薬剤師30万人の有効活用で医療の未来を考える
新型コロナウイルスは日本国内でも累計171万人が感染した(2021年10月)。後手後手となった日本のワクチン接種だが、ワクチン供給の遅れの他、接種会場の準備不足等も、諸外国と差が付いた原因となった。追い討ちを掛けるように第4波の拡大もあり、国内では政府が国民に方向性を示せず迷走した。
2021年5月7日、コロナの感染拡大が続く中、菅前首相は「1日100万回の接種を目指す」と表明。官民一体でワクチン接種を加速させる運びとなったが、ここでワクチンの打ち手不足の問題が↘生じた。従来のワクチン接種は医師又は看護師が行ってきたが、より多くの打ち手確保が急務となった。
政府は歯科医師や検査技師、薬剤師を打ち手の候補者とする事を検討したが、日本医師会の強い反対を受け頓挫。最終的に薬剤師は教育が不十分 と言う驚きの理由を持ち出した。そのような指摘を文部科学省はどう受け止めるのか。一方海外では、以前からインフルエンザワクチンの接種を薬剤師が行う国も多く、両者の違いが浮き彫りとなった。高齢社会の今、医療資源としての薬剤師の活用について考える。
日本の薬剤師の業務は、調剤・服薬指導・医薬品の管理に大きく分けられる。しかし、インターネットで情報が得られる今、単に薬の受け渡しや最低限の情報を伝えるだけでは薬剤師の存在価値は無いと言う厳しい指摘もある。
日本の薬剤師業務と薬学教育の現状
15年の規制改革会議では医薬分業の費用対効果の検証において、薬剤師による医療貢献が見えないと言う報告が出された。患者の約60%は、薬局で提供される医療に300円を支払う価値がない↖と考えており、薬の効きが悪い時や体調が悪化した時に薬剤師・薬局に相談する患者は、約6%しかいなかった。今日の薬剤師の業務内容では医療貢献度が低い事が数字で表された。
反対に海外では、薬剤師への業務権限委譲が行われ、幅広い医療業務が行われている。その1つとして、米国の薬剤師には処方権がある。病院毎にプロトコールは異なるものの、事前に定められたそれに基づいて処方が行われている。例えば、血中濃度によって投与量の調節が必要な薬剤では、投与中止や他剤への変更が必要な場合、医師へ連絡の上、薬剤師の権限で投与量の変更を行う。米国では重要な薬剤師業務の1つだ。
そしてもう1つが、ワクチン接種である。国際薬剤師・薬学連合が行った調査によると、16年時点で薬剤師による接種が行われている国は13カ国だったが、20年には26カ国に増加している。これはパンデミック前のデータであり、更に加速しているに違いない。
このような海外と日本の薬剤師業務における大きな差の原因として、薬学教育の違いがある。日本の薬学部は、より臨床的な教育時間を確保する為、06年から6年制に移行した。これまで不十分だと指摘されていたコミュニケーションスキルの学習や、臨床現場での実務実習時間が確保された。4年制時代の実務実習は4週間程度であったが、6年制では各々11週間となり大幅に増加した。又、医学部同様に臨床実習を行う前に「共用試験」を実施する事で、知識・技能・態度等の 一定の質が担保された。では薬学教育の問題点とは何か。
最初に挙げる問題点は、大学教育の国家試験対策への偏重がある。薬学部は国家試験合格率の高さが学生募集に大きく影響する事から、本来は研究に割くべき授業時間を圧迫していると指摘される。
次に、臨床的な授業や実習は増加しているものの、依然、有機化学等の創薬向けの化学に特化した内容が多過ぎるという点である。勿論、薬について深く理解する為には大切であるが、教育カリキュラムにアンバランスが起きていると言える。
そして、臨床面での高い知識を持つ教員不足がある。6年制に移行した際、多くの臨床系の薬剤師が大学に移籍したものの、その薬剤師が継続して実務に触れたり、研究を行う時間を十分に確保出来なかった事から、医療現場に即した臨床薬学教育が行われていない現状がある。
