「ダイエット」や「痩せ」を礼賛する社会に警鐘を
アニメ『忍たま乱太郎』等に出演していた声優の杉本沙織さん (享年58歳)が、10月21日に亡くなった。所属事務所によると、死因は「食思不振症に伴ううっ血性心不全」。 「食思不振症」とはいわゆる「摂食障害」の一種だが、それが58歳 の女性を死に至らしめた事に衝撃の声は大きい。
日本は世界的にも痩せている女性が多いと言われているのに、「もっと痩せたい」と考える若年層が増えていると言う。若年の女性が摂食障害を発症し慢性化してしまうと、無月経や骨粗しょう症等になるリスクが高くなり、将来の妊娠にも影↘響が出る。早期に治療を開始出来るように、しっかりとした治療環境の整備が急務だ。
業界誌記者によると、杉本さんは著名声優が多く所属する芸能事務所「青二プロダクション」 で活躍。「2017年に体調不良で声を当てていた仕事を降板したが、その後に復活した。もっと活躍出来る人だったのに、50代の若さで亡くなるとは」と衝撃を隠せない。
杉本さんが苦しんだ「食思不振症」とは、摂食障害の一種で、一般的には「拒食症」として知られる。10〜20代の女性に多く発症し、食べる事が出来なくなったり、逆に大量に食べては嘔吐を繰り返したりする。夜中に家にある食べ物を食べ尽くしてしまったり、大量の食料を買い込んでしまったりもする。多くの患者は病的に痩せているが、自分が痩せているという認識が無く、もっと痩せたいと感じたり、太るのが怖いと感じたりしているのも特徴だ。
「始めは軽いダイエットを始めたつもりが、成功した事から止められなくなってしまう例もある。家庭環境や人間関係に問題を抱え、それが引き金になる事もある。治療が難しく、慢性化する事↖もある疾患だ」と関東地方の精神科医は解説する。
この病気の怖い所は、「痩せ」が引き金になって、身体的にも精神的にも様々な不調を引き起こす事である。低栄養による臓器不全、電解質異常による不整脈等から突然死に繋がったり、鬱状態になって自殺を図ったりと、他の精神疾患に比べて死亡するリスクが高いとされている。
小学高学年の4割近くが「痩せたい」と回答
ところが、こうした摂食障害に悩む人達がコロナ禍で増えているという気になる調査結果が出た。国立成育医療研究センターの実態調査で、20年度に新たに拒食症と診断された20歳未満が、前年度より約1・6倍に増えた事が分かったのである。全国紙記者によると、「同センターは、新型コロナの感染拡大による外出自粛や休校が子供達にストレスを与えたのではないかと分析している」と言う。
親子共に在宅の時間が増え、家族内のトラブルが顕在化してストレスになったり、時間がある事からSNSに溢れるダイエット情報に触れたりした影響も否定出来ない。「最近では、TikTok等の動画投稿アプリで簡単に自分の動画を公開出来る事から、普通の子供でも昔より『見られる』機会が増えた。他の子と自分を比べたり、そうした動画を見た人から容姿を批評されたりする事もあり、体型を気にしてしまう機会は増えているのではないか」と都内の教育関係者は分析する。
又、新型コロナは飛沫に注意する必要がある事から、おしゃべりしながらの楽しい時間だった給食等の食事時間に黙食が求められ、「食事をする事がプレッシャーになってしまった事も考えられる」と指摘する専門家もいる。同センターが行った別の調査では、太っている小学生は増えていないにも拘わらず、小学4〜6年生の4割近くが「痩せたい」と考えている事も明らかになっており、「拒食症発症の低年齢化も懸念されている」(都内の小児科医)と言う。
摂食障害を発症した子供達が早期に医療機関に掛かり適切な治療を受けられれば良いが、対応出来る医療機関や異なる診療科の連携が少ない事も課題だ。都内の小児科医は「拒食症の治療には、脱水等に陥っている場合に緊急措置としての点滴や入院、食事指導といった生活指導の他、本人や家族のカウンセリング等の精神的なサポートも必要になり、時間も手間も掛かる」と説明する。
この医師によると、「乳幼児の場合は掛かり付けの小児科医がいる事も多いが、小学生になると医療機関に掛かる機会はぐんと減る。摂食障害を抱えても、そもそもどこの医療機関に掛かれば良いのか悩むケースは多いだろう」と言う。成人であれば、疾患や臓器等によって診療科が分かれているのが当たり前だが、主に中学生以下の子供は病気も外傷も「小児科」で診てもらう事が多い。
しかし、一過性の疾患と異なり、複数の診療科にまたがり、場合によっては入院治療も必要になる摂食障害は、対応出来る医療機関が限られると言うのだ。
「そもそも摂食障害の患者は自分が病気であるという認識が薄い。小児の場合は保護者無しに1人で医療機関を受診する事は難しく、診療先が精神科や心療内科になると、親にとっても子にとってもハードルが高くなってしまう」(同医師)。コロナ禍で医療者や病床の逼迫が起きた事も、悪影響の1つだろう。コロナ患者用に病床を増やした結果、精神・神経疾患の病床が減らされた可能性もある。
コロナ禍で自助グループの支え合いも困難に
低年齢化が指摘される一方で、冒頭の杉本さんのように、中高年でも病気に悩む患者もいる。患者の慢性化、高齢化は進んでおり、14〜15年の調査では、摂食障害の患者の20%が40歳以上だった。「摂食障害を引き金とした窃盗症による万引を繰り返した元マラソン選手がいたが、摂食障害は社会生活に困難を抱えてしまう病気でもある」と前出の精神科医。社会で独り立ち出来ないストレスが、更に回復の妨げになる悪循環にも陥りがちだ。「摂食障害は、アルコールや薬物等の依存症の併発が多い事も知られている。周囲の理解は不可欠で、治療に当たって家族や近親者の存在が重要になる」(同)。
しかし、そうした家族関係や近親者との関係にストレスが潜んでいる場合もある。摂食障害の当事者や家族の自助グループも存在するが、コロナ禍でそうしたグループに繋がりにくかったり、直接会っての支え合いは難しかったりする。グループの助けが、必ずしも回復に結び付かない事もある。
関東地方に住む40代の女性は、20代始めの頃に摂食障害を発症した。一時は依存症治療専門の医療機関に入院する等症状は悪化したが、今では仕事も出来るようになった。「真面目で完璧主義で弱音を吐けない人が、摂食障害になりやすいと言われている。そうした本人の特性は、本来なら社会の中で力を発揮するのに向いている筈」と女性。周囲が早めに異変に気付き、適切な治療に繋げる事で、長く病に苦しむ人を減らしていきたい。
同時に、痩せ過ぎを良しとしない社会を作る事も大事だ。ファッション誌『ヴォーグ』は2010年代に、拒食症でモデルが死亡した事を受けて痩せ過ぎのモデルを起用しない事を決めた。国内でも、日本摂食障害学会が痩せ過ぎモデルを規制するワーキンググループを設置。今後も、若年女性の痩せ過ぎに警鐘を鳴らし続ける必要があるだろう。
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