コロナで打撃を受けた観光立国の医療ツーリズム
タイは日本の約1.4倍の国土に2分の1強の人口(約6600万人)、1人当たりのGDPは7217ドルで東南アジアの中進国で、多くの日本企業が進出し在留邦人は約8万人と非常に多い。
タイは、全ての国民がほぼ自己負担無く医療の提供を受ける事が出来る仕組みを構築している。企業の従業員や公務員を除き、国民の約8割が利用するほぼ無料の医療提供スキームは、UCスキーム(Universal Health Coverage Scheme)と呼ばれる。とは言え、処方薬は殆どがジェネリックで、受けられる治療も限られる上、居住地によって受診可能な公的医療機関が指定され受診に至る迄の期間も長い。一方で、企業の従業員や公務員に対しては別の医療提供スキームが存在し、より充実した医療を受ける事が可能だ。
又、タイは東南アジアの中で特に少子高齢化が進み、深刻な社会問題になりつつある。2015年の合計特殊出生率を見ると、ベトナムが2.0、フィリピンが2.8、インドネシアが2.4と周辺国が比較的高い数値であるのに対し、タイは1.5だ。
タイ国家統計局のデータによれば、19年の時点で平均寿命は男性73.0歳、女性80.1歳 で、高齢化比率(60歳以上人口割合)は16.7%となっている。これは1995年の日本の割合とほぼ同水準である。タイ国家経済社会開発委員会の推計では、2040年には人口の31%が60歳以上の高齢者になると予測されており、今後は、日本と同程度の速さで高齢化が進むと予想される。
一方で、高齢者に対しての福祉施策は充実しているとは言い難い。高齢者を対象とした月600〜1000バーツ(22年3月時点で1バーツは約3.5円)程度の福祉手当は有るものの、日本の様に国民全員を対象とした年金制度は無く、高齢者の収入は乏しい。介護保険制度も無い為、介護に掛かる費用は全て本人、又は家族が負担する。現状では家族や地域内の互助に頼る面が大きく、対策が必要と認識されている。
コロナで打撃を受けた医療ツーリズム産業
タイには公的病院や制度スキームと提携する私立病院とは別に、自由診療を主体とする民間医療機関が多く存在する。自由診療主体の高級私立病院は日本や米国等に留学経験を持つ医師を多く在籍させて、高水準の医療を提供している。タイ在住の外国人やタイ人の高所得者層も、高額な民間医療保険に加入しつつ、高級私立病院へアクセスする事が多い。国際的に見れば安価で高度な医療が受けられる為、周辺国や中東・欧米から「医療ツーリズム」を目的とした渡航が年々増加していた。国も重要産業と捉えていて、21年11月には医療ビザ(Medical Treatment Visa:Non-MT)の発行を閣議承認する等、制度の面から後押ししていた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による外国人観光客の激減に伴い、19年に約240万人だった医療ツーリズム渡航数は、21年には1〜2万人へ著減と予測された。今後、コロナ禍前の水準への回復には相当な時間が掛かる事が予想される。
感染が流行し始めた20年、タイ国内の新型コロナウイルス感染者数は少数に抑えられていた。水際対策と国内活動制限が奏功し、21年3月末迄の国内累計感染者数は約2万9000人だった。しかし4月以降は同様の試みが成功せず、春にはアルファ株が蔓延。夏にはデルタ株感染者が急増して1日当たり新規感染者は2万人を超え、11月まで高水準を保った。21年末迄の累計感染者数は約222万人。その後一旦下降した新規感染者数だったが、オミクロン株によって再燃し22年2月に入ると2万人を超えた。感染者に対しては保健省の指導の下で入院措置等が取られた。国内の感染者が少なかった時期は、感染者の家族も病院への入院、及び隔離経過観察が厳密に行われた。21年4月以降、アルファ株やデルタ株により感染者が急増し、既存の医療施設では入院病床の供給が間に合わない状況になると、公共施設(体育館、空き地、空港等)にフィールドホスピタルを設置。一時的に病床が不足した際は、中等症や重症の患者も早期入院が困難になる等の混乱も有った。
