地域住民たる妊婦たちの声
2021年11月28日付けの朝日新聞によると、北海道の旭川市では「市の対応求め署名活動開始」の事態となっているらしい。「旭川の助産所 戻らぬ産声」「嘱託医死去 後任探し難航」「市の対応求め署名活動開始」「出生減・医療機関半減…産科医『余裕ない』」という見出しの記事が掲載されたのである。「旭川市の助産所で、この夏以降お産ができない状況が続いている。嘱託医が体調を崩した後亡くなり、後任探しが難航しているためだ。産婦人科医からは『医師不足で助産所まで手が回らない』との声が出ており、行政に対応を求める署名活動が始まった」という実情らしい。
実際、産科医としても課題を抱えていた。「旭川産婦人科医会の玉手健一会長(旭川赤十字病院)は『出生数の減少と産科医不足で、市内で分娩を扱う医療機関はこの10年で13から6に減った。産科医の負担も大きく、助産所をカバーする余裕がない』と説明」しているとおり、厳しい現状らしい。
地元紙の「あさひかわ新聞」でも同様の報道がされた。12月7日付けの同紙によれば、「助産所から『産声』消えて4カ月、後任決まらない嘱託医」「地域住民の権利行政が守るべき」「市民有志が署名活動 嘱託医の確保求める」とのことである。
適切な法律論とあるべき政策論
筆者はその「あさひかわ新聞」からの取材に対して、適切な法律論とあるべき政策論につき、次のように回答した。同記事から抜粋する。
「産む人には助産所で産む選択の権利があり、その権利を受けて、助産師は適切な助産所を開設・管理し、産婦人科・小児科の医師や医療機関は助産所の嘱託を受け、地域の公立病院は妊婦らの異常に対応する責務がある、という法律論が成り立ちます」
課題解決への道筋について「数の多寡にかかわらず、産みたい場所や方法で出産できないという状況は、妊婦の自己決定権が奪われている非常事態です。旭川市や近郊ではすでに、そのような実害が出ているので、まず第一に行政が地域住民の権利を守るべきと考えます。地方自治体の首長が、その傘下の公立病院などに対して、地域住民のために助産所の嘱託を受け、その嘱託医療機関となるように具体的に指示していくことが、その方策として適切でしょう」
したがって、その地方自治体の首長を動かすべく、妊婦たちを中心とした地域住民が、その地方自治体の首長に対して、地域の分娩介助体制の強化を訴える要望書を提出することが、政策的に適切な選択と考えられよう。現に、旭川市とその隣接町では、市長や町長に要望を出していく運動が続いているらしい。早く非常事態が解消されるよう祈るばかりである。
市区町村長への要望書モデル案
ここまでは旭川市とその近隣町の事態を述べた。しかし、実は同様の事態が全国の各所で起きているらしい。そこで、妊婦を中心とした地域住民の市区町村長に対する要望書のモデル案を作成した。このモデル案を参考にするなどして、各地域での実情に即した独自の要望書を作って、市区町村長に提出してもらいたい。
以下は、そのモデル案の1つである。
「○○市長さん、
妊婦たちの思いを受け止めてください
2022年○月○日
○○市妊婦○○、他○○名
(問合せ先○○○○)
妊婦は病人ではありません、妊娠は病気でもありません。
ただ、妊娠・出産・産後に異常が生じる可能性もわかっています。
だから、私たちは一体感を大事にされ信頼できる開業助産院を選び、私たちに開業助産院で異常を感じられた時、今度は産科医に診療してもらえば大丈夫だと思って来ていました。
厚生労働省「医療安全の確保に向けた保健師助産師看護師法等のあり方に関する検討会まとめ」(05年11月24日)の「Ⅱ個別の論点、1助産所の嘱託医師、(2)今後の方向性」では、「行政においては、嘱託医師の確保に協力するとともに、周産期医療のネットワークの確立、整備に当たって、助産所の機能、役割を積極的に評価する必要がある」ともあり、市長さんなど各首長さんの使命も明示されています。
もしも私たちが選んでいなかった分娩を強いられ、私たちの思う出産の喜びに恵まれないまま、子育てを始めるとしたら、それは酷です。産後うつとそれを原因とする自殺をゼロにすべく、開業助産師と妊婦、その家族、産科医・小児科医とでチームを編成したチーム医療の展開の下でこそ、目標が実現できます。
選んでいなかった分娩を強いられている人たちが、わかっているだけでも、市内で、すでに年度末までに○○名待っていますので、緊急の対応が必要です。
開設者である○○市長さんは、○○市立病院産科・小児科に指示をし、開業助産院の嘱託医療機関として協力していただくよう、ここに要望いたします」
以上が要望書のモデル案である。
もちろん、自治体病院のある地域だけでなく、自治体病院のない地域もあるので、その場合は、次のとおり最後の1文に修正を施せば足りるところであろう。
「地域の中核病院である○○病院に運営上の協力もしている○○市長さんは、○○病院産科・小児科に指示をし、開業助産院の嘱託医療機関として協力していただくよう、ここに要望いたします」
地域医療構想の下での開業助産院
以上は、「分娩の多様性の確保」という理念に着眼しつつ、産む人の権利という視点からの政策論であった。この視点からすれば、開業助産院は公立病院等の支援の下で、できる限り、産む人の選択権に応えるべく努めてもらいたい。
実は、それだけではないのである。さらに、今後は地域医療構想の実施の下で、開業助産院はより一層の役割を担うことが要請されていくようになるものと思う。地域医療構想の実施によって、少なくない公立病院等が統廃合の対象となる。「分娩」だけに着眼したとしても、とても病院への「分娩の集約化」だけで分娩介助の需要をまかない切れるものではなかろう。もちろん、旭川の例に見るまでもなく、産科のクリニックも減少するばかりである。
そうすると、「地域分娩環境の確保」という理念を実現するためには、開業助産院の存在は欠くべからざるものとなって来るであろう。つまり、分娩における需要をまかなうためには、病院や診療所で足りないところを開業助産院がフォローしなければならなくなるのである。
こうして見ると、地域医療構想の下では、今までは減少する一方だった開業助産院は、V字回復で激増しなければならなくなろう。そうなってこそ、やっと「地域分娩環境の確保」が果たしうる。言い方を変えれば、地域の分娩介助体制強化の1つのモデルとして、「開業助産院の復権」が必要となるとも言いえよう。まさに、今は、「頑張れ助産院」の時代なのである。
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