ジェンダー不平等を抜け出す事こそ組織を多様化させ成長をもたらす
生物学的な性差ではなく、社会的・文化的な性差をジェンダーと言うが、これからはジェンダー平等の視点が無いと国家も企業も病院も成り立たない。2021年の世界経済フォーラム(WEF) のジェンダーギャップ指数で、日本は156カ国中120位と低迷しており、日本が諸外国のジェンダー平等化の流れに全く追い付いていないというのが現状である。
しかし、ジェンダーを巡る社会の目は少しずつ変わりつつある。森元総理は「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間が掛かる」と言う失言でジェンダー差別を露呈させてしまい、リーダーとしての立場を失った。又、20年にはファミリーマートのブランド「お母さん食堂」に対し、女子高校生がネーミングを巡って「料理を作るのはお母さん」と言う性別役割分担意識を固定化し助長しかねないと反対署名を行う等の動きもあった。どちらも、少し前までなら大きな問題にはならなかったかも知れない。この価値観の変遷を踏まえ、病院におけるジェンダー問題に関して考えてみたい。尚、ジェンダーについて考える際には、いわゆる男女のみならずLGBTQ+等の多様なジェンダー・セクシュアリティの人達の事も含めて考える必要がある。Gender equalityは 男女共同参画と訳す事が一般的であるが、ここではあらゆるジェンダーを包括するという意味も含めて「ジェンダー平等」と言う事にする。
病院で働く職員には女性が多く、女性を戦力に出来ない病院は業績を上げられないと言っても過言ではない。特に医療事務・看護師や薬剤師は女性が多い。
現在、女性医師は医師全体の2割程度であるが、増加の傾向にある。しかし、18年に女性医学部生入試差別問題が明らかになったように、女性に対する差別はいまだに存在する。
一方で、女性医師が働き易い環境を提供する事が重要と言われてきたが、「女性の為の」子育て支援を充実させ過ぎて、職員間の不公平感による対立が生じる事もある。男性も子育てを担う権利が有るが、女性程この権利を行使出来ておらず、育児休業もなかなか取得出来ない。対して、 女性は育児をしながら働いてもなかなか指導的地位に就く事が出来ない。これからは、職員全体の働き易さを向上させながら、ジェンダー平等を目指す高度な戦略が必要だ。
医学部入試に見る女子受験生への差別問題
18年には、東京医科大学が入学試験の点数を意図的に調整し、男子学生の割合が高くなるように女子学生の数を制限していたと報じられた。この男女差別は、日本中で議論を巻き起こし、海外でも報道された。他の大学も不正な試験を行っていたのではないかと論じたメディアもあった。文部科学省は、国公立大学・市立大学・私立大学を含む全81医科大学の調査を行った。18年12月14日、最終調査報告書が発表され、順天堂大学・北里大学・聖マリアンナ医科大学の3大学にも男女差別の疑いが有る事が発覚した。
東京医科大学のある入試関係者は、女性差別の理由を「女性は、妊娠や出産というライフイベントがあるので、業務に集中して、技術を高めて、将来的に大学や大学院を支える大事なポジションに就く者が男性医師に比べて少ない」 と述べたと言う 。又、順天堂大学の医学部長は、「女性は男性よりもコミュニケーション能力が高いので、このジェンダーギャップを調整する事が『公正』 だと考えた」と弁明した。
先ず、「女性は結婚や出産で業務に集中出来ない」と言う東京医大の入試関係者の発言について考えてみたい。男女雇用機会均等法という法律があり、結婚や出産を理由に雇用差別を行ってはならないと定められている。大学入試は雇用ではないが、医学部入学者の多くが医師国家試験を受験し医師を目指す事を考えると、結婚や出産を理由に入試を不合格にする事に合理性はない。又、入試における性差別は、日本国憲法の差別禁止規定(第14条)や教育を受ける権利(第26条)に違反する可能性もある。
次に、「女性は男性よりもコミュニケーション能力が高いので、このジェンダーギャップを調整する事が『公正』だと考えた」 と言う順天堂大学の説明について検討する。女性が男性よりもコミュニケーション能力が高いと言うエビデンスは乏しい。又、仮に女性のコミュニケーション能力が高いとしても、それは集団としての傾向であって受験生個人の問題ではない。実際に女性が男性よりもコミュニケーション能力が高いのであれば評価されるべきであり、それを理由に減点する事は理屈に合わない。差別を正当化する為の言い訳ではないかと評された。
