新型コロナウイルスワクチン接種の担い手として一時、薬剤師がクローズアップされながら、機運は瞬く間に萎んだ。河野太郎・ワクチン接種担当相が5月、薬剤師をワクチンの打ち手とする事について「検討する」と踏み込むと、厚生労働省も検討するふりは見せた。しかし、同省の本音は端から「技能がないのに認められる訳がない」(幹部)というものだった。
ワクチン等の予防接種は医師法等により、打ち手は医師と看護師に限っている。だが、菅義偉首相が「1日100万回接種」をぶち上げて打ち手不足が懸念された中、政府はまず担い手を歯科医に広げた。
医師法上、歯科医は接種出来ないものの、口腔外科等で筋肉注射を打っている。歯科医の協力を得ないと集団接種が出来ず、接種を受ける側が同意しているという条件下なら正当化が出来、違法性がなくなると判断した。
薬剤師にも同じ理屈を当てはめようというのが河野氏らの考えだった。河野氏の要請に日本薬剤師会(日薬)の山本信夫会長も「研修内容の検討を始める」と即応。5月24日、官邸に首相を訪ねた際には「最大限の協力はさせていただきたい」と伝え、記者団に「私どもは決して逃げる事なく対応する覚悟を持っている」と語っていた。
だが、田村憲久・厚生労働相は官邸からのプッシュを踏まえて表向きは検討するそぶりを示しつつ、「人の体に針を刺して薬液を注射する。簡単な話ではない」とも述べ、言質を取られないようにしていた。
その裏で厚労官僚は「薬剤師は接種の教育を十分受けていない。検討するまでもない」と言い切り、当初からうやむやにする腹だった。山本会長も「法」と「訓練が必要」という壁を挙げ、本音では「難しい」と考えていたようだ。
新型コロナのワクチンに限れば、欧米では薬剤師に接種を認めている国は少なくない。米国等ではコロナ以前から、薬局で薬剤師がインフルエンザ等の予防接種を手掛けている。
だが、厚労省に言わせれば、海外の薬剤師と日本の薬剤師は受けている薬学教育がまるで違う。欧米の場合は臨床的な教育が多いのに対し、日本は創薬を意図した有機化学中心で、「人の身体の事を体系的に学んでいない」(幹部)という。
更に日本の場合、医師にしか医業を認めていない医師法17条を盾に、日本医師会(日医)が医師業務の他業種への開放を強く拒んでいる。歯科医のワクチン接種に関しても、厚労省に恒久的措置でない事を強く念押しした上で、渋々受け入れたのが実情だ。こうした日医の姿勢も厚労省の判断に大きく影響している。
結局、集団接種における今回の薬剤師の役割は、予診のサポートやワクチン原液の希釈等にとどまっている。日薬幹部は「接種に消極的なわけではない」としながらも、「薬学部での教育内容の見直しにまで至る話で、すぐには無理」と漏らす。
ワクチンを巡っては、肝心の供給に不足が生じて混乱し、打ち手不足の問題は背後に隠れた。都市部を中心に打ち手が殺到して、だぶついている地域もあるほどだ。厚労省の当初の思惑通り、薬剤師への接種解禁は立ち消えとなりつつある。
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