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医学大国イスラエルにおけるコロナ対策

医学大国イスラエルにおけるコロナ対策
医療データの共有・利用と、日本の課題

イスラエルでは新型コロナウイルスのオミクロン株について、2022年1月下旬には1日当たり8万人を超える感染者が報告された。現在は感染者数・死者数共に減少傾向にあり感染のピークは過ぎたと考えられるが、病床の稼働率は高止まりし、医療関係者や軍関係者の感染も相次いでいる。

 21年11月に初めてオミクロン株が報告されると、イスラエルは直ぐに海外渡航の制限に踏み切り、翌12月には世界最速の4回目のワクチン接種を医療関係者と60歳以上の高齢者に行うと発表した。医療関係者を対象とした調査では、4回目のワクチン接種後に新規感染の予防効果は認められなかったものの、抗体価を上昇させ重症化を予防する効果が報告された。

 これを受けて、イスラエル政府は22年1月下旬にワクチン対象者を大幅に拡大し、全ての成人を対象とする方針を決定した。イスラエルは常にワクチン接種の先頭を走っている。

 20年に新型コロナウイルスの存在が報告された際にも、イスラエルのネタニヤフ首相(当時)はファイザー社に精力的に交渉し、接種後の国民の健康情報をファイザー社とWHOに提供する事を条件に、ワクチンの優先供給を取り付けた。ブースター接種にも積極的に取り組み、ワクチン先進国と呼ばれるに至っているが、イスラエルのワクチン接種が迅速に進んだ背景には同国の社会制度も影響している。

イスラエルのワクチン行政——日本との比較

 イスラエルでは出生時に全ての国民に9桁のID番号が発行され、16歳以上の居住者には「Teudat Zehut」と呼ばれる身分証明書が発行される。「Teudat Zehut」は常に携帯し、要求に応じて提示する必要があり、違反者には罰金が科せられる事もある。一時居住者にもビザと同様に1年間有効なIDカードが発行され、様々な公共サービスに用いられる他、モスクをはじめとした厳重な警備が求められる場所では提示が必要だ。「Teudat Zehut」に記録される主な内容は、生年月日や氏名の他、父母の名前なども含まれる。当初は写真入りのカード式であったが、生体認証機能を付加されたものに順次切り替えが進んでおり、イスラエルでは個人認識番号制度を各種の公共サービスと紐付けて活用している。

 又、イスラエルは国民皆保険制度を敷いており、国民は「Clalit」「Leumit」「Maccabi」「Meuchedet」の4つの保険サービスからいずれかを選択し、加入する事が義務付けられている。個人の医療データはIDと紐付けられデータベース化されており、イスラエル国内のどの病院を受診しても既往歴や内服状況、採血データの確認が可能だ。小児のワクチンについては原則無料で、接種したワクチンの内容もデータベースに記録される。こうして蓄積された医療データを統計的に分析する事で、イスラエルは病気のリスクが高い対象者を事前にスクリーニングし、予防医療に活用している。インフルエンザワクチン接種の経験を通じて、健康リスクの高い患者への効率的な接種体制が準備されていた事も、イスラエルで新型コロナウイルスのワクチン行政が成功した理由の1つだろう。

 イスラエル政府は蓄積したデータの活用にも積極的で、デジタルヘルスケア企業の育成にも取り組んでいる。スタートアップ企業に対しては3億ドル以上の支援を行う事を18年に発表した。スタートアップ企業の1つ、Aidoc社(https://www.aidoc.com/)は国民から集めた画像データを用いて深層学習による画像解析支援ソフトを開発し、米国食品医薬品局(FDA)の認証を取得している。つまり「医療データは国家の資源」という訳だ。

 日本も国民皆保険制度を敷いているが、未加入者も一定数存在しており、未加入者は一般的に病院に行く事を控えるため、健康リスクが高い群への支援が不十分となる。又、日本は世界屈指のCT保有国であるにも拘わらず、画像データの共有は進んでいない。病院ごとで無駄な画像検査が行われ、データの外部利用も制限されており、資源とも言える膨大な患者データを生かし切れていない。

 イスラエルにはワクチン行政の特徴とも言える「Green Pass」の制度もある。「Green Pass」はワクチン接種後、又は新型コロナウイルス感染から回復した人に保健省から発行される、6カ月間有効なワクチンパスである。ウェブサイトからのプリントアウトや、Android/iOSのアプリへの登録も可能で、アプリにはEUの基準に沿った証明書も表示可能とされている。イベント会場など指定された施設を利用する際には、「Green Pass」とIDを共に提示すれば入場を許可される。ワクチン接種が出来ない人や小児については、無料のPCR検査を受ける事で24時間有効な「Green Pass」が発行される。イスラエル政府はこれを活用し、その運用ルールをこまめに変える事で、街中での人流を調整してクラスターの発生を防ぎ、「Green Pass」の発行と引き換えにブースター接種を促す事に成功している。

イスラエルの政策の問題点

 このように、良い事づくめに見えるイスラエルのワクチン行政だが、2回以上のワクチン接種率は60%台に留まっており、日本に追い抜かれる結果となっている。ワクチン接種率が伸びない理由の1つとして挙げられるのが、人口の10%を占める超正統派ユダヤ人と、20%を超えるアラブ人の存在だ。イスラエル政府は宗教指導者を通じて説得に努めているものの、戒律からワクチンの接種が進んでいない。

 又、イスラエルでは5〜11歳へのワクチン接種が21年11月から進められているが、健康被害への懸念から保護者は児童へのワクチン接種に消極的だ。保護者の不安は各国共通で、政府は対応を求められるだろう。

 人流のコントロールに必要な「Green Pass」にも落とし穴がある。ワクチン証明書のQRコードの作成は技術的には可能であるとされており、偽造した「Green Pass」を使用して規制をすり抜けようとしている人々も一定数存在するのだ。どの国でも人流を完全にコントロールする事は困難なのかも知れない。

日本の政策の課題

日本でも21年末から3回目のワクチン接種が開始されたが、副反応への懸念から若者へのワクチン接種が進まない可能性が指摘されている。21年12月に公開されたワクチン接種証明アプリも認知度は低く、利用にはマイナンバーカードの保有も前提となるため使い勝手は良くない。新型コロナウイルス接触確認アプリとして登場した「COCOA」も不具合やトラブルが続発した上、導入するメリットについても理解が深まらず、3000万件程度のダウンロード数に留まっている。日本政府は21年11月に「ワクチン・検査パッケージ制度」を発表し、第5波以降を見据えた感染対策と経済社会活動との両立を図る方法を模索しているが、今後はアプリや接種証明書の柔軟な活用を含めた議論が進んで行くだろう。

 イスラエルのワクチン行政の興味深い点は、医療データの共有・利用について国を挙げて行っている事だ。又、各種システムは基本的にオプト・アウト方式であり、全員の加入を前提として、希望しない人が除外申請をする仕組みを取っている。この方式であれば、自主的な加入と比較して制度への加入率は高くなり、データの収集率も高くなる事が期待出来る。

 プライバシーへの懸念は有るものの、国民が医療行政に関心を持ち、自らのデータを資源として国家の成長に繋げるという意識を持っている事が窺える。

 個人情報について非常に神経質になりがちな日本も、国家による行動制限と個人の権利とのバランスを見直す必要があるのかも知れない。

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