幕末以降の近代日本で長州(山口県)はしばしば政争の火種となってきた。第2次岸田文雄内閣も例外ではない様で、長州問題の扱いが政権運営を左右しかねないとの見方が有る。衆院の定数是正やポスト岸田の行方とも密接に関わるとされる「令和の長州問題」を考察して見る。
山口県の小選挙区は現在4つで、自民党が独占している。保守王国と言われる所以だ。1区は高村正彦・元副総裁の長男の高村正大・財務大臣政務官、2区は安倍晋三・元首相の実弟の岸信夫防衛相、3区は参院から前回衆院選で鞍替えした林芳正外相、4区は安倍晋三元首相の顔ぶれ︎だ。
3区の林外相は、二階派幹部の河村健夫・元官房長官との間で、総裁選の〝代理戦争〟と迄言われた激しい闘争の末、公認ポストを射止めたばかり。4区共、代々続く有力政治家の系譜で占領されており、「一寸の隙も無い」タイトな状況だ。
ところが、ここに定数是正問題が持ち上がった。昨年11月末、総務省が衆院小選挙区の定数是正について「国勢調査人口(確定値)に基づく計算結果の概要」を公表したのだ。人口比を反映した「アダムズ方式」を採用し、15都道府県で「10増10減」の見直しが盛り込まれ、山口県の小選挙区は現在の4から3への1減の対象とされた。人口比で考︎えれば、3区と4区を中心に大きく区割りが変更される事になるという。
つまり、林外相か安倍元首相のいずれかがはじき出されるという事だ。区割りに詳しい自民党中堅が声を潜めた。
「3区と4区が1つの選挙区になる可能性が高いでしょう。ここだけの話だが、地元では『安倍さんは2回も首相になったが、山口にあまり貢献していない。次に期待出来るのは林さんだ』という声も有るらしい。もっとも、〝10増10減〟で決まった訳では無い。色んな人が動いているし、場合によっては岸田首相も動かざるを得なくなる。それ程の大事だ」
永田町では、封建時代の制度になぞらえ選挙区が変わるのを「国替え」、定数是正に伴う定数減を「お取り潰し」等と言う。
10増10減巡り、内紛は必至
小選挙区制度の導入により、かつての中選挙区時代の様な「地盤への執着」は薄れたとされるが、衆院議員にとって選挙区の改編は政治生命に直結する一大事だ。政党の公募候補者がひしめく大都市圏と違い、山口県では依然、政治家の「地盤意識」が根強いから、かなりセンシティブな話になっている。
林外相と安倍元首相の政治スタンスが異なる事も問題を複雑にしている。自民党若手が語る。
「林さんは父である義郎さんの時代からの生粋のリベラル。外相就任後、ネット右翼の攻撃を警戒し、日中友好議員連盟の会長は辞任したが党内きっての〝知中派〟だ。安倍さんは親米右派。近隣との友好よりも、安全保障の現実を重視したタカ派路線だから、2人は根っからそりが合わない」
小選挙区にどちらが留まるかは、岸田政権の政治姿勢とも関わり、結果によってはリベラル派とタカ派の党内紛争の引き金にもなり兼ねないというのだ。岸田派ナンバー2の林外相か、最大派閥を率いる安倍元首相かの選択は岸田首相にとっても頭が痛い問題だろう。素直に考えれば、自派閥の林外相を選びそうだが、林外相が早々と「チャンスが有れば必ず手を挙げる」と次期首相候補への意欲を鮮明にしている事には、内心穏やかではあるまい。長州の一選挙区の有り様はポスト岸田にも影響する問題なのだ。
先の自民党若手が続ける。
「政権運営を考えると、安倍さんも林さんも外しにくい。中選挙区時代から〝安倍・林戦争〟は有名だし、令和の時代に火を付ける様なのは嫌だよね。それで、地元では高村さんが比例に回されるんじゃないかっていう話も有るみたいだ」
元首相と現役外相を守る為、元副総裁の子息を外すという事らしい。保守王国・長州ならでは話だが、候補擁立にも事欠く選挙区も有るのだから、贅沢な悩みではある。
もっとも、3、4区と関わりの薄い高村・財務大臣政務官を外すのには「筋が違う」という異論も有る。自民党選対関係者が自信無さげに囁いた。「あくまで考え方の問題だが、自民党を政権与党に復活させ、長期政権を築いた安倍さんの功績を大とし、比例の単独第1位にするという案も有り得るんじゃないか。もちろん、安倍さんの了解が前提だが、場合によっては終身の1位なんてのを作っても良いんじゃない。どう思う?」
一見、妙案の様にも思えるが、安倍元首相はまだ67歳と若く、「一丁上がり」となる比例1位を飲むとは思えない。病気で首相を辞めたのに、最大派閥の会長に就任した事を考えれば、「まだまだ、やる気」が実態だろう。
昨年10月、悩める自民党関係者を驚かせるニュースが飛び込んで来た。林外相の後援会への入会を部下に勧誘させたとして、山口県の小松一彦副知事が公職選挙法違反(公務員の地位利用)の罪で略式起訴されたのだ。小松副知事は起訴内容を認め、罰金30万円を納付の上、辞職した。
関係者の脳裏に浮かんだのが「安倍・林戦争」だったのは言う迄も無い。党内では「安倍元首相に近い筋が定数減を巡る公認争いで先手を打ったんじゃないか」「捜査は公正とか言っているが、検察はいつでも政治的に動く」等の陰謀論が囁やかれた。衆院選を巡り、二階派の重鎮、河村健夫・元官房長官との熾烈な公認争いが有った事を踏まえれば、林外相の陣営がなりふり構わぬ行動に出てもおかしくはないが、現職の外相に傷を付けてまで、岸田政権を揺さぶる手口には政治闘争の匂いも漂う。
「10増10減」を巡る党内の不穏な空気をいち早く察して動いたのが「選挙博士」の異名で呼ばれる細田博之・衆院議長だ。人口偏重の定数是正では地方ばかりが割を食うと、「10増10減」に反対の姿勢を示し、独自に検討した「3増3減」案を打ち出したのだ。公正中立を旨とする衆院議長の提言には「立場を逸脱している」との批判も有るが、細田私案には山口県は含まれておらず、「安倍・林戦争が回避出来る」というおまけが付いている。自民党の地方出身議員からは「さすが選挙博士」と歓迎の声も上がった。
岸田首相は政局巧者?
この問題で、岸田首相はどうかというと、味の有る発言をしている。記者団の質問に「審議会の勧告に基づく区割り改定法案を粛々と国会に提出するというのが現行法に基づく対応だ」と淡々と答えたのだ。審議会とは学識者らで構成される衆院選挙区画定審議会の事だ。今年6月に首相に勧告の予定だが、「データに忠実で政治的忖度が無い」(自民党若手)とされる。岸田発言は「10増10減」が規定方針の様に聞こえない事も無い。自民党幹部が重い口を開いた。
「含蓄有るね〜。岸田首相は中々巧みだよ。だって、〝10増10減〟問題で、外交でタカ派路線を迫る安倍さん、岸田派の継承と次期首相を狙う林外相の双方をけん制してるんだから。『現行法に基づく対応』ってのが良いじゃない。対応するのは政府であり、国会なんだが、最大与党の長も政府のトップも岸田さんだよね。俺には『安倍さん、林君。全ては私次第だよ』って言っている様に聞こえたね」
自民党幹部はリベラル派に属しやや岸田首相びいきではあるが、岸田首相は世間が思うよりずっと、政局巧者なのかも知れない。この問題から当分、目が離せない。
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