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未来の会

医療界におけるジェンダー問題

医療界におけるジェンダー問題
第②回 誰もが差別側になり得る アンコンシャス・バイアスとは

 このような有名ななぞなぞがある。「ある男性とその息子が交通事故に遭った。父親は即死だったが、子どもは病院に運ばれた。到着した病院の外科医は子どもの顔を見るなり、『この子を手術する事は出来ません、私の息子ですから!』と言った。これはどういう事だろうか?」。

 すぐに答えが分かった人はどれくらいいるだろうか。答えは、この外科医はその子供の母親だったというものだ。実際にボストンで300人の学生を対象に行われた実験では、大学生では14%、サマーキャンプに参加した子供では15%しか正解を答えられなかったという。少年が養子に出されたと推測する割合が高かったのだ。外科医と聞いて男性とばかり思い込んでいると、このなぞなぞは意外に難しい。無意識の思い込み、所謂「アンコンシャス・バイアス」が原因である。1996年に366人だった外科系(外科・呼吸器外科・乳腺外科・気管食道外科・消化器外科(胃腸外科)・肛門外科)男性医師が22393人から20653人と減少した一方で、外科系女性医師は2018年には2011人と増加した。女性医師は外科領域でも活躍の場を広げつつある。「外科に女は要らない」と言われていた時代を細々と生き延びて来た女性外科医達が道を開拓し、新しい若い世代がその後に続き、もはや子育てをしながら女性が外科医をする事が当たり前の時代になりつつある。勿論、そこには様々な苦難や葛藤があるのだが。

 しかし、このアンコンシャス・バイアスは未だにあらゆる分野に存在している。例えば、子供達に科学者の絵を描かせるという実験がある。66〜77年にかけて5000人の学童に自分の思う科学者像を絵に描いてもらったChambersらによる調査によると、学童が描いた研究者の絵の99.4%は男性科学者だったと。このテーマの78の研究をレビューした所、時代と共に子供達が科学者を男性として描く割合は低下し、女性研究者を描く子供達が増加している。一方で、科学者を男性として描く子供の比率は年齢と共に上昇した事から、科学に対するジェンダーステレオタイプが年齢と共に高まる事が示唆された。外科医にしろ、研究者にしろ、男性がデフォルトであった時代は過ぎ去りつつある。少なくとも、管理者や指導者が「外科に女は要らない」「女に研究者は向かない」等と言う事は許されなくなった。

外科医の性別と患者・看護師等からの評価

 患者が外科医に対して温かさや有能さをどう感じているかという事が、治療の期待度や治療結果に対する満足度に影響する事が過去の研究によって示されている。外科医の性別によって患者の評価がどう異なるか、オンラインのクラウドソーシングサイトを用いて実施した調査研究がある。女性外科医は男性外科医よりも「温かみ」の評価が高かった一方で、男性外科医は女性外科医よりも外科医としての「能力」の評価が高かったという結果であった。実際には、女性外科医が男性外科医よりも思いやりや配慮が有るとは限らず、男性外科医が必ずしも女性外科医よりも技術や能力が高いとは限らない。患者が外科医に抱く評価にも、ジェンダーステレオタイプが波及している可能性がある。又、患者は医師の性別によって対応を変える事も明らかになっている。

 一般に、高い地位にある女性に対しては同じ立場の男性に比べ厳しい評価がなされるが、女性医師に対しても同様に、患者は男性医師に対してより厳しく評価するという。又、看護師も女性医師の能力に対して男性医師に対する程の評価を与えておらず、処置の準備や後片付けの際も、相手が女性医師の場合には医師が自分で行う事を期待する事が多い。

 一般的なステレオタイプでは、女性は「共同体的(優しい、依存的、養育的)」特性を持っているが、男性の「主体的(論理的、独立している、強い)」特性を欠いているとされる。このようなステレオタイプは、科学、医学、リーダーシップ等の領域に於いて、「主体的」な特性を持つ男性よりも、「共同体的」な特性を持つ女性は能力が低く、成功する可能性が低いという前提と結び付き、女性に不利に働いている。

 医学や科学という「主体的」な分野で成功する為には、女性も「主体的」な役割を担う必要が有るが、それは女性が従来から期待される「共同体的」特性とは反するものであり、ペナルティを受け易い。例えば、女性が「主体的」に振る舞おうとすると、しばしば「女だてらに」「気が強い」「女のくせに」というネガティブな評価を受ける。

アンコンシャス・バイアスにどう対応するか

「アンコンシャス・バイアス」とは、「無意識の思い込み」である。「無意識に」思い込んでしまっているものにどう対応すれば良いのだろうか? アンコンシャス・バイアスは個人が属する組織・文化の影響を受ける為、各組織が多様性を重視して個人を公正に扱う事を定め、実践して行く必要がある。アンコンシャス・バイアスはそれを自覚させ、バイアスを低減する方法を教育する事で改善出来るという。特に、医師の教育・研修に関わる施設に於いては、女性医師自身、同僚男性医師、全スタッフにこの問題を教育する機会を設け、採用や昇進・待遇に於ける透明性を高め、評価基準を明示的なものへ見直しする等、より公正な評価システムを構築する必要がある。又、ジェンダー・バイアスに関する研究は海外で行われているものが多く、日本では特に医療分野での研究は非常に少ない。更なる研究が必要だ。

 「女性が外科系を選ぶなら乳腺外科が良いんじゃない?」「(遅い時間の会合等で)ご主人が子供見てくれてるの、偉いね」「子供が熱の時はおばあちゃんに見てもらえば?」等、善意の発言の様に聞こえるかもしれないが、その実アンコンシャス・バイアスを露呈してしまっている事は無いだろうか。

 21年の内閣府男女共同参画局のアンコンシャス・バイアスに関する調査研究によると、20代から60代の全国の男女の性別役割意識の上位2つは「女性には女性らしい感性があるものだ」「男性は仕事をして家計を支えるべきだ」というものであった。又、実際に性別に基づく役割や思い込みを決め付けられた経験は男性より女性の方が多く、その経験の中では「家事・育児は女性がするべきだ」「女性は感情的になりやすい」「受付、接客・応対(お茶だしなど)は女性の仕事だ」という項目が多かった。先ずはこれらの5つの項目について自分がバイアスを持っていないかを振り返ってみてはいかがだろうか。

 勿論、性別に関係無くこれらのアンコンシャス・バイアスは持ち得る。女性自身がアンコンシャス・バイアスに囚われてしまっている事もある。又、人種や国籍、年齢等ジェンダー以外の属性についても起こり得る。常に自分の考えにバイアスが無いかという自省と教育の機会が必要である。

 患者のアンコンシャス・バイアスを医療者として認識しておく事も戦略として必要かもしれない。アメリカの整形外科医に対する患者の認識調査によると、スクラブではなくフェミニンなビジネスウェアを着用している女性整形外科医は手術の能力が低いと評価された。一方で、白衣を着用すると性別に関係なく能力が高く、良い手術結果を出す可能性が高いと判断された。即ち、女性の整形外科医は、白衣を着用すると有能な外科医であると判断され、ビジネスウェアではなくスクラブを着用すると手術室でのパフォーマンスが優れていると認識され易くなる。勿論、あえてフェミニンなスタイル(感染症対策等業務上問題無い範囲で)を選びアンコンシャス・バイアスにチャレンジするのも本人の自由である。しかし、患者のアンコンシャス・バイアスを早急に改める事は難しいので、どのようなバイアスが想定されるか知った上で振る舞う方が良いだろう。アンコンシャス・バイアスに先ず気付く事、知ろうとする事が大事である。

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