武田薬品工業の株価が、暴落した。10月28日に、2020年11月2日以来の最安値(3258円)を更新し、3165円に迄落ち込んだのだ。最初は10月6日に前日の3567円から3340円迄下がったが、更に続落状態となった。当面、3500円台に迄回復する見込みは厳しいのではないか。それどころか、状況次第では更に最安値を更新しかねない。
原因は既に報じられているように、武田薬品が同月6日、日中でも突然耐え難い眠気に襲われる睡眠障害「ナルコレプシー」の治療薬候補の経口剤「TAK‐994」の第2相段階の治験を、「安全性に懸念が生じた」として中断すると発表した事だ。
主力商品のつまずきが与える影響
「ナルコレプシー」は根本的な治療薬が未だ開発されておらず、患者は世界で約300万人も存在すると言う。第1相段階の治験では良好な結果を得ており、この為厚生労働省から「先駆け審査指定制度」の対象品目に指定されていた他、米国食品医薬品局(FDA)から、重篤な疾患に対する治療薬の開発と審査の迅速化を目的とする制度であるブレークスルーセラピーと、罹患患者数が20万人未満で、治療法が無い疾患のみを対象とするオーファン・ドラッグ指定も受けていた。
この為、武田薬品にとって、「TAK‐994」と同じ成分で静脈注射用の「TAK‐925」と合わせ、実用化に向けた期待が極めて大きかった。一時は30億㌦(約3300億円)から40億㌦(約4400億円)の売上予測が飛び交い、更には「(武田薬品は)その他の睡眠障害を含めると最大60億㌦のポテンシャルがあるとみている。24年度までに承認取得を見込む品目の中では、最も大型の薬になりそうだ」(『日経ビジネス』電子版21年8月5日号 「武田薬品のリストラの舞台“湘南研”、再び革新の揺りかごに」)という見方も。
大ヒットを意味する「ブロックバスター」は年間売上高で1000億円だから、60億㌦(約6600億円)の商品が誕生したらどれだけプラスになるか計り知れない。しかも周知のように武田薬品社長のクリストフ・ウェバーは、「21年度は最大6つの新薬で承認を申請し、22年度上期までに5件の承認を取得。30年度までに売上高5兆円、営業利益1・5兆円の達成」という大胆な目標を立てている。そこにおいて新薬の主力になり、かつ承認に向け最も現実性が高いと見なしていたのが「ナルコレプシー」治療薬の「TAK‐994」と「TAK‐925」だったのだ。
武田薬品は10月末の段階で開発自体の中止を発表していないが、このウェバーの構想の大前提がほぼ崩れてしまったのは間違いない。一方で、創業家筋で構成する「武田薬品の将来を考える会」が、既に20年12月に発表した武田薬品の「R&D説明会」に対する「見解」で、次のように過度の楽観視を諫めていたのは、今にして思えば特筆に値しよう。
「タケダのナルコレプシー治療薬はTAK‐925(注射剤)がフェーズ1を終了、TAK‐994(経口剤)は登録症例数202例を目標とするフェーズ2試験段階にある。完了するのは21年5月の予定、フェーズ3試験にも着手していない段階であり、現時点での予測がぶれることもありうる。この点について、詳細な開示がないのは残念である」
つまり今回、第2相段階の治験完了予定が5カ月もずれ込んだ挙句に中断に至った訳だ。ウェバーが大風呂敷を広げていた割には苦戦の程が窺えるが、いずれにせよ、最も商品化の可能性が高く、最大の有望プロジェクトとして位置付けられていた品目すらこうした結果になった以上、武田薬品にとって最大のアキレス腱である自前のパイプラインの枯渇がいよいよ深刻さを増して来た。特に以前から指摘されている24年以降の「特許の壁」が、更に重くのしかかって来ざるを得ない。
今や武田薬品の経営を支えている2大支柱である多動性障害治療薬「ビバンセ」(19年度の売上高約2741億円)と「エンティビオ」(同3472億円)の特許が、24年に切れる(「エンティビオ」は欧州では26年)。今後、6000億円以上の売り上げを穴埋めする商品を生み出せない限り、ウェバーの構想は水泡に帰してしまう。それどころか、更に新薬のパイプラインが先細りでもしたら業績が落ち込み、武田薬品の屋台骨が揺らぎかねない。
