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掛け声で終わった岸田首相の「新しい資本主義」

掛け声で終わった岸田首相の「新しい資本主義」
旧態依然たる政策を脱却し「分配」重視路線への転換を

旧態依然たる政策を脱却し「分配」重視路線への転換を岸田文雄氏を首班とする新内閣が誕生したと思ったら、旧態依然たる手法が早々に登場した。首相が法令によらず、任意に設置出来る懇談会や検討委員会等の私的諮問機関を乱造し、閣僚と委員が顔を揃えた最初の会合を鳴り物入りで報道させる。仰々しく取り上げるNHKのニュース辺りを見る事で、事情に疎い国民に時の政権の「やってる感」が印象付けられて行くと言う仕掛けだ。

 御用学者や政権与党のスポンサーの財界人、企業人を中心に委員を集め、政権の人気取りと政策のお墨付きに役立てば良い。時間が経過すれば直ぐに忘れ去られ、具体的成果が乏しいものであっても構わない。

 この手法を好んだのが安倍晋三氏で、第二次政権時代にはやれ「一億総活躍国民会議」だの「働き方改革実現会議」だの、「教育再生実行会議」、「再チャレンジ懇談会」だのと並べ立てた。それを真似てか、岸田氏がさっそく手を付けたのが10月15 日に発足した「新しい資本主義実現会議」なるもの。だが、不明な点が多すぎる。

 確かに岸田氏は9月の自民党総裁選から10月4日の総裁就任会見を通じ、「新しい資本主義」を掲げた。そこには、以下のように従来の自民党の発想には無かった大胆な内容が盛り込まれていた。

①「格差と分断を生んだ」アベノミクスから脱却し、「小泉改革以降の新自由主義的政策を転換」すると宣言。

②「成長による果実がしっかり分配されなければ、次の成長は望めない」とし、賃金引き上げ等による「分配の果実」を重視。

③自身の政策の目玉として、「令和版所得倍増計画」を発表。

④「金持ち優遇」「不公平」との批判が高い、一律20%という株式売却の利益や配当に課す金融所得税の改革。

「新しい」から掌を返す「二番煎じ」の資本主義

 ところが、10月8日の所信表明演説辺りを境に、これまで口にして来た内容があっと言う間にどこかに消えてしまう。「所得倍増計画」は早々と言及しなくなり、金融所得税は市場での株安を引き起こしたと見なされるや、「まずやるべき事が沢山ある」「当面は金融所得課税に触る事は考えていない」(11日の国会答弁)と、事実上撤回した。更に肝心の「分配」重視も、「成長無くして分配出来るとは思えない」(同)と言い出し、「分配」より「成長」を優先する従来型の経済路線に戻った。

 10月26日の「新しい資本主義実現会議」の初会合では「成長戦略で生産性を向上させ、その果実を働く人に賃金の形で分配する事で国民の所得水準を伸ばし、次の成長を実現していく」と発言したが、「成長と分配の好循環」とも呼ばれているこの政策は、2016年6月に当時の安倍政権が発表した「骨太の方針」で掲げられているものだ。何の事は無い。失敗に終わったアベノミクスの二番煎じなのだ。

 加えて、「最優先で取り組む課題」として、①デジタル化、②脱炭素、③サプライチェーンの強靭化を通じた経済安全保障を挙げ、11月上旬にも緊急提言の取りまとめを求めているが、これらは、特に「新しい資本主義」と直接関連しているとは思えない。そもそも岸田氏にとって「新しい資本主義」とは、何を意味しているのか理解に苦しむ。

 この種の私的諮問機関の例に違わず、「新しい資本主義実現会議」が最初から成果など期待されていない人気取りの道具でしかないのは、集められた「有識者」なるメンバーを見れば一目瞭然だ。日本経団連と経済同友会、日本商工会議所の財界3団体のトップが顔を揃えているが、彼らは「成長戦略で生産性を向上させ」たとしても、「その果実を働く人に賃金の形で分配する事」は拒み続けている既得権益保持者であって、そうした姿勢とは異質な筈の「新しい資本主義」に関心を示したり、ましてやその実現に向けた提言をする事など期待出来る筈も無い。他の企業経営者、有識者メンバーも同様だろう。

税制改革と派遣制度の見直しで「分配」の是正を

ただ、岸田氏が直ぐ撤回したとは言え「小泉改革以降の新自由主義的政策」の誤りを認め、「分配」を重視した政策転換の必要性を意識した事の意義については認める必要がある。このままでは、日本経済の衰退を回避することが出来ないからだ。

 そして「新しい資本主義」なるものを持ち出さずとも、現状を手直しするだけで「分配」を重視した経済の再生は可能だ。第一の課題は冷えたままのGDPの6〜7割を占める個人消費の拡大であり、その為には勤労者の所得を上げるしかない。

 1世帯当たりの所得(中央値)は、1995年の550万円から2018年の437万円へと下がり続けている。経済協力開発機構(OECD)が発表したデータでも、日本の実質賃金は1997年から2018年の間に8%も減少しており、このような異常事態は加盟38カ国内で他に例が無い。これでは個人消費が拡大する筈も無く、経済成長は見込めない。

 9月1日に財務省が発表した法人企業統計によると、資本金十億円以上の大企業(金融業・保険業を含む)の内部留保はコロナ禍にも関わらず20年度に300・7兆円となり、前年度から7・5兆円増額。比較可能な08年度以降、13年続けて過去最高額を更新した。その一方で、同年度の労働者1人当たりの賃金は、前年度比で1・2%減となっている。

 つまり日本経済は、「普通の資本主義」の他国には見られないような「分配」の不公平によって成長が阻害されていると言えよう。この意味で「分配」重視路線は重要であり、内部留保がいくら膨れ上がろうが頑として賃金アップや設備投資に回さない財界・企業経営者の姿勢は、当然問われざるを得まい。だが彼らを規制するような法的根拠が無い以上、やれる事は限られている。

 何よりも必要なのは、金融所得税に留まらない税制の改革だ。まず、第2次安倍政権下で3度も実施された法人税減税を元の水準に戻す事である。1990年に18・4兆円あった法人税収は2016年に10・3兆円にまで落ち込み、その穴埋めに、逆累進性が高い消費税を2度も上げて消費を冷やしたのは同政権の愚策の典型だった。

 同時に、税の「応能負担原則」に即して累進課税を再適用せねばならない。資本金百万円以下の企業の法人税負担率が15・9%であるのに、資本金百億円超の企業では11・7%等と言う不公平は撤廃する。儲けを貯め込むだけで還元しない財界には、税の適正負担で社会的責任を果たさせる為に「法人内部留保税」も検討すべきだ。

 税制改革以外にも「分配」の是正の為に取るべき課題がある。今や労働者全体の4割近く迄に達し、低賃金構造の温床となっている非正規労働者を減らすために、派遣制度の見直しは急務だ。全ては岸田氏の決断に掛かっているが、その力不足が早くも露呈してしまった。日本経済はこのまま衰退し続けるしか道は無いのだろうか。

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