ウクライナの首都キーウ近郊での民間人の大量虐殺は世界を震撼させた。フランス、ドイツに続き日本もロシアの外交官の国外追放に踏み切り、トルコが仲介に入った停戦協定も先行きが見えなくなった。ロシア軍は東部戦線に重点を移して南域支配とモルドバ侵攻を窺う一方、友国・ベラルーシで部隊を建て直し、キーウ攻撃も捨てていないと見られる。情勢は混沌としている。
日本は政府専用機でウクライナ避難民を国内に迎え入れ、これ迄に無い丁寧な対応を示しているが、北方領土問題を巡り日露交渉を重ね、経済協力を進めて来た過去も重くのし掛かる。地元・山口にプーチン大統領を迎えて首脳会談をし、親密ぶりをアピールした安倍晋三・元首相は「核武装論議」の必要性は訴えるものの、和平に動く素振りは見せていない。過去にロシアと関わって来た政治家、官僚も傍観者然としている。
欧米諸国に足並みを揃えたロシアへの経済制裁はかつて無い厳しいものだが、過去のロシアとの関係を顧みれば、清新さは薄れる。予想不能の事態でのやむを得ない判断で、責める気は毛頭無いが、日露パイプが虚でないのなら、欧米諸国に追従するだけで無く、プーチンの誤りを正す直接の行動もどこかで見せて欲しいものだ。
外交筋によれば、当初は第2次大戦でソ連がナチス・ドイツを退けた5月9日の「戦勝記念日」が1つの節目と目されていた。国土を蹂躙されたウクライナのみならず、1日2〜3兆円の戦費を負担するロシアも限界状況に近いと見られたからだ。ロシア軍によると見られる民間人の虐殺も狂気に支配された軍部の限界状況と思われるが、専門家の間では「長期化」の懸念が広がっているという。
終わらない戦は無い。いずれ停戦となるだろうが、怨嗟と不安定の解消には途方も無い時間が必要だ。核保有国がその脅威を背景に他国を蹂躙出来るという現実とどう向き合うか。唯一の被爆国・日本の政治課題は重い。
言い尽くされた問題点を敢えて書いたのは、自民党長老のこの言葉が切っ掛けだ。
「世界を揺さぶる問題が起きているのに政府・与党に緊張感が足りない。岸田文雄首相のクールフェイスは乱世の時代にそぐわない」
一律5000円給付案のドタバタ劇
長老がお怒りなのは、今年度予算成立の直前に政府・与党内で唐突に浮上した年金受給者への一律5000円給付案が、一転して撤回されたドタバタ劇の事だ。浮上した時点から「参院選に向けたバラマキで、極め付きの愚策」と野党から批判され続けた挙げ句、岸田首相が再検討の意向を示し、沙汰止みになったのだ。
年金受給額は2004年度の年金制度改正で導入された「マクロ経済スライド」によって毎年度改定される。物価や現役世代の賃金の変動に伴って年金受給額を調整する仕組みだが、スライド調整率というからくりで、低めにコントロールされる。高齢社会を見据え、財政難をしのぐ窮余の策だが、元来、評判が悪い。
今年度は賃金の減少に合わせて0・4%減にする事が1月に決められた。ところが、原油価格の高騰等で2月以降、消費者物価指数は前年同月比で0・6%と急上昇し、ウクライナ侵攻に伴い、更なる上昇が確実視された。この為、自民・公明両党で年金生活者の救済案として浮上したのが、今回の一律給付案だった。5000円は年金の減額分の補てんが目的だった。
与党も野党から「参院選目当てのバラマキ」と批判されるのは覚悟していたが、国民の総スカンは予定外だった。問題は巨額の事務経費だ。年金受給者は約2600万人で、その事務経費は700億円にもなる。メディアに指摘され、国民からも「丸ごと税金の無駄だったアベノマスクと同じだ」と揶揄された。収入の有無を無視した給付の在り方も財務当局から難色を示され、年金受給者からも「5000円で何の対策だ。馬鹿にするな」と文句を言われ、すごすご撤収したのだ。