同時に、今回の治験中断は、改めて武田薬品の創薬能力の乏しさを浮き彫りにする事になりそうだ。元々「ビバンセ」は、買収したアイルランドのシャイアーの製品で、「エンティビオ」もやはり買収した米国のミレニアムが開発した。稼ぎ頭の商品ですらもう自前では開発出来なくなっている武田薬品は、1990年代に上市した「ブロックバスター」である抗潰瘍薬「タケプロン」と高血圧薬の「プロプレス」、そして糖尿病薬の「アクトス」、前立腺がん薬「リュープリン」以降、1つとしてヒットした自社製品を持てないでいる。
だが、「TAK‐994」と「TAK‐925」によって、そうした長年の汚名をそそぐ事が出来る筈であった。しかも既に研究開発の主力が米国のボストンに移ったにも拘わらず、日本の地において。同時に、武田薬品の研究開発体制自体の悪評を返上出来る可能性も秘めていた。
現状で株価を浮上させる決め手無し
神奈川県藤沢市の「湘南ヘルスイノベーションパーク」。元々は、武田薬品が「東洋一」という触れ込みで11年に開設した旧「湘南研究所」の成れの果てだ。当初は「研究の総本山」と位置付けられていたものの、人員を半減させた2度のリストラを経て、いつの間にか他の有象無象のベンチャーや製薬会社も同居する、外部には位置付けが不明な「パーク」に変身した。
だが、グローバル化で研究開発の主流から外されたこの施設で、武田薬品内で最有望視されていた「TAK‐994」と「TAK‐925」の研究が進められていたとあっては、テレビドラマのストーリーの様な展開で注目されない筈が無かった。勝手に国内の研究体制を事実上形骸化させておきながら、ウェバーも一転して「15年から取り組んできた研究開発組織の変革の努力の成果だ」(前述『日経ビジネス』記事)等と言い出したものだ。
しかし、全ては空しくなって来た。ボストンであれ藤沢であれ、今の武田薬品は24年以降の主力商品を生み出せる展望が事実上無いに等しい。今後、株価を浮上させる材料についても同様だ。それとも、シャイアー買収に伴う4兆円以上の有利子負債を未だ抱えながら、再び大型買収路線に走り出すのだろうか。
最近の東京地検特捜部による、日大の田中理事長逮捕の記事は、多くの国民に、日本に特捜部ありとの感を抱かせたことでしょう。特に、取り巻きにより銀行から引き出されたお金の番号が、田中さん宅の金庫にあったお金の番号と一致した、との新聞記事には思わず声を出して笑ってしまった。
最近のC.ウエーバーによる武田薬品の経営は問題だと思う。
ピーク時年間売上高6,000億円とも言われていたナルコレプシー関連治療薬の開発中止に伴い株価が急落し、ダイヤモンド誌や東洋経済も、「PBR1倍割れ」と武田の株価が解散価値を下回ったことを大きく報じている。
また、前のCEOであった長谷川閑史の時代から、これ程までに長期に渡り、実質的(営業利益を無視したという意味で)なタコ配を続けている上場企業が、かつて日本に有ったであろうか?
その高額なタコ配を続けるためもあり、武田の代名詞とも言える大阪商人の堅実経営を基盤とした卓越した経営陣や、愛社心旺盛な従業員の、長年の汗と努力の結果、日本を代表する優良企業の一つとなった武田薬品の、その膨大な優良資産を売却し続け、現在では、見るべき売却可能大型資産も底をついたと言われている。加えて、シャイアーの買収に伴い発生した膨大な借金返済について、ウェバーのバラ色の説明に納得している者が、果たして何人いるのだろうか?
こんな状況にありながら、ウエーバーを始めとする経営トップの報酬は、誰もが首を傾げる程の、非常識極まる高額なものである。
私には一種の経済的犯罪行為とも見える、ウエーバーや坂根氏による現在の武田薬品の経営に対して、企業経営に関心のある多くの識者が疑問を感じているのではないかと思うのは、僭越であろうか?