医師国家試験の結果を見ると、1992年以降2021年まで、女性の合格率は常に男性を上回っている。この合格率の差に、入試差別の影響が有るのかどうかは分からない。試験の点数がそのまま診療能力に直結する訳では無いとしても、少なくとも女性の能力が低いとは 言えない。性別に関係なく個人を評価する事こそが重要なのだ。
しかしながら、医師を含めたコミュニティで、この入試差別について、必要悪である・やむを得ない対応である等と容認する声も上がった。本当にこの女子受験生差別がやむを得ない対応だったのかを次に検証したい。
女性の労働時間とアンコンシャスバイアス
16年、厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会」において、30〜50歳代の男性医師の仕事量を1とした場合、女性医師の仕事量は0.8と見積もられており、男性より少ないように見える。19年の日本外科学会会員に対するアンケート調査の解析では、男性外科医の週の平均労働時間(当直除く)が67.2時間、女性外科医は63.0時間と報告されており、若干女性が短いものの、法定労働時間が40時間である事を考慮すれば決して短い訳では無い。更に、女性外科医は男性外科医よりも家事・育児時間が長い事も明らかになっている。
同じく日本外科学会会員に対して17年に行われた別のアンケートによると、子供のいない男性、子供のいる男性、子供のいない女性、子供のいる女性が家事・育児に費やす1日当たりの時間は、それぞれ0.82時間、0.75時間、1.98時間、3.48時間だったと言う。男性は子供がいてもいなくても家事・育児時間が1時間未満で変わらないにも拘わらず、子供のいる女性は男性の4倍程度の時間を家事・育児に充てていた。
一般的に女性は家事・育児と言う無報酬のケア労働を負担する事が多く、この点を考慮しなければ医療現場で働く事が困難になる。一方で、いつまでも女性だけが無報酬のケア労働を担っている現状が望ましい訳では無いというジレンマもある。
実のところ、医療界だけでジェンダー平等を達成し、公平な環境を推進する事は難しい。日本社会全体が、ジェンダー不平等から抜け出せていないからであるが、対応可能なポイントを挙げてみたい。
まず、労務関係の法律に基づいた就業規則を粛々と運用する事である。就業規則には、育児・介護関係の休業・休暇・短時間勤務等の項目が含まれている筈なので、これを性別問わず適正に利用する事が出来れば労働者にとって働き易い環境になるだろう。
次に、この労務管理において、ジェンダー・ステレオタイプを極力排除する事である。ジェンダー・ステレオタイプとは「育児は女性の仕事である」等と言ったジェンダーに基づく固定観念の事だ。更に、このジェンダー・ステレオタイプは無意識に発せられる事もある。これをアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)と言うが、無意識で悪意が無いだけにたちが悪い。例えば、遅くまで働いている女性職員に「子供は大丈夫?」等と聞いてしまう事は無いだろうか。男性職員に同じ質問をする事は殆ど無いのではないか。「育児は女性の仕事である」という無意識の偏見がそこにある。逆に、育児休業を取得しようとする男性に「奥さんは何をしているのか」等と聞いてしまう事は無いだろうか。女性が取得する場合は「夫は何をしているのか」と聞く事は殆ど無いだろう。
このアンコンシャスバイアスを無くし、ジェンダー・ステレオタイプを乗り越える為には、どうすれば良いのだろうか。これは今から学んで知識として身に付けるしかない。価値観が多様化しつつある現在、医療界へのニーズも多様化している。医療を提供する働き手も多様化するのは必然である。「ジェンダー平等」の視点で多様な人材を戦略的にマネジメントする事は、組織の多様化と成長の為にも必要である。
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