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未来の会

第136回「倫理的・道徳的」な企業を自称する厚顔無恥

第136回「倫理的・道徳的」な企業を自称する厚顔無恥

 いつの世も「ジャーナリズム」を標榜するかどうかは別にして、商業誌とあらば「営業上の配慮」から特定の大手企業のヨイショ記事でも出さないとやっていけない事情はあるのだろう。だが、あまり度が過ぎると企業の広報誌と差別化が難しくなりはしまいか。『日経ESG』の8月12日付記事を見て、そう思った読者がいても不思議ではない。何しろタイトルが、「武田薬品工業・クリストフ・ウェバー社長『モラルある組織で人々の健康に貢献』」ときた。

社員にはリストラ、自分には巨額報酬

 武田薬品は昨年8月に、30歳以上という大企業にしては異例の条件で、国内営業部門を対象に希望退職者を募集した。その結果、MR(医薬情報担当者)を中心に300〜500人が会社を去った模様だが、「実質的な退職強要」という社内の怨嗟の声が漏れ聞こえたのはいくつかのメディアで紹介された。

 そして、またもや今年も武田から恨み節が聞こえてきそうな気配だ。「国内製薬最大手の武田薬品工業が新型コロナウイルスの感染が拡大して以降2回目となるリストラを検討している」(『週刊ダイヤモンド』8月26日号電子版)というからだ。

 周知のようにウェバーは2014年の入社以来、自身の報酬を上げ、薬品業界どころか、今年の『役員四季報2022年版』(東洋経済新報社)によると上場3831社の役員中、3位の18億7400万円を懐に入れている。昨年は、20億7300万円だった。

 このため、創業家筋の「武田薬品の将来を考える会」が株主総会でしばしば問題にし、今年もウェバーの報酬について「(米国の)ファイザー社CEOとほぼ同額であり、グローバルでも最高水準です。一方、TSR指標(株主総利回り)はウェバー氏在任の6年間で年率マイナス3%であり、グローバル企業の平均値であるプラス7%とは比べようもない数字です」(事前質問より)と疑問を投げ掛けている。

 『日経ESG』の記事はインタビュー形式だが、同誌の「発行人」だという質問者が報酬の問題に触れなかったのは、ここでは問わない。だが、30代というこれから中堅に育つ世代の社員にまで「実質的な退職強要」を強いておきながら、トップが不相応にも「グローバルでも最高水準」の巨額報酬を離さないような会社が、本当に「モラルある組織」だとでも思っているのかどうか。

 百歩譲って、ウェバーが武田に盤石無比な経営をもたらした卓越した役員であるならば、まだ「社員にはリストラ、自分は巨額報酬」のアンバランスを大目に見るぐらいの余地もなくはないだろう。だが、少なくとも市場で、ウェバーがこれまでに何か目に見える結果を出したとみなす向きは乏しいはずだ。

 記事中でウェバーが誇らしげに語るように、「アイルランドの製薬大手シャイアーとの統合」を果たしたのは確かだ。だが、次のような事実もある。「連結決算の営業損益に占めるシャイアー関連は19年3月期が2339億円の赤字。20年3月期が6783億円の赤字、21年3月期は4198億円の赤字と水面下に沈んだままだ」(インターネットサイト『Business Journal』9月23日付「武田薬品、日本最大の買収は失敗だったのか?」)

 これでは、何のために現在も4兆円以上の巨額有利子負債にあえぎながらシャイアーを買収したのか分からない。当然、現時点での買収の評価も未定だろう。同じく、ウェバーの評価もだ。しかも本人は「(シャイアー買収の)負債削減のための大規模な事業売却も果たし」等と胸を張る。

 だが、一体いつになったら黒字化するのか分からない会社の買収のために、「アリナミン」や「ベンザ」といったまだ十分利益が出ていた大衆薬の子会社、武田コンシューマーヘルスケアすら外資に売り渡し、もう売却出来る目ぼしい「事業」も資産も枯渇させるようなやり方が、自慢話になるのか。

 生身の人間を切るリストラが、言われているようにこうした「事業売却」と同様に「負債削減」目的のためであるならば、本末転倒もはなはだしい。少なくとも「モラル」と無縁でなければやれない企業の、荒業であるに違いない。

「負債削減」で何とか保ってる体面

 一方で、企業業績がパッとしなければ役員の資質が問われ、「モラル」を云々する余地は狭まる。ウェバーは「21年は既に4件の新薬を申請済みで、さらに2件の申請を予定しています。新しい段階に入ったという意味で変曲点と言えます」と誇らしげだが、何件「申請」しようが、承認されて利益を生まなければ、これも評価のしようがない。

 ウェバーの在任期間を考えれば、この面で評価の材料にするのは酷かもしれないが、それだけ自分の業績を語る事の出来る材料が乏しいからではないか。何しろ、これまでウェバーが手掛けた武田の自前のヒット商品など生まれてはいないのだから。

 しかも、今年度第1四半期の武田の売上収益は9496億円で、増収率は18・4%。20年3月期第4四半期以来、四半期増収率がプラスに転じたのは5四半期ぶりだが、何の事はない。この4月に、武田は「ネシーナ」等糖尿病治療薬4製品を、帝人ファーマに1330億円で売却したからだ。その額は増収率18・4%のうち16・6ポイントを占めるから、「負債削減」で何とか体面を保っているにすぎない。

 自慢めいた題材が早々と尽きたためか、記事では掛け合い漫才よろしく、インタビュアーが「以前、武田のことを『モラルの高い会社』と表現していました」等と水を向ける。その答えがふるっている。

 ウェバーによれば、「武田は創業から引き継いできた『誠実:公正・正直・不屈』の精神をベース」にしており、「歴史に裏打ちされたこの価値観が、倫理的・道徳的に正しいことをするよう従業員を導いています」とか。

 これまでことごとく提言を無視されている創業家側がこれを聞いたら、どんな顔をするだろう。繰り返すように昨年からの2回のリストラのみならず、果たして武田が自称するようにこれほど高潔にして「倫理的・道徳的」な企業なのかどうか、判断材料には事欠かない。

 工場の管理不備で抗がん剤「リュープリン」の供給停止を引き起こし、医療現場で大混乱を引き起こすような最近の不祥事にしても、武田がウェバーの吹聴するような会社であれば、案外避けられたのではないか。

 この記事が、パブ記事であれば話は分かる。だが、少なくとも「玄人」相手には何も説得力がないのは、相も変わらず3700円前後を低迷(9月末現在)している株価一つ見ても、明らかなような気がするが。           (敬称略)

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