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未来の会

第161回 政界サーチ ウクライナ侵攻と核シェアリングの虚実

第161回 政界サーチ ウクライナ侵攻と核シェアリングの虚実

 ロシアのウクライナ軍事侵攻で歴史の潮目が変わった。新たな冷戦時代を招来する様に、未来は既に変化を始めている。ロシアの暴挙を非難し、無辜のウクライナを支援するのは当然だろう。この混沌の中で、忘れてならないのは我々が大事にしているものは何かをしっかりと確認し、それを守る気概を持つ事だ。答えはそこからしか見付からない。

非核保有を選んだウクライナの志

 ウクライナ侵攻から間も無い2月末、安倍晋三元首相がテレビ番組で「核シェアリング」を口にした。核シェアリングとは、米軍の核兵器を日本国内で保有し、共同で運用する国防策だ。被爆国の日本は国是の「非核3原則」も有り、議論の対象になるのは稀だった。それを、ロシア侵攻に合わせて言及したのだから波紋が広がった。

 「大声を出してしまった。『うっそ〜』って。そんなの議論して良いのかって」

 防衛分野に詳しい自民党中堅はテレビに釘付けになったという。核シェアリングはNATO(北大西洋条約機構)加盟国の一部が主にロシアの核に対抗する為の手段として採用している。ドイツでは、国内の基地に米国の核爆弾を配備し、有事の際には戦闘機に搭載して爆撃に出向く。

 「もし、ウクライナがNATOに入る事が出来れば、こんな事にはなっていなかった」というのが安倍元首相の見方で、こうした安全保障の現実を見据え、核シェアリングの議論をタブー視してはならないと訴えている。戦乱を連日、SNS(ネット交流サービス)等で目にした国民の中には安倍元首相への共感も広がっているという。

 当然、異論も噴き出した。野党幹部は憤りながら訴える。

 「ウクライナの悲劇を自己PRに利用する卑しいやり方が気に入らない。NATOの核シェアは知っている。有事の際の戦術核の1種だが、これを専守防衛の日本に当てはめるとどうなるか。国内に攻め入って来た敵軍に使用する事になる。国内に被爆地を作るという事だ。戦術核と言ったって広島、長崎の10数倍の威力と言われている。それを国内で使用するとは何と恥知らずだろう。専守防衛の憲法9条を改正し、適地攻撃を可能にしたいという悪魔の本音が覗いている。国民を愚弄する暴言だ」

 外交筋からはこんな指摘も出た。

 「ソ連崩壊の前年、ウクライナ議会は『受け入れない、作らない、手に入れない』の非核3原則を宣言した。政府や軍部には国防上の異論も有ったが、当時、1240発もあった核弾頭を全て放棄した。冷戦終結で欧州がウクライナを敵視する可能性は低く、民族的な結び付きの有るロシアから標的とされる可能性は少ない。そう信じて、戦略的爆撃機や中距離重爆撃機の大半を処分した。国際社会での信用を得て、共存共栄を目指す為、非核保有国の道を自ら選んだのだ。安倍さんは、そうした歴史的経緯とウクライナの志を理解していないのではないか」

 自民党幹部も安倍元首相の発言に違和感を覚えたという。

 「岸田文雄政権になって出番が減り、史上最長の政権を担った自分の存在感が薄くなったのを気にしての事じゃないか。岸田首相が被爆地の広島出身である事を承知の上での発言だから尚更そう思える。シェアだろうが自己保有だろうが、国内で核兵器を配備すれば、他国を挑発する事になるし、軍事テロの標的にもなりかねない。戦術核を使うというのは現実的ではない。日米同盟始め、核兵器保有国との同盟関係を強固にし、平和と安全を確保する方針は今後も変わらない」

 史上最長だろうが、政権を2回も投げ捨てた御仁が「核武装」に言及するのは無責任な感じがしないでも無いが、自民党の一部で「核武装」が検討された事は過去にも有る。あくまで〝頭の体操レベル〟で殆ど表に出た事は無い。

