「精神疾患のある人達はなぜこんなにも過小評価されているのか」。精神医療の光と闇を四半世紀追い続ける中で、私はそんな疑問を抱くようになった。
小説家の中にも、画家の中にも、音楽家の中にも、精神疾患のある人は多い。不安症や双極性障害やうつ病の俳優も沢山いる。社会で成功した彼らは、自らも呑み込まれる程のイメージ力や、心を病む程の繊細さを武器として生かすことが出来た。周囲の理解や医療の力も借りて、症状や特性と付き合っていければ、それは個性や才能に変わるのだ。
ところが、過敏な心や旺盛な想像力を生かせなかった患者たちはどうか。そうした力は忌み嫌われ、「脳の異常」と決め付けられて、薬物による抑制を強いられる。多量の薬で生気をそぎ落とされ、機敏な動きや表情の変化までも剥ぎ取られ、「如何にも精神病者」な風体に変えられていく。そして自己肯定感までも奪われていく。
精神疾患になる程の豊かな感性を「才能」に出来た上級患者と、その他大勢の患者達の社会的評価には、途方もない開きがある。しかし、両者の魅力や個性に決定的な差があるとは思えない。そこで私が思い付いたのが、患者たちを主な対象とした演劇学校「OUTBACKアクターズスクール」の設立だった。ずっと抑え込まれてきた彼らの力を、誰でも始められる演劇の中で解放したら、凄い舞台が出来そうな気がしたからだ。
演劇指導の経験者や若手俳優たちの協力を得て、2021年4月に開校。学芸会ではなく、お金を払って見てもらえるレベルの劇を作り、横浜のど真ん中で上演することを最初の目標とした。
25人の定員はすぐに埋まった。参加者の9割は、統合失調症や双極性障害、不安症、うつ病などの患者で、残る1割も「受診してないから病名がついていないだけ」と自覚する人達だった。
1回4時間、計15回のレッスンを重ねて臨んだ同年11月7日、あかいくつ劇場)横浜市中区山下町(での第1回主催公演(入場料1200円)は、超満員札止めの大盛況となった。客席には精神科医ら医療関係者の姿も目立った。
メインの40分の劇には、レッスンに通い続けた20人が総出演。主人公を務めた27歳のトモキチは統合失調症と診断され、実際に措置入院の経験もある。劇は彼の入院体験を核に展開して行くが、その過程で他の出演者達の実体験が、テンポよくコミカルに織り込まれていく。
リハーサルではセリフを忘れて固まる人もいたが、本番はほぼ満点の出来栄え。「プレッシャーに弱い」「何をやっても失敗ばかり」「何を考えているのか分からず怖い」などと見られて来た人たちとは、到底思えない仕事ぶりだった(スクールのウェブサイトでダイジェスト版を視聴可能)。
横浜市内の作業所に通うトモキチとは2年前に知り合い、スクールに誘った。出会った頃は「僕なんかダメです」「何も出来ません」「どうせ障害者ですから」と360度ネガティブ男だった。屈辱的な強制入院で強化されたその傾向は今も残るが、舞台の後、こう語った。「これからも続けたいかといえば、分かりません。でも、何か見えて来たような気がします」。
スクール校長の中村マミコ氏や講師たちと、温かな観客にも支えられて大成功した初公演。今後は、唯一の問題である資金繰りと闘いながら、学校や医療機関などとも連携して、このムーブメントを広げていきたい。
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