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未来の会

スウェーデンの新型コロナ感染症対策

スウェーデンの新型コロナ感染症対策
新型コロナ感染症の海外での見方

スウェーデンでは「ロックダウンにはエビデンスが無い」とロックダウンを実施しない、独自の緩やかな新型コロナウイルス感染症対策を取った。マスク着用も個人の判断とされ、市中でのマスク着用者は半数程と言われる。厳しいロックダウン政策を取るイギリスやフランス等の周辺各国と真逆の政策は、良くも悪くも世界中の注目を集めた。しかし、この政策の裏には、他国からは見え難い数々の規制があり、国民はその規制に従って粛々と行動した。その行動様式を見ると部分的ロックダウンとも言えるのだが、「集団免疫獲得を目指した」と誤解され、トランプ前大統領や各国首脳から非難された。スウェーデン公衆衛生庁幹部は「この戦略は法的な制限と自主的な行動の組み合わせであり、スウェーデン流の考えでは最高の組み合わせだと信じられている」と英国BBCの取材に対し述べたが、スウェーデン国王は「新型コロナ政策は失敗だった」と語っている。

 今回のように非常事態を認識した場合、最悪の状態を考慮した上で複数のシミュレーションを素早く想定し、迅速に行動に移す事が危機管理の鉄則だ。日本は経済活動の抑制を最低限にして自然免疫とワクチン接種による獲得免疫で集団免疫を確立しようと難しい舵取りを選んだ。これはGDP世界第3位の経済大国の責任でもある。中国のサプライチェーンは機能を失い、アメリカ経済は先行き不透明に陥った。日本はSARSやMERSの防疫成功の経験から、第2波で収束出来れば経済活動が再開出来ると踏んだが、初動防疫の基本である空港検疫が限界を超えた為、緊急事態宣言の解除と共に変異ウイルスを国内に蔓延させたと見られている。

 スウェーデンの初めての感染者確認は2020年1月下旬だ。この患者は武漢からの帰国者だ。2例目は2月下旬で、3月に入り一気に感染が拡大した。理由は人流の増加だ。

感染拡大は「スポーツウイーク」による人流の増加?

 スウェーデンには2〜3月に「スポーツウイーク」と呼ばれる独特の休暇制度がある。これは家族で一緒に旅行やイベントをして欲しいと言う目的で作られた休日で、主要都市毎に期間が異なり、少しずつ日程をずらした休暇日が決められている。この期間は日本のゴールデンウイークのように国民大移動がある。

 20年の「スポーツウイーク」では、多くの家族が不安ながらも感染拡大が続く北イタリアへのスキー旅行や海外へ出掛けた。ストックホルムの「スポーツウイーク」が終わった1週間後に、一気に50人を超える感染者が出た。その多くが北イタリアからの帰国者であった。その後、アメリカ、イギリス、オーストリアへ旅行した帰国者からも続々と感染者が報告された。WHOがパンデミックを宣言した3月11日にはスウェーデン中に感染が拡大していた。この為、感染拡大は「スポーツウイーク」が原因と言われた。

 20年、スウェーデンの人口10万人当たりの死亡者数は世界の13位と高いが、当初はその原因はロックダウンを取らなかった政策では無く、介護システムの脆弱性に有ると指摘した。その指摘通り、今回の新型コロナウイルスによる死者の90%以上が70歳以上の高齢者で、その死者の半数以上が介護施設の入居者だった。

コロナ禍で浮き彫りとなった介護施設の問題点

 スウェーデンの介護施設には、自宅で生活出来なくなった症状の重い高齢者が入居しており、半数が認知症を有し、基礎疾患を有する人も多い。

 過去のデータでは、介護施設入居者の20%が入居後の1カ月以内に死亡し、18カ月では約40%が死亡すると言われている。その為、新型コロナウイルス感染症拡大の中では、施設内の感染者の多くが重症化してしまい、病院へ搬送される事無く、その約30%が亡くなっている。

