2年後に控えた時間外労働上限規制にどのように対応するか
2019年4月1日施行の改正労働基準法により、医師を除く医療従事者への時間外労働の上限規制が導入され早3年が経とうとしている。当時は「withコロナ」のリスクは無く、社会経済情勢がここまで一変するとは想像出来なかったであろう。
今後も変異株を含む新型コロナウイルスへの感染拡大防止と並行しながら「働き方改革」を実行して行く必要が有る。更に、2024年4月1日には猶予期間が終了し、医師の時間外労働について上限規制が設けられる。医師には応召義務をはじめ長時間労働の誘因となり得るタスクが多々有る。今回はこの「医師の時間外労働上限規制」にフォーカスを当ててみたい。
時間外労働上限規制の種類と健康確保措置
医師の時間外労働上限規制については4つの水準(A水準・B水準・連携B水準・C水準)が有る。
A水準は、原則として時間外労働の上限が年間960時間。B水準以下はA水準を超える内容の36協定の締結が可能となる。将来的な労働時間短縮に向けての対応が前提となる。
B水準は「地域医療提供体制」の確保の観点から暫定的に設置しているもので、3次救急病院、救急車を一定数以上受け入れる2次救急病院等が該当する。
連携B水準は、自院のみでは時間外労働が年間960時間以内であるものの、複数の医療機関での労働時間と通算して時間外労働の上限を年間1,860時間とするものだ。
C水準は、医師養成おいて高度の専門的知識や手技を学ぶ必要性を鑑み、「集中的技能向上水準」と称して、以下の2類型に分類されている。医師養成の遅れは我が国の医療水準の衰退に繋がりかねず、公益上も医師養成の必要性は高いからだ。
・C-1水準:初期臨床研修医、日本専門医機構が定める専門研修プログラムに参加する後期研修医が対象となり、予め作成された研修計画に沿い、一定期間、集中的に多くの手技や症例を学び、医師としての基礎力を身に着ける事が不可欠な場合。
・C-2水準:移籍登録後6年以上の医師で、先進的な手技や、高度な技能を有する医師を育成する事が公益上必要とされる分野において、指定された医療機関が対象となる。
「通常の時間外労働」の上限は、全ての水準で月45時間、年間360時間が適用されるが、「臨時的な必要がある場合」の1カ月当たり延長出来る時間外労働の上限は、全ての水準で100時間未満である。又、「臨時的な必要がある場合」の1年間で延長出来る時間外労働の上限は、全ての水準で1,860時間となる。「臨時的な必要がある場合」の適用回数は、医師は一般的な職種と異なり年6カ月に限らない事とされている。「追加的健康確保措置」は、A水準とその他の水準で区分されている。追加的健康確保措置①(連続勤務時間制限、勤務間インターバル、代償休憩)は、A水準は「努力義務」であるのに対して、他の水準は「義務」である。追加的健康確保措置②(医師による面接指導、就業上の措置)は全ての水準で「義務」となっている。
医師の時間外労働上限規制への対応法
先ずは、「タスクシフティング」が挙げられる。時間外労働上限規制への対応を進めるに当たっては医師から他職種へのタスクシフティングを抜きに考える事は適切でない。ところが、医療現場におけるタスクシフティングは多くの問題点を孕んでいる。医療とは医師単体で成り立つものではない。看護師や薬剤師など他職種との連携により、「チーム医療」として医療サービスを提供しているからだ。診療の補助等の「特定行為」を行う事の出来る「特定看護師」が勤務する医療施設であれば、看護師へのタスクシフティングは進め易いが、特定看護師の前提となる「特定行為研修」の修了者数は、年々増加してはいるものの、20年10月現在2,887名で十分な数とは言えない。しかし、点滴や静脈ラインの確保といった「軽微な医療行為」については、十分な教育が行われれば、医師の時間外労働上限規制対応の為のタスクシフティングとして1つの選択肢となる。
「医師事務作業補助者」へのタスクシフティングも重要な視点であり、診断書等の文書作成補助や電子カルテの入力補助、カンファレンスの準備等が想定されるが、医師から指示された業務以外は原則として対応出来ない点は押さえておきたい。
「勤務時間内の会議開催」も検討すべきだ。医師は他の職種と比べて、主たる業務以外に時間を割く事が難しい。医療機関内の掲示板等を通した連絡事項も事細かくチェックする事は現実的に難しい。
しかし、医療機関としての方針変更や、新たな試みを実施する際には、診療科のいかんに関わりなく医師へ伝達する必要があり、定期的に会議を実施するのが一般的だ。一方、外来や手術が時間内に終了する事はむしろ稀で、全診療科を一堂に会して開催するには、終業時刻を過ぎてから会議を開催する事になる。業務に関連した会議の出席は、もちろん労働基準法上「労働時間」として扱われるので、これは「時間外労働の抑制」とは逆行した取り組みとなる。会議について今後は、必ずしも全員の出席を必須とせず、出席が困難な医師に対してはフォローアップする等の対応が相応しい。又、可能な限り事前に資料を共有する事で論点を明確化し、実際の会議は「確認の場」とする事が出来れば、大幅な時間短縮が期待出来る。但し、個人情報については事前の共有が適切でないケースも多く、当日の共有となる点は留意したい。
「勤怠管理システムの導入」についても今一度精査が必要だ。既に19年4月施行の労働安全衛生法により「客観的な労働時間の把握」は義務付けられている。又、厚生労働省令で定める方法で労働時間の記録と、状況把握が求められており、具体的には「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」が求められている。旧来、医師に限り、手書きの出勤簿や自己申告制を採用している医療機関も有ったが、段階的にデジタル化へ移行して来ている印象だ。クラウド型の勤怠システムの導入による対応で、客観的な労働時間の把握は可能となるが、「逆に労働時間は延びるのでは?」との指摘も有る。この部分については、「労働時間」とは「在院時間」ではなく「指揮命令下に置かれる時間」である事を、定期的に周知して行く必要がある。
医師の副業・兼業への対応
最後に医師の副業・兼業についても検討したい。最たる採用困難な職種と言っても過言ではない医師は、複数の医療機関に跨って勤務する事も珍しくない。労働基準法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用 については通算する」と有る様に、24年4月からは、労働基準法上の労働者に該当しない医師を除き、使用する医療機関において、それぞれ自らの医療機関での労働時間と他の医療機関での労働時間を通算して管理する事が求められる。実務上も注意が必要な36協定について、先ずは自院での労働時間について36協定の限度時間を超えないようにする義務が生じる。又、自院での労働時間と他院での労働時間も通算した上で36協定の上限規制を超えないよう把握する事も求められる。
医師業務の特性として、臨時的な対応の必要性や当該対応が生じる時機の予測が困難な事を鑑みると、一朝一夕に全ての医療機関で義務の履行が出来るとは考え難い。しかし、平均余命が延びた現代において、医師の存在無くして健全な社会の実現は困難と言わざるを得ない。医師が健康に働く事が出来る環境が整う事は、今後の我が国の発展と密接に関わってくる重要な問題である。
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