医学部地域枠の運用が法的に問題視
近時、日本専門医機構の新専門医制度が始まったタイミングなので、丁度この時期に、医学部地域枠制度の問題点が表面化し始めた。その中でも、制度運用の一部が、まさに今、法的に問題視され始めている。
制度はこれから本格稼働し始めるところであるから、今のうちに「法律上の問題点」を意識しつつ、その運用を手直ししながら進めていくべきであろう。あと数年も経過して、医学生(初期研修医や専攻医も含む。以下、同じ)への人権侵害だなどという裁判が起きてからでは動きがとれない。
本稿は、それらの法的な問題点を指摘し、今後の運用面での改善の方途を医療関係者の皆さんでじっくりと考えて、改善策を議論してもらうことを望んで執筆するものである。医師法第16条の9に「医師の研修に関する国等の責務」として規定されているとおり、「国、都道府県、病院又は診療所の管理者、大学、医学医術に関する学術団体、診療に関する学識経験者の団体その他の関係者は、医療提供体制(医療法第30条の3第1項に規定する医療提供体制をいう。)の確保に与える影響に配慮して医師の研修が行われるよう、適切な役割分担を行うと共に、相互に連携を図りながら協力するよう努めなければならない」。
地域枠運用上の法的注意点
地域枠を運用していく際には、2つの法的観点からの注意が必要である。
1つは、自治体の必要性と医学生の正当性との相関関係によって相対的かつ個別具体的に、柔軟に判断していくことである。往々にして、地域医療の必要性ありきで当然のように一律に運用されているけれども、実際は地域医療の必要性には、地域ごと・時期ごとにその大小に変動があろう。ところが、一律に絶対的なものだと一般的・抽象的に決め付ける傾向が見られる。
他面、医学生の側の正当性も、個別具体的によく検討されなければならない。一般的に制度を構築する時には、もともと内部規制がゆるいならば離脱も認めなくてもよいであろうが、逆に、内部規制を厳しくするならば離脱事由も合理的かつ明瞭に定めなければならないものである。
すなわち、地域枠は、当該自治体(市区町村、都道府県)の地域医療補強の必要性の大小と、当該医学生の個別事情の正当性の性質・程度との相関関係に即して、個々別々に柔軟にアレンジして運用していかなければならない。現状は、一律であり、硬直的に過ぎるのではないか、という懸念を拭い去ることができないところであろう。
そのための改善提案の1つは、離脱事由にもっと一般的な事由(「正当な理由」など)を追加することである。現状の離脱事由は通常、「家族の介護」「体調不良」「結婚」「他の都道府県での就労希望」「留年」「国家試験不合格」「退学」「死亡」「国家試験不合格後に医師になることをあきらめる場合」といったところであろう。これらはいずれも、医学生の側の一方的な事情のみに着目してしまっているし、さらには、一律で硬直的である。
そこで、医学生の個別事情の正当性を考慮できると共に、自治体の側の地域医療の実情をも考慮できるようにするため、「当該地域の医療提供体制の現況、従前からの当該地域における経過、当該医学生の諸事情を考慮した上で正当な理由が認められる場合」というような一般条項も、離脱事由の1つとして追加してはどうであろうか。
もう1つは、法治主義(法律による行政の原理、法治国家、法の支配などもほぼ同義)の観点である。奨学金(修学資金)といったおカネの側面で規制するのならば、一般的に私的自治の原則にのっとって、奨学金貸与契約などといった契約手法や違約金といったテクニックを採用してもよいかも知れない。しかしながら、医学生(医師)の身分・資格や労働の側面で規制するとしたならば、単なる契約手法だけでは必ずしも適切ではないように思う。
今までは契約的手法として、たとえば「誓約書」によって対処していた。そこに、「従事要件」(必ずしも明瞭でないものも多かったが。)が明記された「誓約書」を都道府県や大学に提出するといった契約的スタイルである。文部科学省は、令和3年3月2日付け2高医教第41号「令和4年度の地域枠等の定義について」で、地域枠の定義に、「志願時に、都道府県と本人と保護者もしくは法定代理人が従事要件・離脱要件に書面同意している」ことを要件とする通知を発出したのも、その契約的スタイルを補強したものと言ってよいであろう。
しかし、たとえ真の意思で「従事要件・離脱要件に書面同意」したとしても、それが身分・資格自体の側面に直結し、かつ、就労の半強制という人身拘束的な側面も持つ以上、契約的手法のみで対処するのは法治主義の観点から疑問が残る。身分・資格自体と直結し人身拘束的要素もあるとしたら、それはすでに公序良俗の問題(人権問題)となり、私的自治の枠を越えているとも考えうるところであろう。
したがって、そのようなものは単なる「書面同意」だけでなく、そこにプラスして、法律で明示的に規定する必要があるようにも考えられる。
たとえば、現状は日本専門医機構は、そのホームページで「専門研修制度における地域枠医師の取扱いと専門医の認定について」という項目において、「厚生労働大臣の意見・要請を踏まえ、2021年度の専門研修プログラムへ応募ならびに登録された地域枠の専攻医が、都道府県との同意がなく従事要件から離脱していることが確認された場合、当機構の方針として、以下のように対応することとしておりますのでご留意ください。」と述べて、その対応の1つとして、「都道府県と同意されないまま、当該医師が地域枠として課せられた従事要件を履行せず専門研修を修了した場合、原則、専門医機構は当該医師を専門医として不認定とする。」などと明示した。
しかるに、日本専門医機構は、医師法施行規則第19条の2第1号で特定して明示された団体であるにもかかわらず、医師法第16条の10第1項(及び医師法施行規則第19条の3第1号)でも、「医師の研修に関する計画を定め、又は変更しようとするとき(当該計画に基づき研修を実施することにより、医療提供体制の確保に重大な影響を与える場合として厚生労働省令で定める場合に限る。)は、あらかじめ、厚生労働大臣の意見を聴かなければならない。」と定められているに留まっている。つまり、一般的・抽象的に「医療提供体制の確保に重大な影響を与える場合」などと述べているに過ぎず、「地域枠からの離脱要件」や「従事要件」の存在を推測させる定めはない。
法治主義の観点からは、日本専門医機構が法令によって特定して定められて、かつ、事実上は唯一の存在として、新専門医制度を運営している以上、「地域枠制度」「離脱要件」「従事要件」をも法令で明示するように改善すべきであろう。
最後に、「後出しジャンケンの禁止」について補足したい。どのような法的制度についても、新設した時には同様に生じる問題ではあるが、それは「後出しジャンケンの禁止」の原則である。人の権利・義務の内容を制限する場合には、「後出しジャンケン」(権利義務の制限の遡及=さかのぼり)は禁止されるのが一般的なルールだと言ってよい。
こうして見ると、地域枠制度はまさに整備されて間もないものであるから、過去の未整備時期の医学部入学生(今は医学部高学年または初期研修医くらいか?)の医学生・研修医・専攻医には、現在の地域枠制度をそのまま当てはめて拘束するわけにはいかないところもあろう。
制度の移行期については、事実上の経過措置を設けて、緩やかな取り扱いを容認するのがどの業界・分野においても常識的なところである。したがって、地域枠制度の移行期である現在の運用も、緩和されたものとして行うべきものであろう。
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