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未来の会

コロナ禍でバーンアウトする医師たち

コロナ禍でバーンアウトする医師たち

 とある自治体の役所で非常勤産業医をしている。常勤の統括産業医のもと、主にメンタル面に関した産業医業務をするのが私の仕事だ。

 よく知られているように、いまは時間外・休日労働時間が月100時間を超える従業員については、産業医面談が義務とされている。毎回、そんな長時間労働者の面談も行っている。

 その中には、医師として保健行政に携わっている人たちも含まれており、特にコロナ禍となってから、そのドクターたちの労働時間はとてつもなく増えた。

 昨年のうちは、彼らの士気は高く、面談しても特に問題は感じられなかった。これまで公衆衛生や疫学を学んできて、いまこそその知識をフル稼働させて感染症対策に取り組もう、という意欲も感じられた。私にしかこの仕事をできる人はいないと思えていたからだ。

長時間労働に医療逼迫で心身の故障も

 ところがここに来て、そんな長時間労働の行政ドクターたちの顔にも疲れの色が濃くなってきた。あるドクターは面談室でこう語った(プライバシーに配慮して内容は大きく変えてある)。

 「行政検査で陽性となった住民がどう療養するかを判断し、調整するのが私の仕事ですが、とにかく発生件数が多くて追いつかない。それにどこの病院もコロナ病棟は満床で、入院が必要だと思われるケースでも、なかなか調整ができない。やむなく自宅療養してもらい、訪問診療医などを依頼するが、それさえ手が回らない場合がある。そういう人の容態が悪化し、何十件、病院にあたってもすべて断られてしまう……」

 もちろん、そんな経験ははじめてだという。これまで医師としてキャリアを積み、さらに保健所や役所で保健行政に携わってきて培ってきた自信やプライドは、むなしく崩れていく。

 朝になると睡眠不足とむなしさ、やむなく自宅療養する人たちの心配で、仕事に出かける気力もわいてこないほどの疲れを感じる。しかし、部下の行政職の職員もみな疲れ、中には心身の故障で休職している人もいるので、自分が休むわけにはいかない、と重いからだを引きずって出かけるのだという。

 また、深夜や土日も救急車から入院調整を求める電話がひっきりなしに来る、とやつれた顔で話してくれた医師もいた。しかも、調整がうまくいかず、「結果」が得られない事も多い。

 われわれ医師は、研修医時代から多忙な生活を送り、少々の睡眠不足や疲労には耐えられるようになっている人が多いと思う。私は若い頃、先輩にこう言われた。

 「そのうち2時間ずつ、1時間ずつの細切れ睡眠もできるようになる。当直で起こされて難しい処置をしても、そのあと朝まで30分眠る。やりがいさえ感じられれば、それでなんとかなるものだ」

 ところが、いまは入院先も見つからず、その達成感ややりがいが感じられなくなっているのだ。これが続くと、「燃えつき状態(バーンアウト)」と呼ばれる急性ストレス反応が起きる危険性もある。燃えつき状態は、以下のような症状で構成されている。

 (1)情緒的消耗感

 感情がすり減り、思いやりの気持ちややさしさを持ちづらくなってくる。あるいは、そういった感情を少しでも抱くだけで、ただならぬ疲れを感じてしまう。無性にハラが立ってイライラして怒鳴ったり、そうかと思うと泣き出したり、情緒不安定に陥ることもある。

 (2)脱人格化

 情緒的消耗感が出現してもさらに仕事を続けると、それ以上のエネルギーの枯渇を防ぐため、「なにも感じない」という状態を作ることで自分を守ろうとする。仕事の相手や同僚をモノのように見る「脱人格化」が起きる。完全に相手を無視したり、思いやりのない冷たい対応を行ったりする。

 (3)個人的達成感の低下

 「情緒的消耗感」や「脱人格化」によりますます仕事の質が下がり、成果を上げたり、それによって達成感を得たりすることができなくなる。疲労もあって仕事にやりがいを感じられなくなり、投げやりな態度を取る。職場に来る気がなくなって逃げ出したり、強い疲労感から起き上がれなくなって休んだりもする。

「エネルギーが根こそぎ奪われる」状態に

 このように単なるうつ状態というより、まさに木材が燃えてしまって灰になるかのように、「エネルギーが根こそぎ奪われる」という状態になるのがバーンアウトである。

 このプロセスが進行を始めると、自分でも何が起きているかわからなくなり、「いま必要なのは休むことだ」といった正常な判断ができなくなる。私が面談をした医師の中にも、「自分が疲れているかどうかもわからない」と語る人がいた。

 また、周りもこの概念を知らなければ、「前は優しい人だったのにピリピリしている」「最近やけに冷たい」とその変化をやっかいなことだととらえ、関わるのを避けるようになることもある。

 もちろん、私がいま面談している行政ドクターたちすべてがすでにこのプロセスに入っているとは言えない。ただ彼らは、「情緒的消耗感」や「脱人格化」の結果としてではなく、医療崩壊に近い状態がもたらす「個人的達成感の低下」をまず感じ、そこからさらに疲労感や消耗感を感じる、という変則的な燃えつきのプロセスに入りかけているようにも見えるのだ。

 もちろん、開業医でコロナ診療にも関わっているドクターや、病棟でコロナの入院患者をケアしているドクターにも同じことがいえる。つまり、やってもやっても「結果」が手に入らないという達成感の低下は疲労を倍増させ、エネルギーをさらに枯渇させ、燃えつきのプロセスを促進してしまう危険性があるのだ。

 だからといって、すぐに解決の方法はない。私はその自治体の役所で、「コロナ関連業務についている人は、交代で月に一度でも3連休を取得できないか」という提案をしている。強制的に現場から離し、とにかく心身を休養させることでしか、このプロセスを止める手立てはないのである。しかし、もちろん人事課などは「むずかしいです」のひとこと。

 本質的な解決は、感染者の減少でしかもたらされないことは当然だ。とはいえ、それまでの間、医療従事者、特に医師たちのバーンアウトを防がないことには、コロナとの闘いも難しくなってしまう。

 また、もしその自治体で「強制的3連休」が実施され、なんらかの成果が上がったら、ここで報告したい。国民の命を守るためにも、医師を燃えつき状態から守らなければならない。それは行政ドクター、病院勤務医、開業医みな同じだ。私は強くそう思っているのだ。

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