精神科の診察室はネタの宝庫だ。患者の苦しみにきちんと耳を傾ける医師がいる一方で、患者を適当にあしらって診察最短記録を更新し続けようとする医師も少なくないからだ。そのやる気の無さたるや、怒りや呆れを通り越して、もう笑うしかない。前回紹介した我々の演劇活動(OUTBACKアクターズスクール)のネタにすれば、ドリフ級の爆笑が客席から巻き起こるだろう。一例として、私が1年前に知り合った50代の男性、大川真一さん(仮名)とA医師との会話を紹介する。
「先生、僕は最近、人が多い所に行くと必ず胸がドキドキして、不安でたまらなくなるんです」「ああ、統合失調症の症状だね」「でも以前はなかったんですよ。知らない人の前に行くだけでドキドキするんです」「統合失調症だからね」「それは分かっていますけど、とにかく苦しいんです。不安を抑える薬はないですか」「では薬を変えましょう。これは新しい薬でね、統合失調症によく効くんだよ」
大川さんは2021年暮れまで、3年近くA医師の外来に通ったが、数分の診察は終始こんな調子だった。大川さんに話の矛盾を突かれると、「統合失調症のくせに何がわかる」と暴言も吐いた。A医師はまだ30代に見えるのに、既に向上心の欠片もないようだ。
そもそも、大川さんが「統合失調症」だというのも怪しい。大川さんは中学生の時、親からのプレッシャーなどに耐え切れず不登校になった。連れて行かれた先は、東京都立梅ヶ丘病院(既に閉院)。児童精神科を標榜し、子どもを次々と薬漬けにする医師もいた病院だ。大川さんにも、1日70錠を超える薬が処方された。そして幻聴も妄想もないのに、いつの間にか「統合失調症」と診断された。
大川さんは10代で、処方薬による酩酊の虜になった。処方薬依存という医原病に侵されたのだ。そして20代から40代と引きこもりが続いた。途中で薬を整理してくれる医師に出会い、殺人級の処方からは逃れられたが、失われた時間はあまりにも大きかった。同居する親との関係はこじれるばかりで、家で暴れて強制入院になった。その頃から大川さんを担当するようになったのが、A医師だった。
私は大川さんと何度も会ううちに誤診を確信し、信頼できる都内のクリニックを紹介した。すぐに薬の種類が変わり、量も減った。すると、魔法が解けたかのように元気になり、不安症状も収まった。
A医師の最後の診察で、大川さんが「不安の治療をしたいので別のクリニックに行きます」と伝えると、A医師はこんな心配をしてくれたという。
「大丈夫かなあ。その医師は統合失調症をきちんと診られるの?」この場面を振り返りながら、大川さんは爆笑する。「統合失調症を診られない精神科医なんていないでしょ。資格取れませんよ。そんなことより、あなたの将来を心配した方がいいと言ってやりたかったです」。
大川さんは元気になったとはいえ、「40年近くを棒に振った」という負い目がある。「統合失調症と言われ続け、その呪いから抜け出せなくなっていたんです」。しかし、その間に様々な本を読み、様々なことを考えてきた。入院では現代日本とは思えない世界も見た。その経験は決して無駄ではない。
今年は大川さんと一緒に演劇のシナリオを作り、精神医療ダークサイドをおもいきり笑い飛ばしてやりたいと考えている。
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