 又、スウェーデンでは医療と介護は基礎的自治体(日本の市町村に相当)が管轄しており、1992年に行われたエーデル改革により医療と介護の距離がより離れる事になった結果、介護現場に常駐する医師は無く看護師もわずかであり、提供される医療が決して良いとは言えないのが実情である。今回のパンデミックで必要になった酸素吸入機器の設備が無い施設も多く、多くの介護施設では酸素ボンベの使用だけだった。

 その上、介護施設で働くスタッフの約3割程度が政府からの補償が無いパートタイマーであり、公衆衛生庁から発出された自宅待機の指針に従わず勤務を継続する人も多かった。パートタイマーの中には移民労働者も多く、パートタイマーを介して感染した可能性も指摘されている。介護と医療の連携が不十分であり、介護現場にはパンデミック対策に必要な医療情報が共有されず、必要な医療資源も無かったと介護政策に対して厳しい見方がある。一方、医療面を見てみると、スウェーデンの人口当たりの病床数はOECD諸国の中でも少ないものの、今回の感染拡大の中で、大病院の殆どが国立病院である事から政府主導で感染症病床を上限なく増やす事が出来た。スウェーデンでは日本のマイナンバー制度に当たるパーソナルナンバー制度が確立されているため、死亡者数の統計は正しく迅速に出す事が出来る。スウェーデンの場合、新型コロナウイルスが直接的な要因でなくても感染が疑われる死亡者も数字に含めている。

 「スポーツウイーク」後に一気に感染が拡大したスウェーデンでは早期に感染追跡を断念し、PCR検査は入院が必要な中等症以上の患者に限って行うようになった。

 スウェーデンでは政治家や専門家グループに対する国民の信頼は厚く、憲法により保証された省庁等の専門家グループの独立性が非常に高い事が特徴だ。感染症法では公衆衛生庁の専門家が指揮を取る事が定められている事から、新型コロナウイルス感染対策でも政治の介入は許されない。

 日本では、直ちに「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」が結成され、海外での感染症対策に実績のある尾身茂氏が会長になった。他のメンバーも現場を体験している方々であり、研究職の感染症専門家が口を挟むものではない。しかし、この最中で学歴至上主義の日本の悪弊が露呈する事になった。有識者の中には専門外の分野にも口を出し、彼らの放言が現場に混乱を撒き散らす。自分の指摘が的外れであっても謝罪も撤回もしない。そんな輩がこの時とばかりに学問の自由や表現の自由、言論の自由を主張するのだが、間違い無く公共福祉の類に反する行為である。

ロックダウンをしなかったスウェーデンの結果

感染拡大に伴い、スウェーデン政府はICUの増床を決めた。よってピーク時でも満床になる事は無かったが、増床以外にも満床を防いだ理由が有る。それはICUの使用に関するトリアージだ。これによると、「80歳以上の患者」「70歳代で1つ以上の臓器障害を有する患者」「60歳代で2つ以上の臓器障害を有する患者」はICUの使用が出来ず、空床がある場合でも受け入れ拒否をされたケースが多くあった。その為、批判もあったが、新型コロナ感染におけるICU治療は長期間であり、トリアージを設けなければ、次々に入院してくる患者に対応出来ないと判断したと言う。

 スウェーデンの19〜20年の冬の超過死亡がマイナスだった事から見て、インフルエンザ等で命を落とす可能性のあった高齢者が新型コロナ感染で亡くなったと計上された為、より多くの死亡者を記録したと考えられている。

 しかし、21年8月15日迄の14日間の人口10万人当たりの感染者数はやや増加傾向にあるものの、死者数はEU加盟27カ国で最も低い。政府はこれを受け、9月29日に規制をステージ3から4に移行し、イベント等における人数制限は解除された。ワクチン接種も順調に進んでおり国内経済は新型コロナ禍前の水準に回復している。

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