方針転換の余波で、与党内のごたごたも生じた。自民党の茂木敏充・幹事長に対し、公明党幹部らが「こちらが考えた訳では無い。いい迷惑だ」と不満を漏らし、参院選の候補者調整以来、ぎくしゃくして来た軋轢も顕在化した。商品券や給付金等の撫民政策は公明党の十八番だが、一律給付案は自民党が主導した。茂木幹事長らの念頭には二階俊博・前幹事長と公明党が主導した新型コロナウイルス対策の特別給付金10万円の前例が有ったが、柳の下に2匹目の泥鰌は居なかった様だ。
「こういう事は根回しが大事なんだが、今回はその痕跡が無い。何をやっていたんだ。年金受給者を含め、国民の状況をきちんと把握し、官庁や政党間の調整で問題点を整理しないからこうなる。かと言って、年金生活者が困窮している事は事実だ。きちんと、落とし前を付けないと、参院選でしっぺ返しを食う」
自民党幹部は「良い悪いは別にして、菅義偉前首相や二階前幹事長の様な調整に優れた人材がいない」と岸田政権の弱点を懸念する。
その菅前首相を巡り、2月に麻生派を退会した佐藤勉・前総務会長ら菅前首相を慕う約10人が3月23日、国会内で勉強会を開いた。菅前首相は自身の経験から横断的政策集団の必要性を掲げ、3月下旬の勉強会発足に言及していた。佐藤前総務会長らの勉強会はこのプレイベントの位置付けで、勢力固めと言って良い。
菅前首相の勉強会はどこへ行く
岸田首相周辺は当初、反主流派閥結成かと警戒したが、保守分裂となった石川県知事選で菅前首相が安倍派だった馳浩・元文部科学相の応援に入った事で政権主流派との関係も修復されつつあるという。菅前首相の勉強会には二階派や森山派に加え、石破茂・元幹事長らの参加が予想されている。昨年の自民党総裁選・負け組の再結集である事は事実で、自民党内の新たな「局」になる事は確かだ。参院選に向けて、影響力を担保すると共に、次の政局に備える布石と見て良いだろう。
「岸田降ろしなんて考えていないけど、勉強会さえ作っておけば後は何とでもなるからね。次期首相が念頭に無いと言えば嘘になるかな」。勉強会参加予定の中堅議員はそう語る。
ウクライナ情勢の重大性から、勉強会の発足時期は慎重に選ぶ方針で、多少の延期は想定しているという。下手に動けば「コップの中の嵐」と批判されるのが目に見えているからだ。「勉強会はウクライナ侵攻で明らかになった問題も見据え、これからの世界、日本に必要な政策を取り上げる。縦割りの官僚システムでは対処出来ない問題をどう扱っていくかがメインテーマだ」。先の中堅議員はどこか誇らしげに付け加えた。
プレ勉強会と同じ日、日本の国会でウクライナのゼレンスキー大統領がオンラインで演説をした。日露交渉や被爆国という機微に触れる言説は避けながら、拒否権を持つ核大国によって機能不全に陥っている国連改革の必要性を訴えた。「ロシアがウクライナに侵攻した際に国際機関も国連も機能しなかった。話し合うだけでなく、(侵攻停止へ)影響を与える為の改革が必要だ」「全世界の安全保障の為に、新たな予防的ツールを作らなければならない。本当に侵略を止められる様なツールだ。日本はリーダーシップを果たせる」。
事務所で画面を見ていたという自民党長老はぼそりと言った。「右も左も関係無い。平和を維持する為の知恵を常に磨く不断の努力が必要なんだ。避難民受け入れも経済制裁も結構だが、日本にはもっと出来る事が有るんじゃないか。私はそう思っている」。
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