先日、コンタクトレンズを新調するため立ち寄った眼科の待合室のテレビで、数年ぶりにワイドショーを見た。緊迫した表情のリポーターが、成田空港から何かを伝えていた。
「何だろう。ハイジャックか」
胸がざわついた。だが、杞憂だった。次の瞬間には、舌打ちしたいほどの嫌悪感が込み上げてきた。画面上部の字幕に、こう書いてあったのだ。
「小室圭さんまもなく帰国」。だから嫌なのだ、マスゴミは。
新聞社を早期定年退職して、もうすぐ4年になる。視力や記憶力の衰えは年々強まるばかりだが、メンタルヘルス的にはずいぶん健康になった。テレビに包囲された環境から逃れ、どうでもいいニュースに心をかき乱されずに済むようになったからだ。
特にワイドショーは、些末な話題までも「地球の終わり」であるかのように煽り立て、視聴者のメンタルを揺さぶってくる。昔、親たちからよく「テレビを見るとバカになる」と言われたものだが、低俗極まりないワイドショーの類は、まさにその通りだと思う。
適切な情報は、生きるために欠かせない。しかし、目や耳から過度の情報が入り続けると、心までも異様に揺さぶられていく。逆に言えば、不必要な情報を遮断することで、メンタルヘルスは守られることになる。
KP神奈川精神医療人権センターで、電話相談ボランティアをしている50代の男性「ヨッシー」は今夏、奮発して最新のノイズキャンセリングイヤホンを買った。これを使うと、通勤電車内でも騒音が全く聞こえず、再生中の音楽に集中できるという。更に、このイヤホン効果で服用薬まで減らせたという。
ヨッシーは統合失調症と診断されている。精神保健福祉士の資格を取り、福祉作業所などに勤務しているが、電車通勤に苦痛を感じていた。
「電車内の赤の他人の会話が、まるで私の事を話しているように感じてしまうのです。自分で『妄想』と分かってはいるのですが、いざその場になると、否定できない事実になってしまいます。勿論、妄想ですので事実とは異なります。分かっています。でも、自動的にそう考えてしまうのです。誰が何と言おうと、私にとっては、その考えは正しいのです。ですので、とても辛いです」
このような症状に対し、主治医が約20年前に追加したのが、ベンゾジアゼピン系抗不安薬ジアゼパムだった。それでも、車内の妄想が完全に消えるわけではない。ベンゾは依存性の問題もあるため、「できれば飲みたくない」とヨッシーは考えていたが、主治医は薬以外の対処法を示せず、ベンゾ処方が続いた。
この閉塞を突き破ったのは、ヨッシーの閃きだった。今夏、ノイズキャンセリングイヤホンの解説動画を偶然目にして、こう思ったのだ。
「主治医が以前に『あなたは聴覚過敏のせいで妄想が出る』と言っていた。だとすれば、これで車内のノイズを消せばいいのではないか」。効果はてきめんだった。そして、主治医に相談してジアゼパムの減薬を進め、ついに断薬に成功した。こうした患者たちの貴重な体験談に、医療者はもっと耳を傾けるべきだ。治療の最適解は、薬だけではないのだから。
ヨッシーは今、電車通勤を楽しめるようになった。
「以前の私は、電車の中で常に緊張していたので、居眠りとは縁遠くて、できる人が羨ましくて仕方なかった。でも今は、居眠りもできるようになったので、乗り過ごしそうになるスリルを味わっています」
LEAVE A REPLY