虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
第138回 13年ぶりの自社株買いから見える、武田の危機感
「データの分析を続けていくが、あくまでも幅広いパイプラインの1つ。オレキシンフランチャイズに対するコミットメントは変わらない」——。
武田薬品の社長クリストフ・ウェバーは10月28日に開かれた中間決算説明会で、このように述べた。本誌前号で触れたように、睡眠障害「ナルコレプシー」の治療薬候補の経口剤「TAK‐994」の第2相段階の治験を中断するに至った事への弁明だ。
この「オレキシンフランチャイズ」とは、「ナルコレプシー」治療薬として開発している新薬の総称だが、ウェバーが「コミットメントは変わらない」等と強弁しようとも、中断した理由が長期継続投与試験で重度の肝機能検査値の上昇が見られ、安全性の問題が発覚したとあってはまるで説得力に欠く。一時、売り上げ予想が3000億円だの4000億円だのと景気の良い数字が飛び交ったが、幻と化した。
いくら「幅広いパイプライン」等と宣伝しようが、何とかものになりそうな有力候補だった「オレキシンフランチャイズ」がこの有様ではウェバーの強気を誰も真に受けはしないだろう。ウェバーによれば「様々な場面で後退する場面も有るが、回復力が有る」そうだが、いったいどの新薬開発で「回復力」を示せるのか見当が付かない。
案の定、10月28日の武田の株価は、それまでの1年間で最安値となった同月7日の3157円をわずかに上回った程度。この価額は、中間決算説明会に対する、市場の評価だろう。2015年や18年に、一時6500円の株価が、半値以下になった。しかも、今後反転出来るような材料が乏し過ぎる。
さすがに続落する株価に手をこまねいてはいられなくなったのか、武田は決算説明会の10月28日、「当社が潜在的に有している価値に対してかなり割安な株価」だという理由で、発行済み株式の2・23%の3500万株・1000億円を上限とした自己株取得枠を設定すると発表。自社株買いは13年振りだが、翌日以降、一時反発する局面があったが、結局また元に戻った形だ。株価を上げたいが、市場は武田薬品の思惑通りには行きそうもない。
ここまでの安値に転落すると、武田薬品の株価に改めて注目が集まっている。特に、株価の割安・割高を知る指標のPBR(株価純資産倍率)に関してだ。これは企業の時価総額が、解散価値である会計上の純資産(株主資本)の何倍であるかを表す投資指標であり、1倍を割り込むと、株価が解散値を下回ることになるが、業界で最大の売上高を誇る武田薬品は0・92(11月26日。以下同)になっている。
もはや昔日の面影は無い時価総額
競合他社と比較すると、その低さは歴然としている。売上高で第2位の大塚ホールディングスは1・12、3位のアステラス製薬は2・47、4位の第一三共は4・30、5位の中外製薬は5・92、第6位のエーザイは2・81だ。
ちなみにかつては圧倒的な額を誇った時価総額も、もう昔日の面影は無い。武田薬品の4・96兆円は、1位の6・59兆円の中外製薬と離される一方で、5・73兆円の第一三共にも抜かれてしまった。このままでは、3・52兆円のアステラス製薬に並ばれるか、あるいは抜かれる事態も有り得ない話ではない。
問われるシャイアー巨額買収の成否
武田薬品のPBRは、19年の同月日に1・44であったから、ジリジリと下落している事が分かる。恐らく今回の自社株買いは、それに対する危機感の現れである事は疑い無い。しかも武田薬品の場合、厄介なのは総額約4兆円という、他社と比較して隔絶した巨額に達するのれんを抱えている事だ。言うまでも無く、アイルランドの製薬大手・シャイアーの買収に伴って生じたものだが、『東洋経済』(電子版)の11月17日号の「13年ぶりに自己株買いに踏み切った武田薬品は『株価低迷』を見過ごせない」の記事では、次のように解説されている。
「PBR1倍割れは、武田薬品の時価総額が純資産を下回っている状態。つまり、株式市場の評価額(時価総額)が、帳簿上の金額(総資産‐負債)に達していないことを意味する。これは、のれんの簿価4兆円と、その市場価格(回収可能価額)との関係にも当てはめられる。PBR1倍割れということは、のれんの売却価格は4兆円を下回るといえるため、IFRS(注=国際会計基準)のルール上、のれん減損の対象になりうる。そうした事情から、今回の自己株買いについて『のれんの減損を意識し、株価を上げたいという思惑があったのではないか』(大手製薬会社の元財務担当役員)と見る向きもある」
のれん減損が生じると、業績が大幅な赤字に転落する事がまず避けられない。ますます市場での評価が下がり、最終的には、「シャイアーの巨額買収が不成功に終わった」という宣言が下される事にもなりかねない。更に言えば、ウェバーの経営者失格宣言にもなる。このように武田薬品の自社株買いは、深刻な背景が有るのだ。
武田薬品のようにPBRのみならず、売上高がトップの企業が、その下の同業他社に比べてこれほど財務内容が劣っている業界も珍しい。
例えば、会社の総資産を利用してどれだけの利益を上げられたかを示し、資本に対する効率性と収益性を確認する際の指標であるROA(総資産利益率)でも歴然としている。武田薬品はわずかに2・92%(21年3月期決算)で、大塚ホールディングスの5・69%(20年12月期)、アステラス製薬の5・25%(21年3月期)、第一三共(同)の3・62%、中外製薬(20年12月期)の18・72%らと比べ、大きく見劣りする。
株価下落では済まない、のれん減損リスク
企業の自己資本(株主資本)に対する当期純利益の割合で、経営の効率性を示すROEについてもまったく同様。武田薬品は7・60%(時期は以下も含めて右と同)だが、大塚ホールディングス8・19%、アステラス製薬9・02%、第一三共5・89%、中外製薬23・42%という具合で、後塵を拝す有り様だ。まさに、経営はダッチロール状態だ。
これでは株価どころか、のれん減損リスクが現実になり、更には主力商品の「ビバンセ」と「エンタイビオ」の特許が切れる24年以降に「オレキシンフランチャイズ」以外のパイプラインも上市出来なくなったとしたら、武田薬品の経営自体が無事では済まない。14年に社長兼COO(最高執行責任者)となったウェバーが退任すると予測されるのは25年とされる。報酬だけは21年3月期で18億7400万円という業界でも例の無い高給に浴しながら、ウェバーは、耐え難い負の遺産を武田薬品に押し付けたまま、自分はどこかの外国企業にまた転籍するという悪夢が近づいて来るのではないか。株主からの怒りの声が聞こえて来る。
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