先手の対応意識するが「必要以上の慎重さ」とも……
新型コロナウイルス感染症対策を巡り、菅義偉首相から岸田文雄首相への交代を経て、政権と専門家の距離感が大きく変わった。東京オリンピック・パラリンピックを始め、経済活動を重視する菅政権では、人流抑制等感染症対策を重視する専門家達と激しく対立した。一方、オミクロン株の登場を機に、必要以上の制限を緩和させたい専門家に対して、岸田政権は慎重な姿勢を貫いている。岸田政権は何故こうも頑ななのか。
岸田首相のコロナ対策の源流を探るには、昨年9月に実施された自民党総裁選で掲げた政策集を見ると分かりやすい。その冒頭には「今、国民の皆様の間には、『コロナ対策の説明が十分でない』、『コロナの状況把握が楽観的すぎるのではないか』といった声が聞かれます」と記しているように、説明不足で楽観的と批判された前政権時代の反省をまず踏まえているように読める。
その上で、「原則1」として「国民の協力を得る納得感ある説明。私は、政府方針の内容・その必要性・決定のプロセスについて、自ら丁寧に説明します」とした。更に「原則2」では、「『多分よくなるだろう』ではなく、『有事対応』として常に最悪を想定した危機管理。先手先手で徹底した対策を実行します」とまとめていた。
政権幹部の1人は「岸田政権で意識しているのは、先手の対応だ。菅政権では緊急事態宣言の発令が遅れる等、後手の印象を持たれたからだ。それにコロナの感染が拡大すれば、内閣支持率が下がるという相関関係もあった。ポイントはいかに感染を拡大させないような対策を採り続ける事が出来るかだ」と話す。
この様な方針に基づいて昨年11月に作成されたのが、「次の感染拡大に向けた安心確保の為の↖取組の全体像」で、永田町や霞が関では通称的に「全体像」と呼ばれている。この全体像では、昨年7〜8月の第5波から3割増の入院患者約3万7000人を受け入れられるように病床約4万5000床を確保する方針が示された他、米メルク社製の経口治療薬「モルヌピラビル」を来年度分も含めて160万人分を確保する事等も打ち出した。
菅政権時の様な専門家との対立構造は無い
全体像は菅政権時から続く従来の政策を積み上げた政策集に過ぎないが、様々な分野の政策を寄せ集めて一覧性を持たせて示したところに意義が有る。自民党総裁選で岸田首相が掲げた「原則」を踏まえて実行したと見られる。厚労省幹部も「そんなに目新しい事は無く、感染拡大時でもなかったが、岸田首相から政府がどう取り組んでいるかを分かりやすく説明する為に作るようにという強い拘り、指示があった為」と明かす。
専門家との関係も様変わりした。菅政権時代は、専門家と事ある毎に「対立」した。象徴的なのは、東京五輪・パラリンピックを巡り、専門家がリスク評価を提言しようとしたが、政府が難色を示して公表時期の先送りを求めた事もあった。緊急事態宣言の発令時期や対象を巡る水面下での対立は日常茶飯事で、昨年5月には北海道、岡山、広島の3道県を「まん延防止等重点措置」に止めようとしたが、感染拡大を懸念する専門家が反対して「緊急事態宣言」に格上げされた事が表沙汰になった事もあった。これ以外にも水面下で対立していたのを上げるのには枚挙に暇が無い。
「大した科学的根拠も示さずに、緊急事態宣言等の人流抑制しか言わない」等と専門家に不満を漏らす前政権幹部に対し、専門家側も「自分に都合の良い学者の言う事ばかり信じている」と両者の溝は深まるばかりだった。緊急事態宣言等を発令する度に菅前首相と政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は並んで会見をしていたが、実際の関係性は「机の下ではお互いに蹴り合いをしているような状態」(政府関係者)だったという。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会や厚生労働省のアドバイザリーボード等専門家会議についても、昨年12月に毎日新聞が報じたところでは、菅前政権の幹部が岸田政権に対してメンバーや組織の再編を提案していたとされるが、岸田政権はこれに応じていない。菅前首相も昨年12月にTBSが行ったインタビュー取材で「検証する必要が有る。会の人員が多過ぎた。メンバーが多過ぎた」と語っているように、菅前首相の専門家への不信感がいかに強いかが未だに分かる。
一方で、「リーダーシップを取るのは首相」(首相側近)という考えから、岸田首相と尾身氏によるツーショット記者会見は取り止めたが、岸田政権と専門家との関係性は付かず離れずといった感じだ。厚労記者会に所属する大手メディアの記者は「岸田さんは専門家と対立する構図を作れば世論から批判を受けるという事を菅政権時代の様子から身に染みて分かっている筈。専門家と対立すれば後手の印象も与える」と話す。重要な政策を打ち出す前には、尾身氏らを首相官邸等に呼び、マスメディアの前で会談した事が分かるようにしている。この様に岸田首相と専門家は以前の様な対立構図ではない。
ただ、感染症対策上、専門家よりもむしろ厳しい措置を岸田首相が求める事もしばしばだ。水際対策は、外国人の新規入国停止の他、入国者や帰国者に対して宿泊施設等を利用して長期間の待機を求める事もあった。オミクロン株が国内で感染確認され、軸足が国内対策に移っても大きく変わる事はなく、一部の感染症専門家から「人権上の問題が有るのでは」と心配する声が上がった程だ。
政府には臨機応変な対応が求められている
濃厚接触者の待機期間見直しについても、1月14日に14日間から10日間に短縮したが、専門家の提言は7日間への短縮だった。国立感染症研究所の調査では、オミクロン株に接触して発症する人の内、10日後迄に発症する割合は99・2%だが、7日後迄なら94・5%だ。こうした調査に立って、専門家の提言はまとめられたが、政府はよりリスクの無い選択しかしなかった。厚労省幹部は「水際対策にしても濃厚接触の短縮にしてもとにかく緩めるという印象を与えないようにという思いが先行していた。とにかく首相が硬かった」と振り返る。濃厚接触認定された人が多数に上り、社会機能の維持が難しくなっている状況に押され、濃厚接触者の待機期間を7日間に短縮したのは結局1月28日だった。
ただ、オミクロン株はその感染力は強いものの、若者を中心に軽症者が多く、デルタ株等を念頭に置いた対策では対応出来ない部分も多い。最悪の事態にも対処出来るように練られた全体像だが、柔軟な見直しが求められる場面も多くなっている。大手紙記者は「聞く力を首相は強調しているが、性格や判断力からして臨機応変な対応をするのは難しく、結局後手になっている」と皮肉る。
政権と専門家は従来の「対立構図」からは抜け出した。しかし、専門家の目に映るのは「必要以上の慎重さ」(感染症専門家の1人)だという。政府関係者は「それは一重に首相の性格によるものだろう。総裁選で約束した事でもあり、菅政権末期を見て判断している事も有るだろう」と指摘する。ただ、対立すれば表面化しやすいが、表に出にくい状況だけに、首相の性格も考慮すれば、コロナ対策を巡り両者の関係はより複雑で難しいものになっているのかも知れない。
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