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未来の会

コロナ治療薬でも一歩抜け出し光る中外製薬の「底力」

コロナ治療薬でも一歩抜け出し光る中外製薬の「底力」

ロシュ提携下支え、中分子強化で創製力に磨き掛ける

中外製薬が再び脚光を浴びている。日本メーカーが後れを取る新型コロナ治療薬で同社製品の承認が相次ぐからだ。

 7月19日、「抗体カクテル療法」の名で知られる「ロナプリーブ」が国内承認された。申請からわずか3週間の特例承認だ。米国では既に昨年11月に緊急使用許可(EUA)、欧州でも今年2月に当局の推奨が出ている。元々は米リジェネロンが創製した2つの抗体薬を同時に入れる注射剤で、リジェネロンと共同開発するスイスのロシュから中外製薬は日本での独占的開発販売権を獲得した。

 プラセボ(偽薬)に比べ入院・死亡のリスクは70%低下、症状消失にかかる期間も4日短縮するデータが国際治験で出ている。軽症や中等症の患者のうち、糖尿病に罹患している等の重症化リスク因子を持ち、酸素投入を必要としない人が対象になる。軽症対象のコロナ治療薬では世界初承認となる。発症から7日以内に投与すれば治療効果は大きく、社会的にも入院患者を削減し医療逼迫を改善出来る。菅義偉首相が会見で「明かりが見え始めている」根拠として、ワクチン接種普及とともにこの薬を取り上げて強調する所以だ。

 当初は入院患者に限るとしていたが、その後に外来や宿泊療養でも一定条件下ではあるが使用を認めるようにした。入院が出来ず自宅療養等を余儀なくされる患者が日ごとに膨らむ日本で、この薬の使用場面が増えるのは間違いない。今回の承認は点滴静脈注射としてだが、米国では皮下注射や予防的投与でのEUAも得ている。国内でのこの適用での承認申請も今後視野に入る。実現すれば利便性は増し、使用拡大も間違いなしだ。

 この1カ月前の6月には米国でコロナ治療薬としてのEUAが「アクテムラ」に下りた。7月には世界保健機関(WHO)がガイドラインでの使用推奨、英国政府も年初に使用推奨済みだ。中外製薬は2021年内に国内承認申請する予定のため、22年にも日本での承認発売の目が出ている。

「アクテムラ」にも追い風

 アクテムラは中外製薬が創製した関節リウマチ等の抗体治療薬。05年に承認され、中外製薬がロシュを通じて初めて全世界に送り出した大型薬だ。海外販売はロシュが担当し20年の全世界販売額で約3300億円にまで成長した。前年比32%の急増だが、臨床現場で適応外使用されるコロナ中等症・重症患者の肺炎症治療向けの需要拡大が伸びを牽引した。今年1〜6月も世界販売は17%増の約1950億円と高成長が続いている。

 コロナ感染勃発とともにロシュが真っ先にコロナ治療向けに複数の国際治験を行ってきたのがこのアクテムラだ。治験ごとの有効性等データがまちまちで承認が下りなかったが、4つの治験の有効性データを基に米国が待望のEUAに踏み切ったのは中外製薬には今後の追い風になる。

 コロナ治療薬では更にもう1つ、経口抗ウイルス治療薬「AT‐527」の開発が進んでいる。最終段階の国際共同治験3相中だが、日本では中外製薬が参画する。22年前半にデータが出て国内申請、早ければ22年内の承認・投入という見方も早々と市場からは出ている。軽症患者対象の飲み薬なので在宅使用が可能で、ロナプリーブよりも更に使い勝手がいい。要するにロナプリーブ以上の利用患者数・市場拡大が有望視される。これもロシュが米バイオベンチャーのアテアから導入した開発品だ。

 02年以来のロシュとの提携がもたらすメリットは絶大だ。製薬世界首位企業の強大なエンジン(資金力・販売開発拠点網・当局ネットワーク)を最大限活用出来るからだ。具体的にはロシュが開発した様々な薬を国内にいち早く導入出来経営の安定性が出る。膨大な金の掛かる後期の国際治験、グローバル販売もロシュの資源を借りて迅速に実現出来る——。世界でも稀有なこのビジネスモデルの強みは、中外製薬の長期収益成長をもたらしたが、今また世界が熱視線を注ぐコロナ治療薬の開発でも中外製薬に桁外れの僥倖を与えている。

