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未来の会

国際開発協会の増資と中国の独自路線の行方

国際開発協会の増資と中国の独自路線の行方

IDAとは一線を画す中国の発展途上国に対する融資の全体像

国際開発協会(以下、IDAという)関連法の改正法案が現在開かれている第208回通常国会に於いて討議される。IDAとは世界銀行の関連団体である。主に低所得国向けに超長期で低利融資、もしくはグラント(助成金)を提供している機関だ。同様の役割を持つ機関に国際復興開発銀行(IBRD)というものが在るが、そちらは中所得国を対象として長期融資を提供している。戦後の日本政府も新幹線網や高速道路網の整備の為にIBRDの融資を受けた事がある。それらの社会インフラ整備が進むことによって日本経済は高度経済成長を遂げたのだ。目覚ましい経済発展を遂げた日本は巨額の借入国から今では世界有数の資金供与国になっている。IDAは第二世銀と言われ、IBRDでは与信が付かないような貧困国を始めとした発展途上国の社会資本への長期融資を行っている。

 IDAに関する改正案は、IDAの増資計画に対して日本政府が約4206億円の追加出資を行う事を規定する法案だ。IDAは1960年に設立されて以来、3年毎に増資を繰り返しており、今回は第20次の増資になる。前回の増資から2年しか経過していないが、新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックにより、ワクチンや医療提供体制を含む対応の支援の為のIDAの資金不足が見込まれた為に1年前倒して増資を行う事になった様だ。

日本は世界2位の出資国として枠組みを主導

 今回の増資の計画とその枠組みの組成は日本が主導して行っている。昨年12月に日本が主催した最終会合でコロナ対策の支援規模を930億ドルとし、資金提供国から235億ドルを調達することで合意した。

 IDAの第20次の増資に於ける日本の出資比率はこれ迄と同水準を維持する方針だ。第19次の増資時の主要国の負担比率はというと、筆頭はイギリスで12・07%、続いて日本が10%、そして、アメリカが9・31%、ドイツが5・62%、フランスが5・06%、中国が3・72%、カナダが3・45%、スウェーデンが3・02%、オランダが2・93%等となっている。名目GDPを参考にした出資比率からするとアメリカが少ないような気がする。逆にイギリスはGDP比で言うと圧倒的に大きな負担をしている。日本は2番目の負担比率であり妥当と言える。問題は中国だ。日本の約3分のGDPを誇る中国がなんと日本の負担の約3分の1だ。際立って少ない負担である。本来ならばアメリカ、中国、日本が主導して出資するのが適当であろうが、そのバランスは保たれていない。では何故中国の出資は少ないのか。中国はIDAとは別に、独自の低所得国向けの融資を行っているからだ。

 2020年に於いて全世界的に深刻化するコロナ禍の中で、IMFと世界銀行は融資している73カ国を対象として返済支払猶予をG20に対して要請している。低所得国が十分なコロナ対策を取る為の人道上の理由と共に世界経済の回復を促進する為の施策だ。この73カ国はIDAの融資先国とほぼ同一である。それに対してG20の一員である中国も他国と足並みを揃えて支払猶予を受け入れている。中国は拒否する事も出来たが、中国によって債務危機に陥ったと各国に指摘される事を避けたのだろう。この事は、IDAが中国無しでは債務危機に対応出来ない現実を明らかにする事となった。

 中国が独自に行っている低所得国への融資の残高は1085億ドルに達している。一方、世界銀行(IBRD、IDAを含む)の低所得国への融資残高は1157億ドルだ。その内、G7の融資残高は571億ドル、中でも日本の融資残高が239億ドルなので、中国が1国でいかに巨額の融資を低所得国へ行っているかが分かる。

中国の低所得国向け融資──G7の2倍

中国は何故独自路線を取るのか。それは、単独での融資は中国に都合の良い発展途上国を恣意的に選別して融資出来るからだ。

 中国からの融資が大きい国はパキスタンとアンゴラである。パキスタンとアンゴラが重視されるのは、両国が一帯一路及び資源確保において欠かせない拠点になっているからだ。パキスタンはインド洋から陸路による中国への輸送を可能とする経済回廊の要である。アンゴラはナイジェリアに次ぐ産油国で、中国にとってはサウジアラビア、ロシア、イラクに次ぐ原油輸入先になっている。

 中国の融資スタンスは独自の経済的な権益の確保に有るので世界銀行に比べて与信が緩い傾向に在る。中国の融資先には返済負担率が非常に高い国が多くみられる。ジブチの負担率は35・7%、コンゴは29・9%、ラオスは27・6%、キルギスは21%、モルディブは20・2%になっている。世界銀行の融資先ではカーボベルデが20%を超えているが、その他には負担率が20%を超えている国は少ない。

 中国に依存している国は、一帯一路(キルギス、ジブチ)、南シナ海に於ける領有権確保(ラオス、カンボジア)、資源確保(コンゴ共和国)、インド洋、太平洋への進出(モルディブ、トンガ)といった外交戦略に於いて重視されている国々である。これら中国依存国のリスクが「高い」、乃至は「窮迫」と評価されるのは、債務の持続可能性よりも外交上の利益を優先する中国と新たな債権国として存在感を高めている中国を積極的に利用しようとする低所得国の思惑が一致したからである。

 中国はG7各国を含め世界的に疑心暗鬼を招いてきた。返済負担率を無視した低所得国への融資を自国の利害の為に行って来たからだ。中国は融資によって世界各国に影響力を強めてアメリカに対抗する勢力圏の構築を目論んでいるとされている。だが、中国が強権的に融資先国を従える様な振る舞いは意外にも見られない。中国に依存する国も利害関係が一致するからこそ依存しているのである。それぞれの国が主体的に国家運営を行っているのは間違い無い。

 中国は自国の飛躍的経済発展による資金力を背景に一帯一路を推し進めて来た訳だが、今後もその路線で行くのかというとそう容易な事ではない様だ。他国への融資によって急激な資金力の低下を招いている事と中国国内でのインフラ投資が一巡し、且つ米国を始めとした先進国との貿易摩擦が拡大している事から国内の景気は失速しがちな状況になっている。

 中国は決して発展途上国の盟主ではないのかも知れない。中国は自らを「開発途上国」とする一方で、欧米諸国を源流とする価値観や制度を代替しうる「大国」として来た。つまり、国際社会に於ける立ち位置を都合良く使い分けて来た。中国は、「中国モデル」を欧米諸国に追従しない経済発展の道としながらも、それが具体的にどの様なものであるのかについては必ずしも明らかにして来なかった。中国は確かに長期に渡り安定的な成長を続けて来たが、政治、経済、社会等の初期条件が異なる国に、その経験をどの様に移植すれば成功するかという事は何も示していない。そればかりか、中国は深刻化するアメリカとの対立、潜在成長率の低下、そして、最近の債務危機に於いても開発途上国を満足させる対応が出来ていない。中国の求心力が低下するのは当然の事と言える。

 他方、米国のバイデン大統領は同盟国との同盟強化を急いでいる。中国は経済回復のペースが速く、G20の中で唯一プラス成長が期待出来る国だ。中国は発展途上国への積極的な融資を再開する体制が整いつつある。但し、新型コロナウイルスの蔓延による途上国の経済状況の悪化がそれを阻んでいる。

 日本はこれ迄の路線を堅持し、世界銀行及びIDAにも積極的に関与を強め、中国の権威的、且つ高圧的な外交姿勢に対して頂門の一針となる様、期さなければならないのではないか。

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