参院選控え「骨抜き」の可能性強まる
2020年1月から続く新型コロナウイルス感染症の対応を巡り、政府は6月にも検証作業に乗り出す方針だったが、トーンダウンしている。中長期的な観点から司令塔機能強化や感染症対策の強化も盛り込む見通しだが、期限が近づくにつれ政府内の姿勢は弱まる一方だ。国民目線とは程遠い腰が引けた内容になりかねない。
岸田首相が検証作業に取り組むと表明したのは、昨年12月6日に開かれた臨時国会での所信表明演説での事だ。岸田首相はコロナ対策の末尾で「これ迄の新型コロナ対応を徹底的に検証します。その上で、来年の6月迄に、感染症危機等の健康危機に迅速・的確に対応する為、司令塔機能の強化を含めた、抜本的体制強化策を取りまとめます」と述べたのだ。
検証に先ず問題になるのは、人員・組織体制をどの様に確保するかだった。厚生労働省は昨年末の段階で、22年1月から始まる通常国会に病床確保等に法的根拠を与える感染症法改正案を提出する構えだった。しかし、夏の参院選を控えて無駄に争点化を防ぎたい首相官邸からストップが掛かり、提出は見送りになった。その事から法案改正や国会答弁に費やす想定だった人員に余裕が出来、その人員を検証作業に振り向ける事が可能になった。厚労省幹部は「感染症法のタコ部屋チームに検証を実施する内閣官房の併任をかけた」と明かす。
組織体制については、当事者である厚労省内に設置するのではなく、内閣官房で取りまとめる方針だ。1985年に旧大蔵省に入省した藤井健志・内閣官房副長官補をトップに、新型コロナウイルス感染症対策推進室(以下、コロナ室)が事務方として稼働する。コロナ下で医療提供体制の整備に尽力した厚労省の間隆一郎・大臣官房審議官がコロナ室に派遣され、厚労省から送り込まれた職員らを実質的に取り仕切る格好になっている。
検証への「熱意」は下がっているとみられる
こうした人員・体制作りは、国会での表明よりも大幅に遅れて整った。年明けから感染力の強い新たな変異株「オミクロン株」が国内で爆発的に広がったからだ。昨年夏に流行した第5波の1日当たりの感染者数のピークは2万5000人程度。これに対し、年明けから始まった第6波では10万人を超えた日も有り、感染の波の高さが格段に異なった。オミクロン株は重症化の度合いは低いとされたが、連日積み上がる感染の波の対応に追われた首相官邸幹部は当時を振り返り、「限られた人的資源の中、とても検証作業に取り掛かっている状況ではなかった」と語る。
ただ、感染が次第に落ち着きを見せ、東京や大阪など18都道府県に適用されていたまん延防止等重点措置は3月21日迄で解除された。通常国会では政府の22年度予算が成立した事から、政府内でもようやく検証作業に取り掛かる環境が整って来た。先程紹介した人員・組織体制の目処が着いたのはこうした時期とほぼ符号している。政府関係者は「予算が成立したから作業自体も進むだろう」と見ている。
ただ、首相官邸の検証に向けた「熱意」は徐々に下がっていると見られる。「徹底的に検証する」との意気込みを見せた岸田首相だったが、1月17日に通常国会で披露した施政方針演説では、「これ迄の対応を客観的に評価し、次の感染症危機に備えて、本年6月を目途に、危機に迅速・的確に対応する為の司令塔機能の強化や、感染症法の在り方、保健医療体制の確保等、中長期的観点から必要な対応を取りまとめます」と述べた。ここでは「検証」の文言は消え、「評価」という言葉にすり替えられたのだ。
更に、まん延防止等重点措置の解除を決めた際に開いた3月16日の記者会見でも岸田首相は「6月を目途に感染対策の強化の検討を行っていくと申し上げています。6月に向けて、中長期的な感染対策の強化というものを考えていきたいと思っています」と述べ、字面だけ読めば更にトーンダウンしている様に受け取れる。首相官邸幹部は「誰かを処罰したりするものでは無いから、検証という言葉は元々使わない方が良いと考えていたが、官邸中枢が使ってしまった。結局、これ迄の取り組みを振り返るだけの作業になるだろう」と予防線を張る。
