オンライン診療拡大の状況
オンライン診療は実質上1997(平成9)年の通達から始まっていたと言ってもいいかもしれないが、2020年4月から「新型コロナウイルス感染症対応」として、臨時特例的にオンライン診療(電話診療も含む)が大幅に拡大されている。そして、診療報酬改定も行われるこの4月からどうなっていくのかが注目されている。診療報酬改定はリアルタイムに進行中だが、原稿執筆時点では、オンライン診療への診療報酬は、対面診察の診療報酬ほどにはならないが、現在より引き上げる方向であるという。そして、条件は付くにせよ初診などにも解禁していく方向のようだ。
筆者は医療でのIT化が進むことを期待しているし、その方が効率的であると考えている。実際には、筆者が「医療ITの逆説」として述べているように、諸外国でも医療へのアクセス状況が悪い国の方が、医療のIT化は進んでいる。極論すれば、アフリカなどでは医療機関がないために、ドローンで薬を運んだりしているわけだ。
その意味では、今回のコロナ禍で医療へのアクセスが制限されたために、日本でもオンライン診療を進めよう、あるいは進めざるを得ない、ということになったのはよくわかる。例えば、自宅療養中のコロナ患者へのオンライン診療や、東京都医師会が行ったオンラインでのコロナ相談窓口は、医師が空いた時間を有効活用し、効果的だった。
日本でオンライン診療が伸びない理由
しかし、思ったよりオンライン診療は伸びていない。確かに、オンライン診療に対応する医療機関は、21年6月までで、全体の9.7%から15%に増えた。一方、一般的なオンライン診療の初診からの利用件数は毎月6000〜1万件程度だが、半数以上を電話診療が占めていて、まだ広く普及しているとは言えない。
この理由を医療機関側の怠慢のように言われることがあるが、本当だろうか。医療提供者だけではなく、政策側にも問題が有るのではないだろうか。
例えば、オンライン診療を始めるには、システム導入やセキュリティなど新たな費用がかかる。そこで、一部の病院側は、患者に費用を請求して埋め合わせている。日本経済新聞が東京都内の医療機関を調べたところ「『システム利用料』などの名目で平均約900円の保険外費用が生じていた」という。国がオンラインの診療報酬を低く設定し、医療機関に医療費以外でのかさ上げを認めていることが、患者の負担増を招いているのだ。具体的には、「厚生労働省に遠隔診療可能と報告した都内1023医療機関を対象に、ホームページの公開情報から保険外費用の加算額を調べた。238機関が『利用料』や『通信費』などの名目で患者負担を求め、無料と明記するのは8機関。平均889円で、4000円近く請求するケースもあった」という。こういった費用が不透明だということもあり、診療報酬が引き上げられることになる。
このように、値段の高さがオンライン診療の普及を阻害している原因の1つである可能性はある。しかしそれだけだろうか。
アクセンチュアの報告が示すカギ
世界的なコンサルティング会社のアクセンチュアが22年2月に「日本におけるデジタルヘルスのいま」という報告書を出した。21 年 6 月に 14 カ国の 1万2000人を対象に実施したインターネット調査(日本の回答者は約 800 人)である。ここに「なぜ日本でオンライン診療が普及しないか」のカギが見えてくるようだ。
報告書によると「日本人はAI利用について不安を感じやすい」、「グローバル平均と比較すると、日本は COVID 19 による医療アクセスの改善がみられなかった 。その要因の1つとして、 ヘルスケア領域のデジタル技術利用率が低いことが考えられる」、「日本は利用意向が 14カ国中最下位であり、利用経験において他国と比較して非常に低い状況」、「検査頻度が高い傾向にあるフリーアクセ
ス型の日本などの国はデジタルヘルス利用率が低
い」といった事が読み取れる(図参照)。医療へのアクセスが良い国においては、デジタルヘルスの利用率が少なくなっていることも読み取れる。
オンラインの普及——マーケティングの視点より
一方、ミレニアル世代(筆者注:1981〜1996年に生まれた人)以下 においては他国の傾向と比較して、 利用意向の高さに比して利用経験が低く 、意向があるにも拘わらず利用促進が出来ていないことがうかがえる。ミレニアル世代より上の世代 においては、「利用意向が利用経験に与える影響が日本全体より大きい」という結果もあるようだ。
なお、ミレニアル世代の特徴は、成長期がデジタル機器の台頭とともにあったということで、インターネット環境の整備が飛躍的に進んだ時代に育ち、情報リテラシーに優れ、インターネットでの情報検索やSNSを利用したコミュニケーションを使いこなす世代としてまとめられている。この世代は、利用経験がなくてもこういったサービスを使いたいが、まだ病気になる世代ではないので、利用経験が少ないのだろう。
IT(を使った仕組み)の普及において利用経験は重要である。PayPayなどに見られるように、当初の料金を無料、または安くするなどして普及を図るのが通常のIT企業の戦略になるが、今回はB to B to C(Business to Business to Consumer )であり、IT企業から医療機関を経てエンドユーザーである患者に繋がる為に、この戦略は取りにくいのであろう。また、オンライン診療を行っている企業も、そこまでの大企業ではないために、無料サービスを行うとコスト負担に耐えられないということも考えられる。又、医療分野の特殊性もある。極めて機微な情報であるために個人情報の保護やセキュリティ対策が高度であることが要求され、そのためのシステムやコスト負担の問題がある。通常のマーケティングでは、最初にアーリーアダプター(早期に新しいものを取り入れる人)がいてそこから徐々に、同じような感覚を持った人に普及していくことが普通である。しかし、医療分野の場合には取りこぼしが許されないので、100%に近いまでの普及が求められる。そうなってくると国や行政との関係が重要になる。
効率化を求める人が望む医療とは
さらに「診療の効率化を求める人の割合は、オンライン診療経験の割合と負の相関がある」という。簡単に言えば「オンライン診療を行った経験がある人は効率化を求めていない」、或いは「効率化を求める人はオンライン診療を行わない」という意味である。相関なので、どちらの可能性もある。実は、我々も同じような視点で、ヘルスリテラシーの高低で分けて調査を行ったところ(論文未発表)、同じような結果を得た。少なくとも日本人では、効率化とオンライン診療が結び付いていない可能性がある。そのうえ「日本は医療へのAI 活用に不安を感じやすく、診断だけでなくカルテ記載補助等の管理目的でも同様の傾向である」といった興味深い報告もされている。
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