリカは比較的規制が少なく先進的で、一大産業になっている。カリフォルニア州の精子バンクは提供者を色々な条件で検索出来るようになっており、髪の色、目の色、種族、学歴、身長等様々なオプションが用意されている。日本の当該制度を厳しくすると、日本人がアメリカに行って精子バンクから精子を購入したり、卵子を購入したりするケースが増えて来ると予想される。国民の倫理観の変化は国家観にも影響を及ぼすので慎重な議論を深化させる必要が有る。少なくとも家族は血縁で有る事を前提とする意識が根強い日本ではアメリカの様に産業化する事は難しいと思われる。昨今、良く見聞きする様になったLGBT(性的マイノリティ)に対する問題や多様化するセクシャリティについて更に深化していく事で国民の家族観も変化するのかも知れない。意思や意識による家族形成、つまり、ハートの繋がりによる家族形成が社会通念上、特別でない選択になる日もそう遠くないと思われる。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top