生産性の視点から考えると「規格大量生産型」の仕組みの欠点はコストカットに重点が置かれ易いという事であろう。「安くて良いものを」と「高くてもいいから良いものを」とを比べると、日本人には明らかに前者がなじみやすいキャッチフレーズである。医療界も同じで、人件費の削減が常態化しサービス残業や非正規雇用が増えている。診療報酬が国によって決められているが故に、この傾向はより強くなっているのだ。
「他人の命のために自分の体を張る」「家族を犠牲にしても働く」といった医療従事者の精神は、「24時間戦えますか」と問われたサラリーマンと重なる点があろう。「24時間戦えますか」というキャッチフレーズは、1989年にリゲインのCMで新語・流行語大賞を獲得した。87年に医学部を卒業した筆者は、当時はまさに研修医時代で、「日本国が24時間働くのなら研修医も同じだろう」と、何の疑問も持たずに病院に泊まり込んでいた事を思い出す。
医療分野に需要喚起はできるのか
診療報酬が増加している場合は問題ないが、減少している場合は環境がデフレの状態になる。診療報酬にはメリハリがあり、政府や厚生労働省が重点を置いている事(例えば高齢者対策やイノベーション)には高い点数が付く場合もある。しかし、診療報酬で価格が決められている以上、医療分野で経済的なインセンティブを考えた場合には、コストを抑えるか、いかに多くの患者を診察するか、といった所が焦点になる。
需要側の対策として、突拍子もないことを承知で言えば、健康や医療支出のために一定の金額を配り消費を義務付けること、金融緩和で豊かになった富裕層が健康の価値を認識して自らに投資を行うこと、等が考えられる。もう少し現実的な話として供給側(医療機関側)からの対策を考えてみると、需要者に付加価値を示して高額な消費を促す、という方法がある。旅館等では、価格を落として内部のコストカットをするのではなく、消費者に価値を感じてもらい、高額な消費を促し、その結果従業員に給与という形で配分が増える、といったストーリーが考えられる。医療分野でもこういったことが実現出来れば、労働生産性は高くなるはずだ。しかし、医療界ではこの2つとも行うことはできない。
経営品質協議会が目指すもの
ここからは、筆者が日本生産性本部で行ってきた経営品質活動について触れていきたい。生産性本部には「経営品質協議会」という組織があり、医療分野ではJHQC(Japan Healthcare Quality Club)が経営品質を上げるための活動を行っている。筆者はその創設から関与しており、現在はその普及のための「JHQCエバンジェリスト」というタイトルも頂いている。
JHQC のホームページ(https://www.jqac.com/jhqc)から概要を引用すると、以下の通りである。
「JHQC(Japan Healthcare Quality Club)は、日本版医療MB賞クオリティクラブのことです。JHQCでは、米国で経営改善、経営革新のツールとして病院で活用が進むマルコムボルドリッジ国家品質賞(MB賞)に着目し、日本版MB賞に当たる『日本経営品質賞』の考え方をもとに、病院が経営の質向上を図っていくことを支援しております。患者満足の向上や職員満足の向上を経営の軸においていきたいとお考えの病院の皆様の積極的なご参加をお待ち申し上げております。」
日本版医療MB賞研究会はJHQC発足以前の2006年から活動を行っており、経営品質協議会が表彰する「日本経営品質賞」や「経営デザイン認証」を取得する病院や介護施設も出てきている。経営品質協議会は生産性のみを議論しているわけではないが、日本生産性本部が行っている活動でもあり、生産性の視点はもちろん埋め込まれている。
MB賞の経営手法
次に、米国において高度でシステマティックな医療を提供している証となる「MB賞」について述べたい。米国の医療機関は様々な形で「外部からの目」を取り入れ、それに対応して内部の組織を成熟させるために、多くの経営管理・品質管理手法を取り込んでいる。米国で「外部の目」が医療の質に介入するきっかけとなったのは、1999年に米国医学研究所(Institute of Medicine:IOM)が発表した「年間最大9万8000人が医療ミスで死亡」というレポートで、このことが医療の質を向上させる活動への大きな原因となった。事実を報告したこのレポートは、日本では『人は誰でも間違える』(日本評論社刊)という書籍になっている。
米国の医療がMB賞を活用するようになったのも、この流れの上にある。権威ある第三者の評価を受けないと病院は生き残れなくなっているのである。病院が高い評価を受ける要素としては、チーム医療、看護師の活用、組織の方向性の共有、プロジェクトチームの活用等が挙げられる。そこに様々な経営手法をミックスして取り入れ、病院経営のために使いこなしているのだ。これらの経営手法は、医療の質を担保する「クオリティ・インジケーター(QI)」の達成のために使われている。質の管理においては企業も医療機関も同様の工夫をしていると言えるだろう。使用される経営手法は以下の通りである。
・バランスト・スコアカード(BSC)【戦略系】:MB賞のフレームワーク。「財務」「顧客」「業績プロセス」「成長・学習」の4つの視点をスコアカードとしてインジケーターを作り、組織の業績や将来性にどのように影響するかを把握し、マネジメントに利用する。
・シックスシグマ【現場系】:エレクトロニクス業界のリーダーであるモトローラが、QCサークル活動、TQC(Total Quality Control)等日本の製造業の品質管理手法を研究し、発展させたもの。
・リーン生産方式【現場系】:トヨタの手法に学び、プロセス管理の徹底した効率化によって作業時間や在庫量を大幅に削減する生産方式。
・ISO【基盤系】:国際標準化機構による国際規格。
・TJC(The Joint Commission)【基盤系】:米国の病院や医療機能を評価をする組織。その国際版がJCIで、日本でもJCI認証をとっている病院が増えてきている。
最後に「日本経営品質賞」を受賞した病院と、受賞のポイントを紹介しておきたい。
経営品質賞受賞病院 (役職は受賞時)
【2020年】 国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院(代表者:病院長 長堀 薫 氏)
①職員と危機感を共有し、病院再生に着手 ②地域連結型医療体制の構築を推進 ③病院理念への職員の共感と組織活性化
【2017年】 医療法人清和会 長田病院(代表者:病院長 木下 正治 氏)
①地域から高い信頼を得た病院理念 ②患者インサイトと患者に寄り添う医療サービスの提供 ③終末期ケアへの組織的対応と他者への貢献 ④高品質の医療・ケアを実現する職員 ⑤地域の声を反映した病棟再編で高い患者満足を獲得 ⑥職員の自主性確立とワーク・ライフ・バランスへの配慮
【2012年】 社会福祉法人恩賜財団 済生会支部 福井県済生会病院(代表者:病院長 田中 延善 氏)
①理念の共有・浸透度から行動を振り返る学習の常態化 ②医師・職員が一体化した医療サービス提供の革新と高水準の患者満足度の実現 ③組織マネジメントを意識した現場改善及び組織風土改善の展開とその学習の仕組み ④地域医療における連携との良好な関係構築と選ばれる病院づくりの革新
【2011年】 医療法人財団献心会 川越胃腸病院(代表者:理事長・院長 望月 智行 氏)
①経営トップの想いが全職員まで浸透することにより、自主的行動が促された現場主義型の経営体制の確立 ②患者様の声から改善するプロセスの確立による高いレベルの医療サービスと優れた業績を実現 ③外部第三者評価を有効に活用した改善プロセスの確立 ④職員満足度および患者満足度の競合比較による客観性を持った優れた満足度水準
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