賛否の対立が深まる、オンライン診療導入の実情
厚生労働省は2021年末、オンライン診療に関する指針の改定素案をまとめた。「対面」が原則だった初診の診療にオンラインの導入を恒久的に認め、更に患者の診療情報を事前に確認する事を条件に、「かかりつけ医」でなくともネットを通じた診察を容認する意向である。但し、「医の安全」を巡る慎重派と推進派の対立は深まる一方だ。又、初診から対応可能な医療機関は現時点で約6%に留まり、普及の見通しは立っていない。
21年11月29日、「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」が厚労省で↘開︎催された。同省は初診時のオンライン実施要件案として、先ず、「かかりつけ医が原則」とした上で、かかりつけ医以外の場合は「診療前相談」で既往歴等を確認する事を提案し、概ね了承された。
オンライン診療、初診時の実施要件
オンライン診療で言う「かかりつけ医」とは「日頃より直接の対面診療を重ねている等、患者と直接的な関係が既に存在する医師」と定義されている。診療報酬改定時等、他の場面で議論されるかかりつけの医師とは別扱いで、どういうケースが該当す↘るかについては近く厚労省が示す予定だ。
又、「診療前相談」は医師と患者が事前に画面等を通じて話す機会を持ち、医師が過去の診療録、既往歴、健康診断の結果等を踏まえてオンライン診療の可否を判断するものだ。医師、患者双方の合意が前提となる。
患部の触診が出来ず、匂いも分からないオンライン診療は「原則、初診からは不可」とされてきた。対面診療に比べて「誤診や見落としのリスクが高い」というのが理由だ。これ迄にも「なりすまし医師」による診療や、情報セキュリティが脆い通信システムを↖使った診療が行われた例がある。
しかし、一方では、過疎地での遠隔診療や、頻繁な通院が難しい多忙な人への対応を望む声も強かった。そうした折に新型コロナウイルスへの感染防止の観点から「3密回避」が指摘されるようになり、当時の菅義偉政権は20年4月にコロナ禍での特例制度を設けた。そして最終的に「初診も含め恒久的に原則解禁」とする方針を打ち出し、これを受けて厚労省は同検討会で「初診からのオンライン診療を適切に行うための方策」を議論してきた。
「診療前相談」をねじ込んだのは、「初診はかかりつけ医」の壁を崩す事を狙った規制改革推進会議の面々だ。
初診時は「かかりつけ医」に限定するべきか
日本医師会は「医の安全」を理由に、オンライン診療の初診時はかかりつけ医に限定するよう求めていた。但しこの要求は、他の優秀な医師への患者流出を懸念する開業医に配慮したものである事も否めない。検討会では推進派の佐藤主光氏(一橋大学経済学研究科・政策大学院教授)らが「対面診療以上の制限を掛けるべきではない」等と主張。医師が事前に診療情報を把握している例が多くない若い患者らも、初診からオンラインの受診を可能とするよう迫り、厚労省側が折れた。
それでも慎重派には、オンライン診療に関して「医師法が禁じている無診察治療に該当しないのか」という根源的な疑問を抱く人もいる。初診から解禁する事に対する不安は消えていない。患者側の代表として検討会に参加した鈴木美穂氏(マギーズ東京共同代表理事)は「『診療前相談』さえ行えば誰でもオンライン診療を受けられるとする事には危険を感じる。患者がリスクを負う事になる」と指摘し、医の安全を確保出来る仕組みを設けるよう訴えている。
厚労省はオンライン診療可否の症状の基準についても素案を示した。一律の基準設定は「困難」としつつも、安静時の呼吸困難、強い腹痛や嘔吐、吐血、妊娠関連の症状、小児の痙攣等は「否」とし、緊急性が高い場合は即座に対面に切り替える考えを示した。更に、初診での向精神薬等の処方も「否」とし、抗菌薬等も「十分な検討が必要」とした。基礎疾患等を把握出来ない患者には8日分以上の薬の処方をしない事も盛り込んでいる。
オンライン診療可否の基準を巡って
これらの素案に対し、規制改革推進会議側は12月22日にまとめた報告書で問題点を列挙。「オンラインが対面と大差がない効果がある場合も存在し得る」と指針に明記するよう求め、「事前に患者から得た画像を伴わないメールやチャットによる情報も有効」とするよう迫った。しかし日医は強く反対し、今村聡副会長は同日の記者会見で「すべての医療がオンラインで完結し得るという間違った読み取り方をされかねない」と批判した。
厚労省は素案で「オンラインと対面診療の組み合わせ」にも触れた。患者に「かかりつけ医」がいない場合はオンライン診療をした医師が対面診療をする事が望ましい、とした上で、患者の住居近隣の対面診療可能な医療機関を紹介する事等を挙げている。推進派の佐藤教授らは「オンラインと対面の組み合わせを常に求めるべきではない」と訴えたが、山口育子氏(ささえあい医療人権センターCOML理事長)は「学会での整理を待ち、それを踏まえて指針を見直していくべきだ」と反論している。
厚労省は検討会の山本隆一座長(医療情報システム開発センター理事長)と協議し、検討会メンバーらの意向も踏まえた上で指針の改訂版を固める。並行して医学会が「初診からオンライン診療が可能な傷病」等を整理する予定である。
オンライン診療に対する医療機関の実情
とは言え、新指針が出来たからといって、オンライン診療が直ぐに普及する状況とはなっていない。それは対応出来る医療機関がまだ圧倒的に少ないという物理的な理由によるものだ。21年6月時点で厚労省が調べた所、電話を含めて初診からオンライン診療が可能とした医療機関は全国で7178カ所と全体の6%程度に過ぎない。「再診なら可能」と答えた医療機関を合わせても15%程度に留まっている。
「対応不可」の主な理由は、複数回答で「対面診療の方が優れている」(52・5%)、「ニーズが無いか少ない」(49・2%)の他、「メリットが手間やコストに見合わない」(34・7%)も多数を占めた。機器の導入に掛かる費用等コスト面を課題に挙げる医療機関は少なくない。
オンラインと対面の診療報酬を比較すると、オンラインの方は対面の5〜8割と低く設定されている。国際標準は同等か同等以上となっており、日本が特殊なのは確かだ。「初診からのオンライン診療」に関しても、現時点では診療報酬上の点数は無い。厚労省は22年度の診療報酬改定率(本体分)が0・43%のプラスになった事を踏まえ、診療報酬上での扱いも検討する方針だ。
規制改革推進会議は「オンライン診療の報酬見直しに取り組む」としている。一方、日医は「対面とオンラインでは診療行為の範囲が異なる」として、両者の点数差を一定程度維持するよう求めている。プラス改定分のうち、0・4%分は人件費や不妊治療への保険適用に充てる事が決まっており、オンライン診療の点数がどこ迄底上げされるかは不透明だ。
今は新型コロナウイルス感染症に対応する特例の「オンライン診療解禁」が続いている。政府は「特例が優先」としており、新指針の適用時期はまだ見えて来ない。しかしながら、オンライン診療は時代のニーズであり、もう後戻りが出来ない。
LEAVE A REPLY