事実、水面下では、内閣官房のコロナ室に派遣された職員による作業が始まっていると言う。或る政府関係者は「既に公表されている自民党や公明党の提言等を基に、文章案が練られている。ワクチン等の薬の開発や承認体制、保健所の機能強化、自治体との連携強化等がテーマとして俎上に上げられている」と言う。別の関係者は「健康危機管理庁を作る為の作業。参院選を控えているのに、自己批判をする様なものにはなる訳が無い。参院選の公約作りに向けた作業の一環と言えるだろう」と解説する。
「場当たり的判断の連続」と民間臨調は総括
コロナの検証と言えば、20年10月に発表された、「新型コロナ対応・民間臨時調査会」(コロナ民間臨調)の報告書は評判が良い。小林喜光・三菱ケミカルホールディングス取締役会長を委員長に、大田弘子・政策研究大学院大学特別教授、笠貫宏・早稲田大学特命教授、野村修也・中央大学法科大学院教授の3人が委員を務めた。実質的な作業には、弁護士やジャーナリスト、コンサルタント、シンクタンク職員ら多くの専門家が参加し、多角的な視点から政府の対応を検証。結論としては、戦略的ではなく「場当たり的な判断」の連続だったと総括し、「泥縄だったが、結果オーライ」という首相官邸スタッフの発言を引用した。
「先手」喧伝コロナ対応も「後手」の印象に
この民間臨調は、政府から離れた独立した立場で検証し、当時の首相官邸スタッフや厚労省幹部ら多くの証言を集めた事で当時注目された。一方、今回は「手前味噌にならない為」(コロナ室関係者)、有識者会議を立ち上げるものの、期間は短く突貫工事になりかねない。関係者へのヒアリングも十分なものになるかは心許無く、岸田首相の発言のトーンも弱まっている。
トップダウンの菅義偉前首相とは異なり、ボトムアップ型の意思決定が霞が関で好意的に受け止められた岸田首相だったが、その反面、霞が関や与党に都合の悪い事には取り組む事が出来ない可能性も取り沙汰される。「先手」「先手」と喧伝したコロナ対応も、いつの間にか「後手」「後手」の印象が強くなって来ており、厚労省幹部は「まん延防止等重点措置もベルトコンベアーの様に自治体の要望通りに進めているだけで、政権の方向性や意思が感じられない」と指摘する。濃厚接触者の待機期間や調査範囲の見直し等のコロナ対応でも「岸田首相が一番慎重だ」と言う声は未だに根強く聞かれる。
検証作業の実施が囁やかれていた昨年末の段階から、政府内では、東日本大震災による原発事故時に立ち上げた独立した調査委員会の様な形は想定されていなかった。事実、厚労省幹部は「当初からそんな大がかりなものを作る考えは無かった」と証言する。仮に健康危機管理庁が創設されるとしても、「今のコロナ室の体制を維持した上で、予め併任をかけた職員を各省庁に置いておき、何か有ればパッと集まれる様な組織になるに過ぎないだろう。感染症法の所管も厚労省のままになるのでは」(政府関係者)との声が上がっており、霞が関全体を含めた抜本的な組織改編には繋がらない見通しだ。与党内からは国立国際医療研究センターや国立感染症研究所等を絡めた組織改編を求める声も根強く有るが、内閣官房関係者は「小幅な再編は有るだろうが、与党の意見を全面的に汲んだものにはならないだろう」と話す。こうした諸々の状況から「骨抜き」にされた検証が公表される可能性が強まっているのが現状だ。こんな検証では、国民は納得しない。
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