第2次岸田文雄内閣が本格政権に向けて動き出した。衆院選で絶対安定多数の261議席を確保しながら、番頭役の甘利明・幹事長が小選挙区で落選し幹事長職を辞するという、ほろ苦い船出である。一方、野党第1党の立憲民主党も辻元清美・副代表が落選する等議席を減らし、枝野幸男・代表が引責辞任した。「勝者なき戦い」と呼ばれた衆院選を振り返りながら、来年の参院選に向けた政局を展望してみる。
立憲躍進のつむじ風?
衆院選で躍進したのは日本維新の会だ。大阪府では19小選挙区で15議席を奪取した。残りの4議席は公明党が占め、自民、立憲両党は完全に締め出された。比例代表でも北海道ブロックを除いて議席を獲得し、全国政党への基盤を築いたとされる。
ただ、東京・永田町での評価はそれほど高くない。現代表の松井一郎・大阪市長も、現副代表で躍進の立役者とされる吉村洋文・大阪府知事も、次期代表就任に消極姿勢を示しているからだ。自民党中堅が語る。
「地方都市での実績はすごいと思う。ただ、国民政党として国会内で主導権を発揮出来るかと問われれば疑問だと言うしかない。松井代表は岸田政権に対しても是々非々で臨むと言っている。かと言って、立憲民主党と組む事もないだろう。結局、与党と野党の中間の〝ゆ党〟。政界に変革をもたらす存在にはならないのではないか」
立憲民主党幹部も同じような感想だ。
「維新は過去には50議席以上の時もあったが、今回は41議席。大阪独占で話題になっただけだ。安全保障政策等の右派政策で自民党の補完勢力になるのだろうが、それ以上でもそれ以下でもない」
立憲民主党若手はもう少し手厳しい。
「議席をいくら取っても、肝心要の大阪都構想は既に否決されている。てっぺんに上るとはしごを外される。維新という政党にはそんな宿命すら感じる」
与野党とも評価はイマイチだが、効率的に当選者を得る選挙戦術の巧みさは見習った方がいい。特に共産党と組んで失速した立憲民主党には学ぶべき点が多い。地方政治で目に見える実績を挙げ、信用を積み重ねた維新の行動力は軽んずるべきではないだろう。
維新躍進ですっかり隠れてしまったが、首都圏でも大きな変化が起きている。主役は選挙全体では敗れた立憲民主党だ。
顕著なのは神奈川県だ。自民党の甘利前幹事長の落選ばかりがクローズアップされたが、18小選挙区のうち、前回の2倍以上の7小選挙区で勝利している。菅義偉・前首相、河野太郎・党広報本部長、小泉進次郎・前環境相らビッグネームに加え、現職閣僚が2人もいる激戦地での躍進である。東京都も25小選挙区で8議席を取り、前回から倍増。埼玉県は15小選挙区で前回の1議席から3議席に、千葉県でも前回のゼロから4議席に増やしている。首都圏の1都3県では総勢22人が小選挙区を勝ち抜いているのだ。辞任した枝野代表が「それなりの手応え」と語ったのはこの事である。
神奈川選出の自民党中堅が語る。
「共産党との野党共闘は激戦の小選挙区ではものすごい力になった。しかし、比例票にはこれが結び付いていない。国民の共産党アレルギーが原因だろう。我々はそこを攻めた。〝立憲共産党〟キャンペーンだ。それで何とか生き残ったが、次は分からない。甘利さんは前回、ダブルスコアで相手を退けている。脇が甘いとか批判されているが、そうではない。大阪での維新の突風と同様のつむじ風が首都圏の各地で吹いたのだ」
神奈川県で小選挙区を勝ち抜いた立憲民主党の若手議員の参謀が舞台裏を明かす。
「小選挙区で1万6000票位の上積みがあった。激戦区でこの数字は大きい。ただし、問題も勃発した。政策や活動方法を巡って、共産系と連合系の内紛が勃発した。野党が勝ち抜く為だと、なだめ、すかしながらやったが、かなりしんどかった。論争は左派政党の常だが、実戦部隊相互の連携に課題が残った。ここを何とか乗り切れば、新たな展望に繋がると思う」
運動員同士がドンパチやりながら、小選挙区を勝ち上がったという事らしい。保守政党では考えにくい話である。見方を変えればとんでもない離れ技をやってのけていたという事である。危うさも漂う野党共闘だが、左派の習い性が克服出来れば大きな力になる事は首都圏の戦績が証明していると言えそうだ。
判官贔屓ついでに、もう少し、立憲民主党の可能性に言及する。女性議員の進出である。今回の当選者数に占める女性の割合は全体で9・7%。主要政党で見ると、女性比率の上位は①共産党20% 、②立憲民主党13・5%、③公明党12・5%の順だ。自民党は7・6%で立憲民主党のほぼ半分だ。国際社会で女性の社会進出の目安とされている30%にはいずれの政党も及ばないが、リモートワークが進むであろうアフターコロナの時代には女性議員の躍動が不可欠だとも言われている。来年の参院選に向け、立憲に再起の余地がありそうだ。
気になる神奈川トリオ
衆院選後のごたごたを整理し、岸田首相が英国・グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組条約第26回締約国会議に飛び立った頃、神奈川県では河野党広報本部長が小選挙区で獲得した21万515票が現行選挙制度で最多の得票を更新したとのニュースが巷の話題をさらっていた。
自民党総裁選で本命視されながら岸田首相に敗れ、閑職に甘んじている河野党広報本部長だが、地元の人気は絶大だ。衆院選の応援演説も引っ張りだこで、自民党公認候補と争う自民党籍を持った無所属候補の要請に応じて「ビデオレター」を送る離れ技までやってのけた。岸田首相が英国で取り組みの強化を表明した温暖化対策も、実は菅前首相の意向を受け、河野党広報本部長と小泉前環境相の〝神奈川トリオ〟が主導してきたものだ。
振り返れば、二階俊博・元幹事長の辞任要求から菅前首相の辞任、自民党総裁選へと広がった権力闘争の主要なメンバーは神奈川県に集中している。簡略に言えば、岸田首相に付いたのが甘利前幹事長、これに対抗したのが菅前首相、河野党広報本部長、小泉前環境相の神奈川トリオである。総裁選で神奈川トリオは敗れ、甘利前幹事長は権力を手中に収めたが、衆院選では甘利前幹事長が失墜し、神奈川トリオは河野政権樹立に向けて地歩を固めたという構図だ。自民党幹部が語る。
「神奈川の動静が気になるね。岸田首相が穏健なリベラル路線を進んでいる間は良いが、台湾情勢等にからんで安倍晋三・元首相らの右派路線に傾けば、神奈川トリオが動き出すかも知れない。これに二階元幹事長と石破茂・元幹事長が絡んでくれば、ややこしい事になりかねない。41議席を持つ維新の松井代表が懇意なのは菅前首相だ。来年の参院選前に政局が起こるとすれば、主導するのは神奈川という事だろうな」
絶対安定多数を握り、政権運営の主導権を確保したかに見える岸田政権だが、一皮むけば党内の不安定要因も垣間見える。政権基盤を盤石にする為に問われるのは、コロナ禍からの経済再生策や地球温暖化対策を着実にこなし、国民の信頼を勝ち得て行く事だろう。
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