この薬学教育と臨床のギャップは、縦割り行政の影響もある。薬剤師の業務は厚生労働省の管轄であるのに対し、薬学教育は文科省の管轄だ。この状況の解決に向け、近年「薬学系人材養成の在り方に関する検討会」が設置され、理想的な薬学教育について検討が重ねられている。今後、国際化の中で日本の薬学教育の進化が待たれる。
薬剤師固有の知識を活かせる道を
薬剤師の専門知識は大きく分けて、薬理知識・薬物動態知識・製剤知識の3つである。薬剤師は薬の効能・効果を知るのみならず、体への作用を本質から理解し、作用に基づいた効果と起こり得る副作用も推測出来る。又、副作用に関係する事がある相互作用についても推測出来る。薬物動態知識は薬がどの程度で体から消失したり、効果を示すか等を考える上で大切な知識である。患者から先述のような質問をされた際、医師はこれまでの経験則から返答するが、薬剤師は薬物動態知識を元に返答する。
製剤知識も重要である。薬によっては、体内効果持続時間を長くしたり、副作用が起こりにくくなるよう工夫されているものもある。薬剤師はその薬は砕くのが良いか、1日何回で服用すれば良いかを的確に判断出来る。薬剤師にしかない知識は数多くあるが、患者にはその役割が正しく理解されていない。
厚労省は、薬剤師の活用法として「厚生労働省医政局長通知(医政発0430第1号) 『医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について』」を発信している。しかし、14年度の通知から現在まで、実現に至っていないものがある。
例えば、「薬物の血中濃度や副作用のモニタリング等に基づき、副作用の発現状況や有効性の確認を行うとともに、医師に対し、必要に応じて薬剤の変更等を提案すること」では、血中濃度や副作用に基づいて、継続分の処方オーダーを入力したり、次回血中濃度測定用の採血を薬剤師が仮入力し、医師が最終確認等を行うタスクシフティングがある。処方調節には、薬物動態や薬理知識に基づいた評価が必要で、薬剤師に適した業務と考えられる。
又、「薬物治療の経過等を確認した上で、医師に対し、前回の処方内容と同一の内容の処方を提案すること」では、事前に医師とプロトコールを決めておく事で、薬局薬剤師が患者宅の残薬数に応じた処方日数変更を行う事が出来る為、医師の負担軽減に繋がる。
他にも、「薬剤選択、投与量、投与方法、投与期間等について、医師に対し、積極的に処方を提案すること」では、患者の状態をより細かくモニタリングし、医師へ積極的に処方内容の変更を提案するとある。ポリファーマシーへの取り組みとして、定期的に服用している薬を見直し、漫然とした投与になっていないかを確認する事も重要である。
加えて、「患者のための薬局ビジョン」(15年、厚労省) では、健康サポート機能と高度薬学管理機能について言及がある。健康サポート機能は、地域のかかりつけ薬剤師として未病から在宅医療までトータルにサポートする機能である。顔の見える薬剤師として患者や国民から信頼を得る事を求められている。高度薬学管理機能は、薬剤師が主に病院の近くで、抗癌剤やHIV薬等の薬学管理を通し、高度な医療をサポートしていく事である。病院と地域の薬局を結び付ける機能も求められており、時に病院薬剤師と共に連携する必要がある。
これらは、既に海外では薬剤師の重要な業務となっている。海外の薬剤師は仕事を通じて患者や国民の信頼を勝ち得ており、なりたい職業・信頼出来る職業の上位にランクインしていると言う。日本の薬剤師数は約30万人と医師数に匹敵する。この巨大なインフラを有効に活用すべきだろう。薬剤師の専門的知識を活かすため、タスクシフティングを行う事で、患者の受ける医療の質が飛躍的に向上する事は間違いない。
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