非科学的な主張がワクチン接種を鈍らせる恐れ
「ようやく5G接続出来ました」
ツイッター等のSNSでこうした書き込みを見る機会が増えてきた。「5G接続出来る」とは「新型コロナウイルスのワクチン接種を終えた」という意味の俗語だが、元ネタは「ワクチンを打つと5Gが接続出来るようになるらしい」という反ワクチン派によるデマ。もちろん「5G接続出来た」とつぶやく人はワクチンを打っているわけで、ツイートはこうしたデマを揶揄するちょっとした遊びだ。
「デマに反応するなんて、馬鹿馬鹿しい」と切り捨てるのは簡単だが、新型コロナの長引く流行により、多くのデマが社会を騒がせているのは周知のとおりだ。「ワクチンを打つと5年後に死ぬ」と社長が社員の接種を止めたと伝わる一部上場企業もある。改めて、ここで新型コロナやワクチンを巡る「デマ」の数々を洗い出してみよう。
「コロナウイルス感染症を必要以上に軽くみたり、政府や専門家の対応に異を唱えたりする例は、コロナ流行当初からあった」と全国紙の社会部記者。似たような考え方をする人が集まりやすいSNSの世界では、元々政権に批判的な人達が政府のコロナ対応にも批判的な発言を多くしており、それが仲間内を中心に広がる例は多かった。
「コロナウイルス自体は風邪のウイルスとして有名だったし、新型コロナも特別視する事なく5類感染症に落とすべきだという主張は流行初期から一定の支持を集めている」(同)。
多くの医療機関が実際に新型コロナ患者を受け入れて、その特異な病態を目にするようになってからは、医療者の間でこうした声は下火になっているが、それにしてもウイルスや疾患に対する考え方、社会の対応に対して意見が割れるのは、世の常ともいえる。
「問題は、宴会の自粛や行動制限を我慢出来ない人達が、新型コロナを軽視する見方を自身の行動の拠り所にする事。それにより感染が広がる事は、社会に悪影響を及ぼす」と都内の内科医はため息をつく。実際に、この医師が診た患者の多くは、感染前に多人数での飲み会に参加していた。
「5年後に死ぬ」とタマホーム社長
それでもまだ、「考え方の差異」でとどまっているうちはいい、と自治体の担当者は語る。「ワクチン接種が始まってからは、科学的な根拠に基づかない反ワクチンの主張がワクチン接種を鈍らせる恐れがあり、心配している」。
新型コロナ以前から、「反ワクチン」の主張は一定の発信力を持っていたが、新型コロナのワクチン(ファイザー製、モデルナ製)はこれまでと異なる「メッセンジャーRNA」を使ったワクチンで、まだ市場に出て間もない事もあり、不安に思う人々の心に巧みにすり寄っているとみられる。
「週刊文春が報じた一部上場企業のタマホームの社長が社員に出したという新型コロナワクチン禁止の主張には、SNSを中心に広がる多くのデマが含まれていた。荒唐無稽な主張に思えるが、反ワクチンの世界ではいずれも〝市民権〟を得た主張だ」(前出の社会部記者)。
その中身はというと、まずは「新型コロナワクチンを受けると5年後に死ぬ」。人体への臨床試験が始まって5年もたっていないワクチンで「5年後に死ぬ」とはこれ如何に。百歩譲って「5年以内に死ぬ」だったとしても同様だ。
似たようなデマに、「ワクチンを接種された実験用のネズミは2年で全て死んだ」というものもあるが、これは河野太郎ワクチン担当相が「実験用のネズミの寿命がそもそも2年程度ですから、ワクチンを接種した人間が100年で全て死んだといっているのに等しい」と一刀両断している。
とはいえ、世に出て5年が経っていない以上、「ワクチンで5年以内に死ぬ事はない」との反証も出来ないのが難しいところ。これは、ワクチンが世に出て間もない事から生まれた「新生型」デマで、今後も新しいワクチンが出てくるたびに繰り返し広まる可能性がある。
「メッセンジャーRNAワクチンは体内に入ると遺伝子を書き換える」「政府が遺伝子操作をしようとしている」といったデマも広まった。新しいタイプのワクチンである事に加え、集団免疫の獲得を目指す各国政府が国民にワクチン接種を強く呼び掛けた事により、「接種の陰に他の狙いがある」という〝陰謀説〟が結び付いたものだろう。
もう少しだけ、タマホーム社長の言葉に耳を傾けよう。週刊文春によると、社長は「新型コロナウイルスはマイコプラズマの菌に、エボラとHIVの菌を混ぜて作ったウイルス」と珍説を披露。ウイルスと細菌を一緒くたに語るところからして、その説を唱え始めた人の科学的素養が知れるというものだが……。
なお、マイコプラズマは細菌に分類されるが、HIVとエボラはどちらも菌ではなくウイルスである。念の為。
デマ揶揄する事で信じる人が減れば
同社では他にも、「5Gがコロナ感染を引き寄せる」として、社員の5G使用も禁止。実は同様のデマは1年以上前にヨーロッパを中心に世界で広まったもので、世界保健機関(WHO)が明確に否定した。いわば「世界共通型」のデマだが、「SNSによって、世界の情報の壁はなくなった。外国語の文章がソースとして示されると、それが単なるデマであっても信憑性が高いと思ってしまう側面もあるのではないか」と前出の記者は分析する。
ちなみに、5Gの周波数は国によって異なるというが、果たしてコロナウイルスはどの国の5Gを好むのか。
この他、国内外で広まったデマには「ワクチンを打つと磁石がくっ付く」もある。海外ではワクチンを打った人が自分の腕に磁石をくっ付ける〝面白動画〟がいくつも投稿された。冒頭の「5Gが接続出来るようになる」も世界共通型デマの1つだ。
これらと似たデマに「ワクチンにはICチップ」が埋め込まれている、というものがあり、これも「世界最小のチップであっても、ワクチンの中に入れるのは不可能」と論破されている。
一方、従来のワクチンそのものに反対する「反ワクチン」の間で伝わる、いわば「伝統型」のデマもある。新型コロナワクチンを打つと「不妊になる」「自閉症になる」等だ。これは「HPVワクチン」等でも言われた典型的なデマである。
「ワクチンと自閉症の関係は、1998年に英国の医師、ウェイクフィールド氏が『ランセット』に発表した『新三種混合ワクチン予防接種で自閉症になる』という論文が引き金。世界的に混合ワクチンを回避する動きが起き、子ども達が被害を受けた」(都内の内科医)。
論文はその後、撤回。ウェイクフィールド氏は2010年に医師免許を剥奪されたが、現在も反ワクチン活動を続けている。
こうしたデマと戦うにはどうすればよいのか。米フェイスブックは当局が否定した情報に関する投稿は削除する等の対応を取っているが、言論の自由との兼ね合いは難しく、全てに対応出来ている訳ではない。「5Gが繋がった」と接種後にデマを揶揄する事で、少しでもデマを信じる人が減れば良いのだが……。
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