厳格な水際対策と国内行動規制の運用
新型コロナウイルス感染症への初動対応時期(20年4〜5月)、デルタ株の感染者増加時期(21年5〜10月)に於いては、タイは厳しい水際規制、国内の感染封じ込め、社会活動の制限を課し、感染者ゼロを目指す対策を取った。これらは日本と比べてかなり強い規制だった。具体的には21〜4時の夜間外出禁止措置が取られた他、県境に検問を設置して不必要な移動を制限し、5人以上が集まる活動を全面的に禁止した。又、エッセンシャルワーク以外のほぼ全ての営業活動が禁止され、レストランの他、娯楽施設、健康増進施設等あらゆる施設が閉鎖、又は営業時間短縮を強いられた。公園の遊具に立ち入り禁止テープを張る徹底ぶりだった。デルタ株が蔓延した時期は、自家用車内も3歳以上はマスク着用が義務化され、違反した場合は罰金が科せられる等の措置が取られた。
規制の緩和は、しばしば経済的な観点から行われた。レストランやマッサージ施設等の営業が比較的早く制限を緩和される一方で、教育施設はオンライン授業以外認められない時期が最長約6カ月間続いた。特に子育て世帯は大きく負担を強いられ、駐在員等の在留邦人の中には、教育施設の長期閉鎖を理由に帯同家族を本帰国させる人が散見された。
更に21年夏〜秋頃、工場内や建設現場等でクラスターが発生した事から、それらの場所に対して特別な感染対策規制も導入された。感染者隔離の為に従業員数に応じた工場内簡易ベッドの設置や、外部との接触を減らす為に工場・宿舎間の専用交通手段の確保等が求められた。
21年2月より、医療従事者、検疫・防疫措置に従事する者、クラスター発生地域の住民(特に、高齢者や基礎疾患を有する患者)を優先して国費でのコロナワクチン接種が開始された。当初使用を予定していたタイ国内製造のアストラゼネカ製ワクチンの増産が遅れた為、中国からシノバック製ワクチン、及び、シノファーム製ワクチンを輸入して多くの接種を行った。
ところが21年夏、シノバック製ワクチン2回接種者にブレイクスルー感染が多く確認され、複数の重症例や死亡例も有った旨を保健省が発表。既に接種した人に対し、ウイルスベクターワクチンかmRNAワクチンの接種を2回目もしくは追加で行う様に強く勧める通達が出た。その為、タイではワクチンの交差接種が多く行われる結果となった。
ワクチン交差接種と観光周辺産業の今後
タイは水際対策も非常に厳しく行った。入国する際には14日間の施設隔離を一律必須とし、その隔離施設の費用、入国後のPCR検査費用を全て渡航者に負担させる方針を取った。その為、長期滞在以外の、短期間のビジネス目的の入国や観光客の入国はほぼ見込めなかった。
タイは経済に於いて観光周辺産業の役割が極めて大きい国であり、国内の新型コロナウイルスの感染状況が改善に向かう度に、ホテル等の観光産業を中心とする経済団体が政府へ規制緩和を強く働き掛けた。観光産業への配慮として出来た1つの枠組みが「サンドボックス」と呼ばれる制度である。
これは、日本を含む中・低リスクの国からの渡航者を対象としたもので、ワクチン接種者は特定エリア内のみ隔離無しで入国出来る様にした。21年7月にタイ南部の島・プーケット県に於いて開始され、その後サムイ島等にも範囲を拡大した。更に11月からは、ワクチン接種者を1日のみのホテル隔離で入国可能とする制度である、Thailand passシステム内の隔離免除入国「Test & Go」の運用を全国的に適用させ、外国人観光客の呼び込みを図った。22年3月現在、観光周辺産業はタイ政府に更なる規制緩和を求めている。
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