 冷戦終結後、国際社会は相互依存の度合いを深め、「核武装」の議論はずっと下火だった。実際に使用すれば、報復の連鎖を生み、取り返しの付かない事態を招くのだから、保有自体が顧みられる事も少なくなったのだ。

 確かに日本の周囲は核保有国だらけだ。ロシアの尻馬に乗って、北朝鮮が挑発行為を繰り返しているのも事実だ。議論は妨げられるものではないだろう。但し、安全保障という個別政策のレベルではなく、日本国そして日本国民が大切にしているもの、守らなければならないと確信している事は何なのかをきちんと突き詰める議論が必要だ。そうでなければ、軍事オタクの趣味の話に成り下がる。ウクライナの人々に顔向け出来ない恥ずかしい話にしてはならない。

 核シェアリングについて問われた岸田首相は「非核3原則を堅持している立場から認められない」と断言し、「政府として議論する事は考えていない」と繰り返した。「非核3原則で国民の命が守られるのか」との挑発的な記者の質問には「守れると信じている」と応じたが、「状況は変化する。技術も変化する。手をこまねいて何もしない訳にはいかない」と新たな対応策に含みを持たせた。看板政策の「新時代リアリズム外交」を肉付けする安全保障強化策を示唆したものと受け止められている。

トリガー条項と大宏池会の相関関係

 その岸田首相だが、岸田派(45人)の会長に留まり、派閥の定例会合に出席を続けている。首相は公務と政務の線引きや党総裁としての公平性確保の観点から、派閥を離れるのが通例だ。岸田首相の「派閥への強い思い入れ」が永田町で様々な憶測を呼んでいる。

 二階派幹部が語る。

 「大宏池会構想だろうな。宏池会を源流に持つ麻生派(49人)等と合流して、名門派閥を最大派閥にする為に閥務(派閥の運営管理)が欠かせないんじゃないか。後継と目される林芳正外相の影響力増大も気になる所だろうな。大宏池会に自分の代で目鼻を付けたいんじゃないの」

 無派閥の閣僚経験者は少しシニカルな見方をしている。

 「派閥を持たなかった菅義偉前首相の末路が反面教師だな。党内基盤に不安が有るんだろうね。国民民主党の玉木雄一郎代表との急接近もその延長線。参院選の選挙協力で公明党との調整が上手く行かず、与党内も不穏だから、野党にも裾野を広げて、自分の基盤固めをしている。裏を返せば信用出来る人が存外少ない」

 ロシアのウクライナ侵攻で原油・天然ガスが高騰し、俄然注目を浴びているのがガソリン高騰に伴って減税を実施する「トリガー条項」の発動だ。玉木代表の兼ねてからの主張だ。

 侵攻前の国会質疑で同条項の発動の可否を追求した玉木代表に対し、岸田首相は「検討」を表明し、反対論一色の財務官僚らをあ然とさせた。国民民主の見返りは政府の当初予算案への賛成だった。野党が当初予算案に賛成するのは極めて異例だ。立憲民主党の泉健太代表は「本予算に賛成する野党は考え難い」と反発し、参院選での選挙共闘への悪影響を口にした。国民民主内でも玉木代表とそりの合わない前原誠司代表代行の離党が囁かれ、野党共闘をぐらつかせた。

 玉木代表は香川出身で、宏池会領袖から首相になった大平正芳氏の後継を自認している。初当選の際の秘書は大平氏の孫が務めた程だ。宏池会とは元々、縁が深いのだ。永田町では「玉木代表は岸田派の別動隊。『大宏池会』に参加しようとしてるんじゃないの」との噂話が持ち上がっている。

 「岸田さんも自分の色に拘り始めたんだと思うよ。大派閥の元首相らが好き勝手にモノを言うからな。首相らしくなって来たという事だと俺は思うよ」。自民党長老の見立て通りなのかはいずれ明らかになるだろう。

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