 上場維持、経営の独立性保証等ロシュが中外製薬に破格の厚遇を授けるのはむろん無償ではない。アクテムラに代表される中外製薬が創製する有望大型薬をロシュが得られるからだ。お互いウィンウィンのメリットがあるという事であり、その意味で中外製薬の最終的な力の源泉は、良い薬を生み出す創薬力に他ならない。

開発・製造で中分子強化を加速

 今年始動した新成長戦略はこの創薬力に更に磨きを掛けるものだ。R&D(研究開発)の生産性を倍増し、30年までには「自社創製品を毎年1つ上市する」と奥田修社長は事あるごとに強調する。武田薬品工業等の日本の製薬大手でもこんな高い目標を掲げている会社はない。中外製薬の視線の先にあるのはもはや国内ではなく世界であり、ライバルはメガファーマだ。それが「世界最高水準の創薬の実現」を掲げる、中外製薬の長期ビジョンの本質に他ならない。

 これを実現するための手も矢継ぎ早に出ている。藤枝工場では22年稼働で低・中分子医薬品の原薬製造棟(FJ2)建設中にもかかわらず、更に新しい原薬製造棟(FJ3)を新設するとこの7月に発表した。キーワードは中分子の開発力強化に他ならない。抜群の力を誇る抗体医薬、基本の低分子に続き、中外製薬が次の柱、第3の創薬技術に育て上げようと挑む分野だ。新棟は少量で高い効果を得られる高薬理活性剤等の中分子薬の後期治験薬や商業生産初期を担う。複数製造ラインを設ける最新鋭の製造設備に、投資額は製造分野では同社過去最高の555億円だ。「中分子への(中外製薬の)期待が大きい事を示す具体的な投資として理解してほしい」と奥田社長も語る。年内には中分子で初の治験入りがある。初期商業生産を担う新棟稼働予定が25年3月という事も考えると、まだ見えないながら中外製薬が中分子医薬品でいよいよ実用化一歩手前に来ている事だけは言っていいだろう。

 もちろん研究開発の強化にも攻めの姿勢は鮮明だ。21年の研究開発費は1315億円と前期から16%も増やす。売上高対比の研究開発費比率は16・4%へ前期から2ポイントも上昇。後期治験の大部分を負担するロシュグループ分を加味した実質的な研究開発費比率は国内大手製薬を凌駕しているかもしれない。更に1285億円の巨費を投じて22年完成を目指し横浜に新研究所を建設し、鎌倉と富士宮にある両研究所を統合再編する。

 世界売上高では前期にアクテムラ3300億円、血友病薬「ヘムライブラ」2500億円、抗がん剤「アレセンサ」1300億円と3つの自社創製ブロックバスター(1000億円超の大型製品)を抱え、それぞれ今期も2桁の成長盛り。毎年薬価改定に見舞われ最も環境悪の国内市場を自社販売テリトリーにしながら、いまだに高成長が続くのは、ロシュを通じたこの高収益の創製品群の海外販売の躍進、それに比例するロイヤルティ収入の拡大があればこそだ。今期の売上高営業利益率は40%の大台に乗り、日本の製薬業界では群を抜く高さ、欧米メガファーマをも上回る。

 今上期(1〜6月期)は前年同期比6%増の売上3902億円、15%増のコア営業利益1658億円と好調。通期は2%増の8000億円、4%増のコア営業利益3200億円の期初予想を据え置くが、アクテムラが先述したコロナ需要で更に伸び、政府が一括購入するロナプリーブが新たに加わるため「計画より上振れる」と板垣利明最高財務責任者も断言する。しかし中外製薬の視線の先にあるのは今期、来期の増益ではなく、30年までにメガファーマと同じ創薬力の土俵で互角に戦う基盤が構築出来るか、にある。それを見極めるには今期中に治験入り、その中身の一端が見える中分子開発品の開発の動きも含めて、アクテムラやヘムライブラに続く、国際的にもライバルと一味違う新創製薬が継続的に生み出せ続けられるかをじっくり見ていく必要がある。

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